第3話

 調理室に向かう途中、凛は三木から教わったミルフィーユスマホの使い方を、実際に触りながら復習していた。


 カメラはズームやピント調節機能付きで、写真も動画も撮れる。ただし、色は赤一色。ネットもサクサク繋がるが、画像は黄色一色。どうやらこのスマホで画像を表示すると、背景色は全てアプリに対応する葉の色になり、全体に葉脈が走って見えてしまうようだ。さらに、文字はどのアプリで表示しても、爪で引っかいて書いたような文字になる。充電コードは無く、日光に当てると勝手に充電できる。普通のスマホと違い、水には強いが火と虫には弱い。


「うーん。ゲームは無理そうだなー。」

「発明した人に訊いたら、新しくアプリを入れるのは今のとこ無理だって。」

 凛の頭上から翔太の声が降って来る。

「会えたんだ?」

「うん。父さんの友達。金山さんって人。優しそうなおじさんだった。」


 スマホを壊した日、翔太の父親が金山さんに相談したところ「ちょうど新しい発明が出来たから使ってみてくれ!」とミルフィーユスマホを数台渡されたらしい。一台じゃないのは、色んな人に使ってもらってレビューを集めたいからだそうだ。


「レンタルってことで受け取ったけど、気に入ったらそのまま使っていいって。」

「太っ腹過ぎない?」

 考えてみれば、ただの葉っぱを重ねたものがスマホになるなんて、とんでもない発明だ。知り合いの息子に渡す前に、特許庁(だったっけ?)とかしかるべき機関に持って行った方が良いのでは、と凛は思う。


「あ~!凛ちゃん先輩~!」

 声に顔を上げると、調理室の窓から飯田が身を乗り出して手を振っていた。

「綾ちゃん、遅くなったけど県大会優勝おめでとう。」

「えへへぇ~ありがとうございますぅ。あ、そこ段差ありますよ~。みれいちゃ~ん!」

「え?片山?なにその」

 翔太に呼びかけられた片山という女子は、なぜかエプロンにゴーグル姿だった。凛たちの姿を見るや両手で大きくバツを作り、首をぶんぶん横に振っている。


 不思議に思いつつ凛と翔太が調理室に入ると

「えっ何!?凄い臭い!目もチクチクするんだけど?」

「ん!」

 翔太が凛の肩を叩き、何かを指さす。片山が立っているそばのコンロに掛けられたフライパン。近づくと、中には真っ赤な麺類が。

「……綾ちゃん。私、焼きそばの試食って聞いてたんだけど?」

「勿論そうです~。でも、せっかくだから激辛味を作ってみました~。」

「作るなっ―ゴホッ!!」


 思わず叫んだ凛はむせ込んだ。喉がヒリヒリ、イガイガする。目もいよいよ開けられなくなってきた。

「ん!」

 翔太が回れ右させて教室の外へ連れ出す。凛が目を洗っているところへ、片山が水の入ったコップを矢継ぎ早に渡してくれた。無我夢中で飲み干し、やっと喉の痛みを鎮めた。


「そんなに辛いかなぁ~。」

「辛いですよ!調理している時から既に辛かったです!」

 首を傾げる飯田に、片山が心の底から叫んだ。

「ゴーグルとマスクして、肌を露出させないようにして調理しないと危険な焼きそばなんて、試食以前にボツにするべきだったんですー!」

「綾ちゃん!?なんてものを作ってるの!」

「え~。でも焼きそばって他の部活もやってるんでぇ~。やっぱ他店との差別化を図らないと~競争に負けちゃいますよ~。」

「言い分は筋が通ってるけど手段が駄目でしょ。」

 凛はため息をつく。


「とにかく、激辛はボツで。」

「残念です~。」

 飯田はそう言って、フライパンにあった真っ赤な麺を全て頬張る。


「ええええ綾ちゃん食べるのそれ!?」

「捨てるの勿体ないですもん~。」

 笑顔で口をもごもごさせる飯田を、凛たちは尊敬と恐怖の混じった目で見つめた。

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