二股公認姉妹〜大好きな彼女に「お姉ちゃんと付き合って」と紹介されたのが大嫌いな上司だった件〜

藤白ぺるか

第1章

第1話 大好きな彼女と大嫌いな上司

「ゆうくん、だーいすきっ」


 休日、大好きな彼女とデートして楽しく過ごす。

 そして、夜は付き合っている男女なら誰でも行う夜の営み——彼女とベッドの上で乱れ合いながら、愛を確かめ合う。


 茶髪ミディアムの髪を揺らしながら潤んだ瞳をこちらに向けるその姿があまりにも可愛くて、グッと愛おしくなる。


「俺も大好きだよ、祈里いのり


 互いに愛の言葉を囁き合いながら、熱くなった体を押し付け合い、深く深く、とろけてゆく——。



 ◇ ◇ ◇



 俺、音無悠樹おとなしゆうきには、付き合って半年になる可愛い彼女——椎名祈里しいないのりがいる。

 出会いは同僚が開催してくれた合コンだ。


 出会い方としては普通と言われるかもしれないが、合コンをしたあと、いつの間にか互いに意気投合し、デートを重ねるようになった。


 その後、三回目のデートで俺から告白。めでたく祈里と付き合うことになり、半年が経過した今でもラブラブな状態だ。


 そんな俺は大学を卒業してから化粧品会社に就職。現在は三年目となる若手社員。今年で二十五歳になる。

 一方の彼女も俺と同い年で、女性ファッション誌で有名な出版社で働いてる。


 互いに女性と関わることの多い仕事な上に、取引先企業でもあった。

 新しい化粧品のPRで彼女の会社の雑誌に掲載してもらうため、打ち合わせしたりすることも何度かあった。


 もちろん仕事として会う時は、互いに仕事モード。

 敬語でやりとりを交わし、仕事が終わったあとは、『会社員プレイしてるみたいだね』なんて言って盛り上がったりもする。


 そんな幸せな俺にも唯一、悩みの種がある。


「——ちょっと音無くん! この資料どうなってるの! 先週言ったじゃない。次のPRのメインには新商品じゃなくて既製品のコラボ商品だって!」


 耳がキンキンする。

 その声が聞こえた瞬間、俺の眉尻は下がり心の中でため息が出る。


「えっ、でも古橋ふるはし主任。先週の会議の時には新商品を掲載するって課長が言ってたと思うんですが……」

「はあ……それ来月の話よ。新商品の発売は二ヶ月先なんだからまだ良いの。ちゃんと話を聞いてないからこういうことになるのよ」

「す、すみません……」


 俺のミスを指摘しにきたのは、直属の上司である古橋伊織ふるはしいおり主任。

 艷やかなストレートの黒髪を胸元まで伸ばした彼女はグレーのセットアップスーツをお洒落に着こなしている。

 ぱっと見、格好良い女性に見える彼女だが、俺にはいつも眉を寄せた表情で話しかけて、怒鳴ることが多い。


 もちろんミスした俺が悪い……仕事がうまくこなせない俺が悪いのだ。

 だから古橋主任に怒られるのは当然。


 でも、もうちょっと柔らかく言ってくれても良いのではないかとも思うのだ。

 言い方一つで俺の心が削られ、仕事のやる気が落ちてしまう。そのようなメンタルケアも上司の仕事ではないかと思っているが、現実は甘くない。


 可愛い彼女である祈里なら「今から直せば十分に間に合うよ。次は失敗しないように修正頑張ってね」なんて、励ましの言葉もくれるだろう。

 この古橋主任とは全然違い、聖母のような性格なのが彼女の祈里だ。


「この、おっぱい上司め……」

「ん、なんか言った?」

「い、いえっ。何も言ってません。すぐに資料を修正します!」

「できたら言いなさい。今度はミスないようにね」

「はいっ」


 危ない危ない。

 ストレスが溜まりすぎて主任を詰る言葉を心の中で探していたら、小さく声に出てしまっていた。


 俺の直属の上司である古橋主任は、現在二十八歳のシゴデキ人間。

 ただ、その口調といつも眉を寄せたキツイ表情から、皆からは恐れられている。

 俺だってその一人、毎日のように彼女に怒鳴られている。


 そんな古橋主任にも唯一、目を見張る特徴がある。

 それは、彼女の胸部をこれでもかと主張する大きなおっぱいだ。


 彼女がデスクの横を通る度に揺れに揺れる双丘。

 この会社の数少ない男性社員の全員が歩く彼女の胸に視線を奪われ、欲情していることだろう。


 俺だって入社したての頃は毎日のように彼女の胸に釘付けだった。

 しかし今は違う、確かに彼女は少し顔も良くておっぱいも大きいが、性格が問題なのだ。

 胸の大きさだけで、俺に厳しく当たるその性格が許されると思ったら大間違いなのだ。


 素晴らしい特徴を持っているのに自身の性格でそれを潰してしまっているなんて、本当に損をしている。

 だからこの歳になっても彼氏一人できずに独身を謳歌しているのだ。


 そんな唯一のストレスの原因である古橋主任が毎日のようにこってりと絞ってきたとしても、俺には可愛い彼女がいる。古橋主任とは違い"恋人"がいるのだ。


 そのことを思えば、古橋主任からの強い言葉だって耐えられるのである。


「音無せんぱーい、大丈夫でしたか?」

「三上……心配ありがとう。俺が悪いからね、怒られて当然だよ」


 そう心配してくれたのが、隣のデスクに座っていた三上沙霧みかみさぎり

 俺の一歳年下の後輩女性社員だ。


 明るい髪色をボブカットにした彼女は人当たりもよく、気が遣える子。それ故に男性社員からは人気である。俺もたまにこうやって心配してもらっている。


「じゃあ、そんな音無先輩にはこれをあげましょ〜っ」


 と、言って彼女がくれたのは、飴玉が入っている親指サイズの小さな袋。


「ありがとう。三上は本当に気が利くなぁ」


 俺は彼女から飴を受け取ると、その袋を開いて口に放り込む。

 マスカットの爽やかな香りが口の中に広がり、少しだけ気分が晴れた。


 すると、急に三上が俺の耳元へと近づき——、


「——こんなことをするのは、音無先輩だけですよっ」

「ゴホッ……ゴホッ……!」


 癒やしボイスと突然の言葉に、俺はまだ舐めていた飴を呑み込んでしまう。


「な、なにを言って……」

「ふふ。顔が赤くなってますよっ」

「後輩のくせにからかうなよっ」


 あざといが、これがちょっと可愛い。

 多分、俺に彼女がいなければ、三上のことを好きになっていただろう。


 彼女はクスクスと笑いながら、自分の仕事のため再びパソコンへと向き直った。




 ◇ ◇ ◇




「——お先に失礼します」


 そう言って、デスクから離れて会社を出る。


 今日はこれから、彼女が暮らしている家にお邪魔することになっている。


 俺は今まで彼女の家に行ったことがない。

 祈里は姉と二人暮らしをしているらしく、俺たちが付き合って半年が経過したので、この機会に紹介したいと言われていたのだ。

 何かお願いがあると言っていたが、おそらく今回の姉の紹介のことだろう。


 少し緊張はするが、これを機会に彼女の家にも遊びにいけるようになれば嬉しいと思っていた。

 それに優しい祈里の姉だ、多分良い人なんだろうと、俺は安心していた。


「ん、音無くんも帰りか」


 げ。エレベーターで一階に降りた所、会社の受付フロントにいたのは、なんと今日怒られたばかりの古橋主任だった。まさか帰りが一緒になるとは……。

 いつもは残業で遅いはずなのに、今日に限っては上がるのが早いらしい。


「古橋主任、お疲れ様です。そうです、今から帰りです」

「そうか、お疲れ様。気を付けて帰りなさい」

「は、はいっ」


 一緒になるのが嫌だったので、俺はわざとらしくトイレに寄って、適当にスマホをいじって時間を潰した。

 戻ると古橋主任の姿はなく、先に帰宅したのだと感じた。


 俺は息を吐くと、今度こそ祈里の家へと向かった。


 祈里の家は会社がある駅から、ほんの数駅先の場所にある。

 電車に揺られ十数分。すぐに最寄り駅へと到着した。


 そこから徒歩で十分程度。

 指定されたマンションに到着すると、そこはなんと新築とも思えるほど綺麗な高層マンションだった。


 まさか祈里の給料だけでこんな家賃が高そうな場所に住めるとは思えず、姉が稼いでいるのだなと考えた。


「あ、ゆうくんっ! 今開けるねー!」


 マンションの中に入り、一階のインターホンを押すと祈里が出てくれて、オートロックのドアを開けてくれた。

 姉はいつも帰りが遅いとのことなので、今日は祈里と二人で姉の帰りを待つ予定だ。


 そうしてエレベーターに乗って十階。

 そこが、祈里が姉と暮らしているという部屋だった。


 俺は部屋の前でインターホンを押すと、中から「はーい」という声が聞こえた。


 ワクワクしながら待っていると、ガチャリとドアが開いた。


「祈里〜〜っ!」

「きゃあっ!?」


 俺はドアが開いた瞬間、勢いよく祈里の胸へと飛び込んだ。

 古橋主任にいじめられた傷を癒やしてほしいという一心で彼女の胸に顔を押し付け、これでもかと大好きな匂いを嗅いだ。


「ん……?」


 なんだか違和感があった。


 祈里はこんなに胸が大きかっただろうか。顔が跳ね返されるほどの弾力があり、潰されそうなほど挟まれている。そしてなんだかいつもと匂いも違った。

 普段使っている香水とは別の香水を使っているのかなとも思ったが、こんな匂いは初めてだった。


 でも、どこかで嗅いだことのあるような匂いで——、


「な、な……っ」

「へ?」


 祈里ではない。似ているけど少し違う。

 そして、つい最近聞いたことがあるような声が頭上から聞こえた。


 俺は胸から顔を離して、視線を上げてみる。

 その顔を見た瞬間、おびただしいほどの汗が全身から流れ出たのを感じた。


「ふ、古橋主任〜〜〜〜っ!? ぶはっ!?」


 なんと、そこには先程まで一緒に仕事をしていた古橋主任がいたのだ。

 そして顔が赤くなっていた古橋主任が渾身のビンタで俺の左頬をぶん殴った。


「あ、ゆうくん! 早く入りなよ……って、あれ? お姉ちゃんどうしたの?」

「ちょ、ちょっと祈里! これはどういうこと!? まさか——」


 あまりの痛みに玄関先で座り込み、ジンジンする左頬を手で擦っていると、彼女の祈里がリビングから顔を出す。

 そして祈里を見た古橋主任も困惑の目を彼女に向けていた。


「ゆうくんが私の彼氏だよ! 彼氏来るって言ってたじゃんっ」

「まさかとは思ったが、本当に音無くんが祈里の彼氏だったとは……」

「ってことは…………祈里のお姉さんって、古橋主任〜〜〜っ!?」


 俺は大好きな彼女と大嫌いな上司が一緒に住んでいると理解。

 そして、たった今、二人が姉妹だと知り、驚愕の内容に大声で叫ぶしかなかった。


 しかし、このあと俺は、今の叫びとは比較にならないくらいほど叫ぶことになるのである。




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