第11話 好き嫌い

「うおー! なんだこれ! 可愛すぎだろペンギン! 祈里! 写真撮らないのか!?」

「ゆうくん撮ってあとで送って〜?」

「おう! 任せてくれ!」


 三人で一緒に水族館を周り、水槽エリアを抜けると明るい外に出た。

 すると、ちょうどペンギンの行進のようなものが行われており、飼育員の誘導で複数のペンギンたちがすぐ目の前を歩いて行く様子が見えた。


 私にとってもそのペンギンの様子はとっても可愛く見えたのだが、それ以上に音無くんの興奮具合が凄まじかった。


「ふふ。お姉ちゃん。ゆうくん面白くて可愛いでしょ」

「いや……まあ、会社にいる時の印象とは多少なり違うとは思う……」


 大はしゃぎしてペンギンにスマホのカメラを向けている音無くんを見ながら、私と祈里は少し離れた後ろで話していた。

 確かに音無くんがあそこまではしゃいでいる様子は見たことがない。私がいる事を忘れているほど、ペンギンにのめり込んでいるように見えた。


 …………私はペンギン以下なのだろうか。


 いや、そんなことはいい。ここは水族館なんだから、生き物と私と比べるのは筋違いだろう。


「今の部署はさ、男性だとゆうくんよりは下の子いないんでしょ?」


 すると祈里は私の会社のことを話し出す。


「ん、そうだな……男性の新入社員は他にとられてしまったから今のところはいない。うちはそもそも女性が多いから、なかなか男性の後輩はできないだろうな」

「ってことは会社でも結構可愛がられてる?」

「そうだなぁ、男性の先輩社員がいるから、よく飲みにはいっていると話を聞いたことがある」


 女性ばかりの職場というのは、なかなか居心地が悪いだろう。

 だからこそ同じ男性の社員の存在が大きい。


「女の子の社員とは飲みに行ってないの?」

「……そういえば、最近はあまり行っていないように思えるな。……あ、祈里と付き合いだしたからそういうのはあまり行かないようにしてる……?」

「かもね。ゆうくんってそういうことに関してはきっちりしてそうだしねっ」

「それを聞いて安心したよ。祈里がいるのに浮気なんてしたら私が八つ裂きにしてやるからな」

「お姉ちゃんこわーい」

「お前のためだ」


 そんな話をしつつも、その浮気に片足を突っ込もうとしているのが私。

 今の段階ではそうなるつもりはないが、祈里に勧められているのが現状だ。



 ◇ ◇ ◇



 ペンギンを激写して満足した俺。

 それから三人で一緒に昼食をとることになった。


 水族館に併設されているレストランに入ると、それぞれにメニューを選ぶ。

 オムライスやカレーなどを頼むなか、副菜としてサラダがついてきた。


 俺は次々とフォークでサラダを食べていくと、ふと異変に気づく。


「古橋主任……野菜、あんまり好きじゃないんですか?」

「ん、ああ。あまり得意ではない……なんだ、そんなに悪いことか?」


 また一つ古橋主任の新たな一面を知ることができた。

 俺も祈里も好き嫌いがあまりない方だと思う。なので古橋主任のことが少し珍しく思える。


「お姉ちゃんは昔から全部じゃないけど緑のものが苦手で、いっつも私に渡してくるんだよ〜?」

「食べられないものはしょうがないじゃないか……」

「野菜は野菜で美味しいのにな〜」

「なら、俺がその野菜もらってもいいですか?」

「え……いいけど……」


 食事を残すなんてもったいない。俺は古橋主任からサラダをもらって全部たいらげた。今思えば最初に祈里の家で鍋を食べた時も古橋主任はあまり野菜を食べていなかったような……。



 ◇ ◇ ◇



 昼食を終えると、イルカショーの時間になったので、俺たちは椅子に座って待つことにした。前の方の席だと水がかかるらしく、俺たちは少し後ろ側の席についた。


「てか、なんで俺がここ……?」

「いーじゃんっ」


 横並びの席に座ったは良いのだが、俺は祈里と古橋主任に挟まれる形で座ることになったのだ。


「というかゆうくん狭い〜もっとそっち寄ってよ〜」

「ちょっ、祈里!? もう詰められないって! あ……あ……っ」


 俺は無理やり押された結果、隣にいる古橋主任に肩から腰まで密着する形になってしまった。


「あ、あの……本当にすみません」

「はあ…………大丈夫。祈里の悪戯なんだから、いちいち気にしていちゃいけないぞ」

「あ〜お姉ちゃんつまらないこと言う〜。えいっ」

「うわっ!?」

「きゃっ、何っ!?」


 祈里が思い切り俺を突き飛ばした結果、倒れ込むようにして古橋主任の太ももの間に顔を突っ込んでしまった。


「…………っ! 変態!」

「いだぁっ!?」


 俺は古橋主任にはじめてビンタされた。

 頬が痛い……。


「祈里〜〜〜」


 俺は祈里によしよしされていた。


「お姉ちゃん。さすがにビンタは酷いんじゃないかな?」

「そう思うならさっきみたいなことはやめなさい」

「だって〜」

「もう……あなたの気持ちはわかってるから、あんまり悪戯はしないでしょうだい?」

「そうなの? じゃあ様子見よっかなあ……」


 祈里はこの程度で何かを辞めるほど諦めが良い方ではない。それは古橋主任もわかっていることだろう。今後もこういったハプニングをわざと起こしてくるはずだ。

 ちらりと見る古橋主任の横顔。まだ怒っている様子だが、その顔は少し赤くなっていた。



 そうしてイルカショーが開始されると飼育員と共に裏の方から複数のイルカが登場。

 こちらに向かってお辞儀をしたり、音楽に合わせてジャンプをしたり、凄いパフォーマンスだった。


 ただ、俺は知らなかった。水がかかるというのはジャンプをした時の勢いでかかってしまうものだと思っていた。しかしそうではなかったのだ。


 飼育員が指示して、わざとイルカがプールの前で尻尾をバタバタさせて水をドバっとかけることだったのだ。


「うおおっ!? 祈里! 古橋主任! 後ろに!」

「きゃあっ」

「わっ!?」


 俺は咄嗟に二人を自分の後ろに隠し、軽く立ち上がって自ら水にかかりにいった。

 想像以上に水が観客席へと飛んできてしまい、俺はずぶ濡れになってしまった。


 周囲の人たちはカッパを買っていたようで、ほとんどの人が濡れていないなか、俺だけが濡れていた。


「ゆうくんありがとっ」

「お、音無くん……助かった」

「あは、あはははは…………へっくしゅんっ!」


 俺は祈里からハンカチを借り、できるだけ水を拭き取った。

 しかし、綺麗に乾くなんてことはなく、途中コンビニでタオルを買ってから車に乗って帰宅した。


 翌日、俺は水を正面から浴びたせいか風邪を引いてしまった。





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