「なんで兄貴は、あんたと……、」

 心の中に渦巻く諸々の感情が渦を巻いて、口からこぼれ出した。ついで胃の中のものも一緒に出てきそうな感じすらあった。俺の吐き出した言葉を聞くと、男は肩をすくめて軽やかに言った。

 「セックスしてみる?」

 「は?」

 本気で、意味が分からなかった。会話の前後のつながりがなっていない。いきなりセックスって、なに? どういうこと? 

 俺がぽかんとして男の顔を見ていると、男はまた笑った。よく笑う男だ。

 「俺、得意なのそれくらいだし。康一も多分、それがよくて俺飼ってんじゃないの。」

 ごく当たり前のことを言うみたいに男がけろりとしているので、一瞬俺は男の台詞に納得しそうになった。その俺の表情を見てか、男はさっき着たばかりのシャツに手をかけ、脱ごうとした。

 「ちょっと、待ってください。」

 ぎすぎすする喉から、なんとか静止の言葉を絞り出す。男の物言いは、あまりに悲しすぎると思った。平然としている分、なおさら。

 「なに?」

 男はシャツのボタンに指を這わせながら。俺の顔をひょいと覗き込んだ。そのとき自分がどんな顔をしていたのかは分からないけれど、男は俺を見て、康一とは似てないね、と言った。俺はその言葉に、内心で首を傾げた。性格は正反対みたいな兄弟だけれど、俺と兄貴はまあまあ顔は似ていた。そっくり、とまではいかないけれど、兄弟だと言われればすぐに納得できるくらいには。

 「似てない、ですか?」

 「うん。」

 子どもみたいにこくりと頷いた男は、さらりと言葉を続けた。

 「康一は、誘ったらすぐ落ちたしね。」

 誘ったら、すぐ落ちた。

 俺はその発言に、心臓をどきりと弾ませた。実兄のそんなエピソードは、聞きたくなかった。絶対に。あの慎重派の兄貴が、あっさり落ちたというのか、この得体の知れない男に。

 「……服、着てください。」

 俺が辛うじてそう言うと、男は素直に、いくつか外していたボタンをはめ直した。

 「……大学、辞めたの知ってますか。」

 「康一が?」

 「はい。」

 「うん。」

 男はこともなげに首を縦に振った。だからなに? とでも言いたげな素振りだった。

 「……あなたの、ために?」

 「いいこだね、コースケは。俺のせいって言えばいいのに。」

 甘ったるい飴玉でも口に含んでいるみたいに、男はその台詞を口にした。俺は、その物言いや言葉自体にというよりは、男の目つきに動揺した。男の目は、薄暗い部屋の中で燐光みたいにほのひかり、俺の目をじっと見据えていた。

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