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ふは、と、男は軽快に吹き出して笑った。俺は、自分が的外れなことを言ったのだと思って、心底安堵した。けれど、それもほんの一瞬のことだった。
「まさか。斡旋じゃなくて、売春。」
さもおかしそうに笑いながら、男は確かにそう言った。俺は自分の耳を疑い、はい? と聞き返した。聞き間違えであってほしかった。斡旋じゃなくて、売春? なんだ、それは。あの、真面目優等生タイプで、頑固な兄貴が、売春? まさか。まさか、そんなはずがない。なのに俺の頭の中には、ホップステップをぶっ飛ばして、いきなりジャンプしてしまう、妙に不器用な兄貴の姿もあった。
「売春、売春。」
男は歌うようにそれだけ繰り返すと、ベッドから立ち上がった。そして駅の方向に視線をやりながら、気になるなら見てくれば? と付け足す。俺は、どうにか首を横に振った。信じない、という意思の表明だった。
「あなた、兄貴のなんなんですか?」
尋ねる声は。変にぎこちなく掠れていた。
恋人、と言われるかもしれない、と思っていた。高校時代からの兄貴の恋人である、亜美花さんの薄化粧の横顔が思い浮かんだ。今でも亜美花さんと付き合っているのか、俺は知らないけれど、兄貴は確かに、女のひとを好きになった。俺の記憶にある限り、いつも。それでも、この男の振る舞いや雰囲気は、明らかにただの友人のそれではない。
男は面白がるみたいな目で俺を見た後、床に落っこちていた衣類を拾い上げながら、ヒモだよ、ヒモ。と答えた。その答えは、俺の想像の斜め上をいっていた。
「え? ヒモ?」
「うん。ヒモ。」
待ってくれ、と言いたかった。大学を勝手にやめた兄貴が、売春を生業にするようになっていた。それだけでも俺には受け止めきれていないのに、さらにそこから、兄貴は男のヒモを養っていた、となると、俺にはもう、呆然とする以外の道がない。
白いシャツを羽織った男は、アホみたいに棒立ちになっている俺を見て、軽く笑った。きれいな顔の男だ、とまた思ったけれど、だからと言ってこの男が兄貴のヒモだとあっさり受け入れられるはずもない。
「きみ、名前は?」
「……康介。」
「コースケ。」
ふうん、と、どうでもよさそうに頷いた男は、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、大抵の女の人ならいちころに参ってしまいそうなものだった。兄貴も、この笑顔に参ったのだろうか、と、考えてしまって俺は、ずんと心臓が沈み込むみたいな感覚になる。こんなの、なんて母さんに報告したらいいんだ。
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