第8話

「伊那。」

「筑波先輩!お疲れ様です!」

 にこやかに片手を上げて声をかけてくれた。

「見てたよ、向井に走らされてたね?」

「あ、はい……」

 み、見られてたのか………

 因みに、スライダーの件でお礼を言いまくったらめっちゃ仲良くなった。佐野先輩が驚いていたのが記憶に新しい。

「田辺と球種の確認がてら投げ込みをしてたんだ。

 これからゴムチューブで筋トレする相手を探してたんだけど、一緒にどう?」

「是非!」

 こんなチャンス早々ないぞ!



「えーと……あったあった。」

 グラウンドにある倉庫を漁り、何かを背負って出てきた。

「あれ?……それは?」

「これは………なんだろう?なんかのリサイクルだとは思うけど、まぁ使えるから大丈夫だよ。」

 明らかに両端を結んで円にしているであろう黒いチューブを肩にかけて出てきた。

「まぁ、そっすね!」

 考える必要はないだろうな。

「じゃ、持ってるから引っ張って。

 三十で交代ね。」

 筑波先輩が中腰になってゴムチューブを揺らす。

「はい。……そい!……せい!」

 右手で持って、ゴムチューブが肩にかかるように身体を反転して引っ張る。

「まだまだぁ、余裕余裕ー。もっと強くー。」

 筑波先輩が煽るように呟く。

「ん……んぐぅ!……んらぁ!」

 くぅ、力入れすぎて顔が熱い!それに、こんなに力を入れてもびくともしないなんて!

「良いよー良いよー……………はい、交代ー。」

 筑波先輩が三十を数え終え、中腰を辞めた。

「ふぅ、ふぅ……はい………」

 膝に手をつけて息を整える。

「いけるかい?」

「……ん、はい…いけます。」

 俺は腰を落として衝撃に備えた。

「行くよーせい!」

 軽い口調とは裏腹に、派手な演出かと見間違う程に左足を踏み込む。

「うお!?」

 力強!?

 思いっきり踏ん張らないと、持っていかれそうだ!

「よっ!と」

「うぅ!」

 ひ、引っ張られる……!さらに強くなってるし!

「あ、大丈夫?」

 俺の抑えが不安定だと感じたのか、心配そうにこちらに振り向く筑波先輩。

「あ…いや……はい。耐えて見せます!」

 これもある意味筋トレになる。

 俺は両足を手で叩いて気合いを入れて応える。

「おぉ、良いね。それじゃ、遠慮なくっ!」

「うおぉ!?」

 無理かもしんねぇ………




 お互い六セット終わらせ、地面に座る。

「ふぅ、伊那ももうちょっと筋力つけた方が良いかもね?」

 水を飲みつつ筑波先輩が優しく言う。

「はい、すみません。」

 結局最後の方は踏ん張りきれずに、振り回されていた。家で体幹もさらに鍛えなくては………

「いやいや、攻めてるわけじゃないよ。ただ、伊那の投げ方は球速を除けば確実にエースになれる。もしかしたら、プロにだっていけるかもしれないよ?」

「そんなまさか………」

 話が飛躍しすぎじゃないか……?

「謙遜しないでよ。U18の侍JAPAN投手が言ってるんだよ?自信を持ちなって!」

 うえ!?筑波先輩がスカウト注目だとは聞いてたけど、すでにそこまで実績があったとは……!

「っ!あ、ありがとうございます!」

 直立で立ち上がり、九十度で頭を下げた。

「うん、後輩は素直なのが一番だよ。

 そうだ、次の春季大会まで僕と一緒のメニューをしない?僕も球速をもっと伸ばしたいからさ。」

 因みに筑波先輩の球速は最速143。俺もそんなに出せるものなら出してみたい。

「良いんですか!?」

「うん、一緒に150を目指そう!」

 筑波先輩が満面の笑みで腕を掲げた。

「あ……とりあえず、俺は120目指します………」

「ふふ、そうだね。

 でも110は出るようになったの?」

「あ、はい。王凛高校の監督さんの指摘部分を直してたら、安定して116~118出るようになったんです。」

 まぁ、八木ケ谷先輩と田辺の感覚的速度だから正確ではないけど、指標としては十分だろう。

「わお、それはすごいね!伊那には才能があるのかな?」

 筑波先輩が嬉しそうに肩を組んできた。

「才能だなんてそんな………」

 俺は褒められた嬉しさで出てきた気持ち悪いニヤけを隠すように顔を手で覆った。

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