第2話
調理室に向かう途中、凛は三木から教わったミルフィーユスマホの使い方を、実際に触りながら復習していた。
カメラはズームやピント調節機能付きで、写真も動画も撮れる。ただし、色は赤一色。ネットもサクサク繋がるが、画像は黄色一色。どうやらこのスマホで画像を表示すると、背景色は全てアプリに対応する葉の色になり、全体に葉脈が走って見えてしまうようだ。さらに、文字はどのアプリで表示しても、爪で引っかいて書いたような文字になる。充電コードは無く、日光に当てると勝手に充電できる。普通のスマホと違い、水には強いが火と虫には弱い。
「うーん。ゲームは無理そうだなー。」
「発明した人に訊いたら、新しくアプリを入れるのは今のとこ無理だって。」
凛の頭上から翔太の声が降って来る。
「会えたんだ?」
「うん。父さんの友達。金山さんって人。優しそうなおじさんだった。」
スマホを壊した日、翔太の父親が金山さんに相談したところ「ちょうど新しい発明が出来たから使ってみてくれ!」とミルフィーユスマホを数台渡されたらしい。一台じゃないのは、色んな人に使ってもらってレビューを集めたいからだそうだ。
「レンタルってことで受け取ったけど、気に入ったらそのまま使っていいって。」
「太っ腹過ぎない?」
考えてみれば、ただの葉っぱを重ねたものがスマホになるなんて、とんでもない発明だ。知り合いの息子に渡す前に、特許庁(だったっけ?)とかしかるべき機関に持って行った方が良いのでは、と凛は思う。
「あ~!凛ちゃん!」
声に顔を上げると、調理室の窓から三年生の飯田が身を乗り出して手を振っていた。
「綾ちゃん、遅くなったけど県大会優勝おめでとう。」
「えへへぇ~ありがとう。あ、そこ段差気を付けてね。しほちゃ~ん!」
「……!!!」
呼びかけられた二年生の片山は、なぜかエプロンにゴーグル姿だった。凛たちの姿を見るや両手で大きくバツを作り、首をぶんぶん横に振っている。不思議に思いつつ凛と翔太が調理室に入ると
「えっ何!?凄い臭い!目もチクチクするんだけど?」
「ん!」
翔太が凛の肩を叩き、何かを指さす。片山が立っているそばのコンロに掛けられたフライパン。近づくと、中には真っ赤な麺類が。
「……綾ちゃん。私、焼きそばの試食って聞いてたんだけど?」
「勿論そうだよ~。でも、せっかくだから激辛味を作ってみました~。」
「作るなー!!」
思わず叫んだ凛はむせ込んだ。おそらく唐辛子を吸い込んでしまったのだ、喉がヒリヒリ、イガイガする。それを見た片山が凛を回れ右させ、教室の端まで連れて行った。そして、水の入ったコップを矢継ぎ早に渡した。凛と翔太は無我夢中で飲み干し、やっと喉の痛みを鎮めた。
「そんなに辛いかなぁ~。」
「辛いですよ!調理している時から既に辛かったです!」
飯田が首を傾げる横で、片山が調理室の窓を全て開け放つ。
「ゴーグルとマスクして、肌を露出させないようにして調理しないと危険な焼きそばなんて、試食以前にボツにするべきだったんですー!」
「綾ちゃん!?なんてものを作らせてるの!」
「え~。でも文化祭だし、普通の焼きそばだけじゃぁインパクトに欠けるかなぁって思って~。」
「ハイ先輩!お口直しにこれどうぞ。」
片山が凛と翔太の前に慌ただしく皿を差し出した。ソース味の焼きそばが盛り付けられている。冷めてしまっているが、一口食べるとソースの香ばしい香りが鼻に広がる。具が大きいのも嬉しいが、それだけに凛は気になった。
「こんなに量あってこの価格だと利益出るかな?」
「うう。でも、焼きそばやってる部活が他にもあって。見劣りすると売れないかなって。」
「それでも、ちょっと具は減らしていいと思うよ。調理にも時間かかるしね。」
「そして、他店との差別化の為、やはり奇抜なメニューをば」
「綾ちゃんさ―ぐぇ!?」
凛は飯田に、がりりとした食感の焼きそばを突っ込まれる。猛烈な刺激臭に、せっかく収まっていた凛の鼻腔と涙腺は再び大荒れになる。
「辛い唐辛子が駄目なら、痺れの山椒!隠し味にブラックペッパーも!」
「ひぃ!今思いっきりスパイス噛んだ音しましたよ!?」
「凛、大丈夫か!?」
「すいません試食に―あれ?西野先輩、苦しそう。」
「何ィ!おのれショーーーー!」
三木が叫びながら清水を押しのけ、凛の元に走って来る。のんびり入ってきた清水を、飯田が肉食獣のような目で捉えている。
「……飯田先輩、これは食べ物ですか?」
「そうよー。辛さと痺れ、清水君はどっちが好きー?」
「うぉぉショー!お前先輩を泣かせたなぁ!」
「ミッキー離せ。俺のせいじゃない。」
「副部長離れて下さい―!」
何を勘違いしたのか翔太に寝技を掛けている三木。それを必死に剥がそうとする片山。激辛焼きそばと山椒焼きそばを両手にほほ笑む飯田。それを塩対応で突き返す清水。
「……。」
混沌だ。喉の痛みと戦いながら凛は思った。ただの焼きそば試食会がどうしてこうなった。
「皆、あの」
「全員!止まれ!」
大きな太い声。翔太だった。叫ぶ事は勿論、ここまで激しい口調になる事も滅多にないので、驚いた全員がフリーズする。翔太は立ち上がると、一呼吸おいて、今度は静かに言った。
「飯田先輩の焼きそばは、申し訳ないですがボツでお願いします。三木と清水はそこのソースと塩の焼きそば試食して、意見聞かせて欲しい。」
「お、おう。分かった。すまんかった、ショー。」
気迫に押されたのか、三木は返事をするのがやっとという声で答えた。
「片山。まず顔を洗って。目が赤いし、涙も出ている。」
「すみません、じゃあ失礼します。」
「戻ってきたら、価格の相談をしたい。材料費教えて。」
「はい!」
「先輩は責任もって焼きそばを処分してください。」
「うーん。行けると思ったんだけどなー。」
翔太の指示でめいめいが動き出すのを、凛はぽかんとしながら見つめる。
「凛、大丈夫か?水は?」
「あ、ああうん。大丈夫!」
「よかった。」
「はは、翔太があんな大声出すとはねー。」
笑ってみたものの、内心凛は驚いていた。いつも口数は少なく、小声でぽつり、ぽつりと話すだけ。与えられた役目には真面目に取り組む男だが、リーダーとして人に指示するのは得意ではない。大きな声で叱るなんてなおさらだ。
「立派に部長やってるじゃん。元部長として鼻が高いよー。」
「いや、凛みたいには。上手じゃない。」
「……じゃあ、私はそろそろおいとまするよ。」
「送っていく」
「ちょっと。部長が離れちゃ駄目でしょうが。」
「挨拶無しに帰るのも駄目。第一」
翔太がそう言って凛の後ろに回りこむ。
「中庭は突っ切れない。吹奏楽部がいる。近道出来ない。」
「……別に、普通に連絡通路使っていけばいいもん。」
「車いすだと骨が折れる。距離があるし、スロープも無いから。」
翔太はそう言って、凛の車いすを押し始めた。
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