5
「なんで兄貴は、あんたと……、」
心の中に渦巻く諸々の感情が渦を巻いて、口からこぼれ出した。ついで胃の中のものも一緒に出てきそうな感じすらあった。俺の吐き出した言葉を聞くと、男は肩をすくめて軽やかに言った。
「セックスしてみる?」
「は?」
本気で、意味が分からなかった。会話の前後のつながりがなっていない。いきなりセックスって、なに? どういうこと?
俺がぽかんとして男の顔を見ていると、男はまた笑った。よく笑う男だ。
「俺、得意なのそれくらいだし。康一も多分、それがよくて俺飼ってんじゃないの。」
ごく当たり前のことを言うみたいに男がけろりとしているので、一瞬俺は男の台詞に納得しそうになった。その俺の表情を見てか、男はさっき着たばかりのシャツに手をかけ、脱ごうとした。
「ちょっと、待ってください。」
ぎすぎすする喉から、なんとか静止の言葉を絞り出す。男の物言いは、あまりに悲しすぎると思った。平然としている分、なおさら。
「なに?」
男はシャツのボタンに指を這わせながら。俺の顔をひょいと覗き込んだ。そのとき自分がどんな顔をしていたのかは分からないけれど、男は俺を見て、康一とは似てないね、と言った。俺はその言葉に、内心で首を傾げた。性格は正反対みたいな兄弟だけれど、俺と兄貴はまあまあ顔は似ていた。そっくり、とまではいかないけれど、兄弟だと言われればすぐに納得できるくらいには。
「似てない、ですか?」
「うん。」
子どもみたいにこくりと頷いた男は、さらりと言葉を続けた。
「康一は、誘ったらすぐ落ちたしね。」
誘ったら、すぐ落ちた。
俺はその発言に、心臓をどきりと弾ませた。実兄のそんなエピソードは、聞きたくなかった。絶対に。あの慎重派の兄貴が、あっさり落ちたというのか、この得体の知れない男に。
「……服、着てください。」
俺が辛うじてそう言うと、男は素直に、いくつか外していたボタンをはめ直した。
「……大学、辞めたの知ってますか。」
「康一が?」
「はい。」
「うん。」
男はこともなげに首を縦に振った。だからなに? とでも言いたげな素振りだった。
「……あなたの、ために?」
「いいこだね、コースケは。俺のせいって言えばいいのに。」
甘ったるい飴玉でも口に含んでいるみたいに、男はその台詞を口にした。俺は、その物言いや言葉自体にというよりは、男の目つきに動揺した。男の目は、薄暗い部屋の中で燐光みたいにほのひかり、俺の目をじっと見据えていた。
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