エントリーNo.1 ミルフィーユスマホ

第1話

「俺もスマホ割った。」

「……は!?」

 凛は呆気に取られて翔太の顔を見上げた。放課後、突然翔太が部長を務める空手部の練習場に呼び出されたと思ったらこれだ。

「もう少し慌てなさいよ?」

「……大変だ。」

「下手か!」

 あまりの棒読みに、凛はツッコミを入れた。もっとも、翔太が感情を出すのが下手なのは今に始まった事ではない。家が近所で年齢が一つ下の翔太とは、幼稚園から高校の今に至るまで長い付き合いだ。何なら、部活も同じだった。

「てかさ、わざわざここに呼んでする話?」

「口実に丁度良いと思って。」

「口実?」

「部員の皆も凛に会いたがってる。でも、凛、呼び出しでもしないと来ない。」

「それは……私、もう三年だよ。受験勉強に集中しなくちゃ。」

「でもさ」

「第一、今文化祭の準備で忙しいのに邪魔になるでしょ。」

 九月も半ばになり、凛たちの通う高校では文化祭の準備がいよいよ佳境に入る時期だ。この高校は進学校で知られる一方、文化祭の盛大さも有名だ。その分準備は大変。

「ていうか、部長がスマホ持ってないって、控えめに言って不便じゃない?」

「しょうがない。真っ二つにしたから、修理不能って言われた。」

「そんなに大破させたの!?何で!?」

「あれ?西野先輩!」

 二人が話しているところへ、翔太と同じ二年生の三木と、一年の清水が走って来た。三木は表情豊かで社交的。翔太とは正反対の男だが「ショー」「ミッキー」と呼び合うくらいには仲がいい。一年の清水は凛が辞めてから入ったので顔を合わせるのは初めてだ。

「久しぶり三木君。元気そうでよかった。」

「元気は俺の取り柄ですからね!」

「それを取ると先輩メガネしか残りませんよね。」

「おい清水ぅーー!」

 三木が背後からホールドするも、清水はさっとしゃがんで脱出。凛の前に来ると、深々と一礼した。

「先輩のお話は聞いてます。とても強いのに気さくで、優しくて、アドバイスも分かりやすい先輩がいたって皆さんがおっしゃってました。」

「ええぇ、皆盛りすぎだよ。」

「口だけ達者な副部長とは違うとも聞きました。」

「うぉい清水ぅー!」

 大真面目な顔で清水が毒舌を連発するので凛は噴き出す。

「でも、西野先輩は去年の秋に退部されたと聞いたのですが」

「俺が呼んだ。スマホ割ったから。」

「ああ、副部長のせいですね。」

「お前なぁー!!」

 今度こそ清水をガッチリホールドした三木が、なぜかプロレス技で締め上げる。一人置いてけぼりになった凛を見て、翔太が説明を始めた。

「今、俺とミッキーで、文化祭で使う焼きそばの屋台の看板を作ってて。」

「二人だけで?清水君は?」

「コイツは買い出し係です。あとの二人が調理室でメニュー作りをしてるっす。」

 プロレス技をかけたまま三木が答える。清水はギブアップなのか床をバシバシ叩いている。

「人数的に、これが限界か。」

 凛はぽつりと呟いた。凛がいる頃から、空手部は男女合わせてやっと部の成立ギリギリの人数だった。その為、練習よりむしろ部員勧誘に追われていた気がする。けど、だからこそ、部員全員が仲良しだった。時にぶつかる事もあるぐらい、言いたい事を言い合える仲だった。

「でも、文化祭で目立てば、部員が増えるかもしれないっすから。看板も空手部らしくしたくて。俺が辿り着いたのは、飛び蹴り!これですよ!」

「でも、手本無しに描くのは絵の上手い副部長でも大変です。なので、部長の飛び蹴りを撮影して、お手本にすることにしたんです。」

「で、飛んだら割った。」

「まって翔太。急に飛躍しないで。」

「ジャンプだけに?」

「三木君!……コホン、飛び蹴りしたのね?まさかスマホめがけて飛んだの?」

「めがけてはない。ただ、横に置いておいた荷物の山に突っ込んで。スマホだけじゃなくて、材料のベニヤ板も何枚か割った。」

 幸い写真は撮れたらしく、美しいフォームで宙に跳ぶ翔太が三木のスマホに写っていた。

「で、呼んだのは、凛に―」

 翔太が言いかけた時、ピコン、とスマホの通知音が鳴った。翔太がズボンのポケットに手を突っ込む。

「……待って!?翔太もう」

 スマホ買ってもらったの、と言いかけた凛は固まった。翔太が持っていたのは、しずく型の大きな葉っぱを重ねたもの。翔太はそれを、さもスマホを操作するようにタップしている。

「……翔太にギャグのクオリティは求めないけど、これは笑えないよ。」

「ギャグじゃない。これミルフィーユスマホ。」

「ケーキ?」

「ミルフィーユって、千枚の葉っぱって意味らしい。これも、葉っぱが重ねてあるから。」

 千枚かは分からないが、なるほど確かに、横からみるとかなりの枚数の、それも同じ形の葉が綺麗に重ねてあるようだ。一番上の緑の葉には四角い小さな穴がいくつも開いていて、それぞれの穴から異なる色の葉の一部が見える。

「凛にもこれ、渡そうと思って。」

「えええ!?」

 翔太は自分の鞄からもう一台、ミルフィーユスマホを取り出して凛に渡した。翔太の持っているものより一回り小さく、葉の縁がぎざぎざしている。受け取らない凛を見て、翔太が不安そうな顔(当社比)になる。

「……凛、スマホ壊してたよね?ゲームで負けて、投げて。」

「先輩……。」

「いつも沈着冷静とお聞きしていましたが。」

「言わないで。恥ずかし悲しい。」

 実は凛も夏休みにスマホを大破させていた。原因を聞いた両親は当然激怒。罰としてスマホではなく、祖父のお古ガラケーを持たされている。

「良かった。じゃあ、どうぞ。」

「部長。お言葉ですが、説明も無しというのは。」

「……。」

「あーもう!」

 フリーズしてしまった翔太を見て、仕方なく三木が説明をし始めた。

「先輩。この一番上の葉。四角い小さな穴がいくつも開いてますよね?これがスマホのホーム画面で、穴一つ一つがアプリのアイコンっす。」

 アプリには電話、メールといった基本的なものから、インターネットやカメラ、音楽まである。タップすると穴から見えていた葉が一番上に移動してくる。これが、各アプリの画面にあたるそうだ。

「意外とちゃんとスマホだね。」

「あっそうだ連絡先!先輩ライン起動してもらっていいっすか?そっちの緑の穴です。」

 三木が自分のスマホを取り出し、ラインのQRコードを表示した。ミルフィーユスマホのカメラはどう見ても虫食いの穴にしか見えなかったのだが、なぜかちゃんと読み込んだ。翔太と清水の連絡先も同様に登録した。他のアプリについても、三木は分かる限りの事を教えてくれた。

「ありがとうね三木君。翔太より説明上手だよ多分。」

 凛が言うと、三木は照れたように笑い、翔太は少しむくれた。 

「ミッキー、飯田から調理室来るように連絡来た。試作の味見して欲しいって。」

「おお!……いや待った、ここは西野先輩に行ってもらおう。」

「私?」

「成程。それ、いいな。」

 翔太が頷いた。凛の返事も聞かず、さっさと引っ張っていく。

「いや、ちょっと。」

「試食は一人でも多くの人にしてもらった方がいいから。」

 焼きそばに試作っている?という疑問は湧いたが、三木たちにも頼まれてしまったので、凛は結局、翔太に連れられるまま調理室に向かった。

 

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