第2話 宇部琉月

 ウルベルトならぬ、宇部琉月うべるなの出勤は早い。

 宇部琉月の仕事は朝の3時から8時が一般的だ。そのため、勤務時間が短いという点ではホワイトだろう。しかし、仕事上、忙しい時と休みが多い時との差が大きいため、総合してグレーよりのホワイトといったところだ。


 宇部琉月はゴーグルを外し、いつもどおり簡単な食事を食べ、会社に向かう。会社は富裕層の建物が数多く立ち並ぶこの区画の中の建物の中でも、なかなかの大きさを誇る。


 宇部琉月は齢16という若さで、その会社の幹部に近い立場だ。いつもどおり、社長の部屋に入り、今日の仕事の確認をする。そして、社長の部屋から退出しようとする。


「……それでは、退出させていただきます。」


 しかし、今日は少し違った。それだけでは終わらず、その続きがあった。


「宇部さん、君には聞きたいことが1つある。昨日、例の計画に首を突っ込んでいたいだが、どういうつもりだ?」


「その件ですが、私はターゲットと知り合いですし、どうやらその計画はあまりうまくいっていないんですよね? だとしたら、私はサンプルとして、あの世界との連絡用としてもいい駒だと思います。」


「ふん、まあいい。だが、結果的には良かったが、君は我々のひいてはこの世界の切り札だ。勝手な行動は慎んでくれ。今回は君の普段の働きに免じて帳消しとしよう。」


 ウルベルトは想定内の範囲に収まったことにほっとするのも束の間、早くに行くために仕事を長年続けている仕事を手際よく片付けていく。そして、仕事が終わった後、早朝───というかほぼ、夜中だが───と同じく社長の部屋に行き、報告を済ませた。今日は、あまり仕事がなく、忙しくないため、労働時間は5時間と超ホワイトだ。


 過酷労働と言えばのヘロヘロさんの姿が思い出され、宇部琉月の口角が少し上がる。



□□□□□□□□


「ちょっと、ウルベルトさん! 聞いてくださいよ。先月の残業の150時間だったんですよ。今月こそ死ぬかもと思いました。マジで殺す気ですよね。」


「うわー。それはかなりきついですね。」


「……」


「……えっ?」


「……えっ。今日はロールプレイしないんですか。てっきり、ロールプレイすると思って構えてたんですけど……。」


「いやー。俺も、そのつもりでいたんですけど、なんか今日はなかなか、ぴったりなものが思いつかなくてですね。」


 そのあと、ヘロヘロさんに凄く心配されたというのは、もはやギルドでは定番のネタ話だ。



 そんなことを思い出しながら、今から出勤だろうサラリーマンたちを横目に、宇部琉月は電車に乗る。この8時くらいの電車に宇部琉月はよく乗る。いつもどおり同じ席に座る。つい、癖で反射的に鈴木悟さんが座っているだろう席に目をやってしまうが、そこにいるのは自分の監察役兼、護衛役の女性だった。


 今日は普通に家に帰った。



 宇部琉月は頭の上につけているゴーグルをその傍にいる女性とアイコンタクトをし、こくりとうなずくと下ろす。



 すると、見覚えのある景色が目の前に広がっている。どうやら、昨日──ではなく、今日だが───にログアウトした場所と同じ場所に転移したようだ。

 ログインするたびにまた別の世界や同じ世界でも違う場所に飛ばされるとかだと面倒なこと、この上ないため、そこは助かったというべきなのだろう。


 ウルベルトはこの前よりも、長い時間こちらの世界に居ることができ、この前のような時間帯よりも今の時間帯の方が断然人の動きは活発であるため、今回は人などの生物の営みを遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>で観察することにした。


 地道に画面をいじっていくこと、1時間くらいのころ、やっと小さな村を発見した。

 そこにいたのは、人間だった。ウルベルトと同じくらいかそれよりも少し幼いくらいの年の女の子が1人、歩いていた。その子は地球では中世くらいの服を着ていて、その手にはバケツが握られていた。建物や景色も中世に近かった。その少し後ろに井戸があることから、水を汲みに行っていたのだと分かる。


 ウルベルトが思うことはたくさんあったが、中でも初めに思ったのはこの子すごい眼がいかついなということだ。

 この世界にヤンキーっぽい人がいるのか分からないが(いや、ここが中世ならヤンキーとはいかなくてもそれっぽい盗賊くらいはいるのかもしれない)、その盗賊も顔負けだ。



 まあ、その子には何となく気を惹かれるが、情報収集が目的のため、片っ端からその村の人、ものを観察していく。それと同時に自分の今の姿では結構、目立ってしまうため、持ち物や服、装備を変えた。と言っても、ほとんどの物はモモンガさんに預けてあるので、中途半端な物しかないため、難しいところだった。

 何より、自分はプレイヤーとしては男のふりをしていたから、自分が持っている服全てを持っていたとしても、この姿で着られる服自体、ほとんどなかっただろう。



「ああ。こんなことなら、あの時についでに無理してでも、モモンガさんに会って装備を返してもらっておけば良かった。」


 その村は小さな村だったため、まだ判断できないが、特に目立ってレベルが高かったり、貴重なマジックアイテムを持っていたりした人はいなかった。

 そのため、ウルベルトは時間もあまりないため、すぐに違う場所に移ろうとするが、その時、さっきの目力がすごい子とそのお父さんのような存在と思われる、これまた目力が強烈な男が帰って来たのに気付いたのか、さらに眼光を鋭くした。これは顔をほころばせる姿と言っていいのだろうかと思わず、密かに考えるウルベルトはその男も一応と思い、観察する。


 ウルベルトはその男は自分にとっては警戒するほどではないが、この村の人々と比べれば、大分格上の戦闘能力とレベルを持っているような感じがし、頭の片隅に置いておくことにした。


 その目力激つよ親子+お母さん(お母さんは普通)は久しぶりに帰って来たお父さんを労っているようだった。その目力を除けば、何とも、ほっこりするような雰囲気だ。





 しかし、それを見ているウルベルト本人はそんな雰囲気にも関わらず、顔が陰っていた。





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 次回はウルベルトさんの過去を書く予定です。勿論、捏造しかされていません。捏造300%のウルベルトさんで行きますが、よろしくお願いします。

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