第5章 ボイド

 ボイドは、思っていた以上に暗かった。気づくと隣にケトラーはいた。しかも彼は、フードを取っていたのだ。輪郭がしっかりとしていて、頬には切られた傷が刻み込まれている。目は大きかった。


「快斗、初めてのボイドはどうだ?」


「…くらいな、と」


「…昔は明るかった。グラーベルトの呪いでな。」


「なんですか?それは」


「今夜話すか」


「ボイドに夜ってあるんですか?」


「ああ…まさに闇だな。その時は火を焚いて野宿をする。火で照らすとわかるが、暗いだけで現実世界とあまり変わらないぞ。」


そう言うとケトラーは地図を広げた。


「さて、今いるのは『平穏なる丘』というところだ。ここから集会所までは約200キロといったところか。だいたい4日だな。さあ、歩くぞ。」


そう言うと俺達は歩き始めた。黒い風景の中でひたすらに歩く。しかしなぜか喉が渇くことはなかった。


「ケトラー、何故喉が渇かないんですか?」


「ボイドだからだ。ボイドに来ると、水を飲む必要がなくなる。ボイドには水がないから、喉が渇かないような世界になっているのだ。」


「なるほど」


俺はボイドが、人間、いや闇騎士にとって都合の良い世界だなと感じた。



 夜になっても、一向に眠気は襲ってこない。ケトラー曰く、それもボイドだから、らしい。


1日歩き続けたので疲れは半端じゃなかった。夜火を焚いて、地面に寝そべり、そして、ケトラーに尋ねた。


「さっき言ってた、グラーベルトの呪いってなんなんですか?」


ケトラーは静かに、そして冷静に話しだした。


「その前にまず、これまでの歴史からいこう。もともと、人間と今の闇騎士は同じ現実世界で暮らしていたんだ。そのときは、今とは違う闇騎士団がボイドで暮らしていた。そして、現実世界に侵攻を始めた。娯楽のつもりだったらしいな。そして、ボイドに行くことができない私達は瞬く間に境地に追い詰められた。しかしだな。そんな時に俺達はボイドに行く方法を見つけてしまったんだ。そしてボイドに人間を派遣してから、一気に逆転し、圧勝した。そして、派遣されたメンバーはボイドに住み着いた。しかし向こうの人間は欲が深すぎる。私達にも侵攻を始めたのだ。だから、私達は人間を追い払った。しかし、奴らは退散しただけだった。それに比べて私達は致命傷を負ったのだ。という背景があって、現実世界の人間の中の、位が高い人を優先的に殺し、復讐できる時を願って待ち続けているのだ。」


俺は静かに聞いていた。ケトラーは話を続けた。


「闇騎士団を抹消した時、最後まで残っていたのが、グラーベルトだ。やつは、ボイドの世界を操作するボイドコンピューターでボイドを闇に閉ざしやがった。そして、そこには暗号だと示唆される画像が一枚置かれた。それを暗号だと見て調査しているが、未だに解読の兆しは見えない。グラーベルトの呪いとは、そのことだな。」


俺はふと疑問に思った。


「この世界が明るかった時、現実世界と何が違ったのですか。」


「色々あるが、代表的なのは空の色だな。昔のボイドは闇とは程遠い、薄紫色の空で晴れ渡っていた。それがいつしか、モノクロのように黒になってしまったのだ。いつか、この呪いが解けた時に、また見たいものだ。」


「また…とは、ケトラーはその時からいたんですか。」


「勘がいいな。俺は元闇騎士団と戦う際の、第一次ボイド派遣隊の隊長だ。今は、普通の闇騎士だがな。」


俺は呆気にとられた。こんな近くに、こんなに重要な人がいるとは知らなかった。


しかし、彼の凄いところ、功績以外の部分を俺はまだ知らなかった。眠気はなかったが、健康維持のための軽めの睡眠をとった。起きた時、俺は一人でボイドの素晴らしさに浸っていたのだった。



 ケトラーが起きてくると同時に、二日目の旅が始まった。平穏なる丘からだいぶ距離を歩いたので、景色は結構変わっていた。


「見ろ」


ケトラーは指を差した。そこには小さく、十匹ほどで群れた生き物がいた。


「クリーチャーだ。『デンデル』ってやつで、よく群れるんだ。一匹一匹は強くはないが、量が多いと圧倒される。8匹か。今回はそんなに多くないな。快斗、やってみろ。」


「はい。」


俺はゆっくり歩み寄るとともに、腰からナイフを取り出した。ナイフは体の重心から前に一直線に刺す形と、体ごと回転して、ナイフを360度回転させるやり方がある。


今回は量が多いから、回転斬りの方が良いだろう。奴らは俺めがけて一斉にやってきた。俺は、つま先に身を任せて、回転した。周りに勢いよくはね返されるのかと思いきや、刃にあたったあと、ねっとりと落ちていく姿はあまり心地良いものではなかった。


だが、そうして何匹も倒していくと、奥に最後の一匹がいた。俺は回転を止め、ホールでやつの体を貫いた、と思った。


ホールは奴の少し左を通っていったのだ。奴は微かな笑みを浮かべ、前から突進してきた。俺は一瞬無防備になったが、焦るなと言い聞かせ、すぐ目の前に迫った奴をナイフで貫いた。


「まあまあだな。」


ケトラーは静かに言った。


「はい。ホールでやれませんでした。」


「本来、あれは絶好のチャンスだ。敵の近くでしか攻撃できないナイフに比べて、ホールは、安全性が高く、極めればどんな武器より強いはずだ。もう少し精度を高めろ。」


そう言われた。このあともクリーチャーはたくさん出てくるだろう。俺はそれに打ち勝てるのだろうか。不安は大きくなっていくばかりだった。

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