第8話 お酒の失敗
「ん……んん……」
頭がガンガンする。体も熱いし、服が窮屈だ。
あれ……私……何を……。
「ここは……」
私は重たい目を開けて、なんとか上半身を起こした。
すると目の前の暗がりに広がっていたのは自分の部屋で、今私がいるのはベッドの上だと認識できた。
掛け時計を見ようと思ったのだが、部屋の明かりは暗く、現在の時刻を確認できなかった。そこで手でベッドの上を探り、スマホを発見するとタップして画面を表示。
するとそこにはちょうど夜中の十二時になる時刻が表示されていた。
「んん……」
重い体を起き上がらせ壁を伝ってドアを開くと、リビングの明かりがまだついていた。
「祈里……?」
まだ祈里が起きているのだと思い、私はリビングへと向かった。
するとテレビの音が聞こえてきて、起きているのだと感じた。
「あ、お姉ちゃん! おはよーっ」
可愛いパジャマ姿の祈里が笑顔で挨拶してくれた。
「…………おは、よう?」
現在は夜だと思うが、とりあえずおはようと返しておいた。
「ほら、お姉ちゃん。白湯用意するからここ座って!」
祈里がポンポンとソファを手で叩き、立ち上がる。
私がソファに腰を下ろすと、ケトルでお湯を沸かしてくれて、すぐに白湯を用意してくれた。
「あたたかい……」
両手でカップを持ち、白湯を喉へと通していくと、お腹がぽかぽかしていく感覚が広がっていく。
「どう? 頭は冴えてきた?」
「ん…………まだちょっと痛い」
祈里は私の隣に腰を下ろし心配をしてくれる。
ふと、カップを持ちながら下を見下ろしてみる。
するとパンツスーツを履いており、会社から帰ったあと、そのまま寝てしまったのだと想像できた。
普段はこんなこと絶対にないのに、なぜこのまま……あれ?
なんだかシャツが変だ。
こんなシャツ、私は持っていただろうか。
ブカブカしていて大きいし、裾の部分も長い。
「お姉ちゃんどうしたの? あ、そのシャツのこと?」
「あ、ああ……私、こんな服持っていただろうと思って……」
祈里は私が持っているものは大体把握しているはず。まだ頭を回転させられない私ではなく祈里なら答えを持っているかもしれない。
「ふふ……覚えてないの? それ、ゆうくんのシャツだよ」
「………………」
ゆう、くん。
ゆうくんって、祈里の彼氏のことだよな。
つまり、音無くんのこと。
「————え?」
シャツを見下ろしながら、私の頭が急速に回転しだした。
今日は仕事を早く終わらせようとしたけど、終わらなくて。だから音無くんに連絡して三十分だけ待ってもらって。そうしたら音無くんは居酒屋を予約していてくれて。
会社前で会うと他の人に見られる可能性があるから、少し先の駅で待ち合わせしてから居酒屋に入って。
すごい緊張していたけど、ビールを飲んで、それから次々にお酒を注文したら楽しくなってきて、それからそれから——、
「ああああああああああっ!?」
私は頭を抱えながら叫んだ。
「お姉ちゃん夜中だよ。近所迷惑——と思ったけど、ここ良いマンションだから壁が厚くて聞こえないか」
「そ、そんなことより……っ」
壁が厚いのなんてどうでも良い。
いや、よくはないのだが、このマンションはそれなりにしっかりした構造だし、少し叫んだどころで窓を開けていない限りは問題ない。
……じゃなくて!
「おお、音無くんは!? 私、やっちゃったよね!?」
「むふ〜〜〜」
ムンクの叫びのようなポーズをしていた私。それを見て祈里はニヤニヤと微笑む。
「何があったの! 祈里、知ってるんでしょ!?」
「うん。もちろん知ってるよ」
「お、教えてくれっ!」
私の記憶が間違いであってほしい。
だから間違いならズバッとそれを教えてほしい。
「ええとね。居酒屋でお酒を飲みすぎたお姉ちゃんが泥酔して、ゆうくんにすっごく絡んだあと、水を自分のシャツにこぼしちゃったの。色々見えちゃいそうだったから、ゆうくんが気を遣ってお姉ちゃんをトイレまで連れて行って自分のシャツを着せようと渡したんだけど、お姉ちゃん泥酔しててちゃんと着替えられなくて。だからしょうがなくゆうくんがトイレの中でお姉ちゃんのシャツを脱がして着せてあげたの。それでそのあとはタクシーでこの家まで送ってくれたってこと。だから今お姉ちゃんが着てるそのシャツはゆうくんのシャツ。彼シャツ、やったね!」
スラスラとぺらぺらと直接見てきたように祈里は説明する。
「うわああああああああああっ!?」
再び頭を抱え、恥ずかしさとどうしようもなさと申し訳無さで叫んでしまった。
一番は恥ずかしさだ。私、音無くんにどう絡んだのだろう。変なこと口走っていなかっただろうか。その部分だけはよく覚えていない。
けど、シャツのところは少しだけ記憶が……。
「私、音無くんに下着姿を見られた……?」
「みたいだね。あ、でもゆうくんは悪くないからね。怒っちゃだめだよ? お姉ちゃんが着替えないから悪いんだよ」
「そ、それは……っ。いや、私が悪いのはわかってる。わかってるけど……」
「ふふふ。恥ずかしいんだよね? お姉ちゃん可愛いなあ……」
「祈里。そんなことを言っている場合じゃない! 私は明日から音無くんとどう接すれば……! ふしだらな女だと思われないだろうか。いや、既に思われているはずだ。ああ、絶対に変態だと思われて……」
三歳も年下の男の子にあのような痴態。
おぼろげな記憶だとはいえ、やらかしてしまったことは事実らしい。それに、私を家まで送り届けてくれたということは、音無くんは全てを覚えているはず。
「大丈夫だって。ゆうくんはそういうの言いふらしたりしない人だし、お姉ちゃんのこともちゃんと大事にしてくれると思うよ?」
「大事とかそういうのではなくてな、私が恥ずかしいんだ。明日から面と向かって話せる自信がない……」
「も〜、お姉ちゃん! 主任なんでしょ? ちゃんとしてよ。そうじゃないとそれこそゆうくんに迷惑かけるよ。プライベートと仕事は別なんでしょ? 私は誰も見ていないところなら、公私混同しても良いと思ってる派だけどさ」
祈里から言われる叱咤の言葉が胸を打つ。
私は人前では強がって見せてはいるが、それなりに落ち込んだりショックを受けたりもする。そもそも全てが強い人なんてこの世の中にほんの一握りだろう。
私みたいなキャリアウーマンのような女性であっても、悩みを持ってる人は多いはずだ。
今回の話はそういった仕事の悩みとはまた別の悩みではあるけど、祈里に助けられているのは確か。
そもそも祈里の彼氏が相手だというのに、私は彼とどうなりたいんだ。友達、という関係だとしても、その先があったとするなら、とてもじゃないが受け入れることなんて……。
「——ちゃん、お姉ちゃん、聞いてる?」
「あ、ああ……聞いてるよ。祈里、いつもありがとう。私はお前がいてくれて良かったと思う」
「どうしたの急に?」
「あ、いやな。祈里が可愛いってことだよ」
「もう、お姉ちゃんったら、そんな褒めても何もでないよ?」
祈里の可愛い笑顔を見ていれば、ストレスなんて簡単に吹き飛ぶ。
ただ、今回だけは毛色が違うストレス。今までにほとんど経験したことがないことだから余計に。
「あ、そういえば、頼んでた写真届いてたよ。あの状態でよく送信してたよね」
「ん、なんのこと?」
写真写真……そんなことあったようななかったような。
すると祈里は自分のスマホを取り出し、一枚の写真を見せてくれた。
「ほら、ツーショット写真撮ってって言ったじゃん。お姉ちゃんやるよね〜。ちゃんと撮ってくるんだもん」
「へ…………? これが、私?」
そこには、べろべろに酔って顔が真っ赤になった私が下品な顔をして、あろうことか音無くんの胸に寄りかかり自撮りをしていた写真が添付されていた。
「もう、お姉ちゃんったら可愛いんだから。このままお持ち帰りされれば良かったのにね」
「お持ち帰り!? 何を言って——」
「でもゆうくんはヘタレだったからちゃんと送り届けてくれたみたい。ざーんねん」
「い、祈里……! お前は私と音無くんに何を……っ?」
「それ……言わせる気?」
「いや、言わなくていい。言うなよ、絶対言うなよ……!」
完全にフリだった。
「ゆうくんとお姉ちゃんがえっちなことするのを期待してましたー!!」
「ああああああっ!? 言うなああああっ!!」
音無くんのことも私のことも大好きだという祈里。だからといって、自分の彼氏を差し出そうとしてくる異常さが理解できない。
私は祈里の言動に振り回され、ただ叫ぶことしかできなかった。
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