苦さを愛しさに変えて

夕緋

苦さを愛しさに変えて

「もうすぐ誕生日だよね! 今年は奮発してギター買っちゃおうかと思ってるんだけど、どう?」

 芽衣は俺の誕生日が近づくと、プレゼントは何がいいか確認してくる。何がいいかの確認というより、芽衣が安心して選んだプレゼントを買うための確認だ。毎年俺の欲しい物をいつの間にか心得ていて、俺がプレゼントに対してノーを言ったことはなかった。

「ギターか……」

 俺が苦い顔をしたのを芽衣は見逃さない。

「あれ、嫌だった…?」

 不安そうに、心配そうに聞いてくる芽衣に、果たしてこの理由を言ってしまっていいものか悩む。けれど誤魔化したらすぐにバレてしまうし、そういうことをすると芽衣は傷つくから、素直に話すことにした。

「学生時代にギターやってたんだけどさ、俺結構痛々しいことしてて、当時の彼女に歌を贈ろうとしてたんだ」

 『結構痛々しい』と予防線を張ってしまったが、当時の俺は本気でそれが良いことだと思っていて、誤魔化した心の中が少し痛んだ。

「でも彼女の誕生日が来る前にフラれちゃってさ! 実際にギター見ると行き場のなくなった曲のこと思い出しちゃうんだよな」

 できるだけ明るく、笑い話として話したつもりだったけれど、彼女はやっぱり悲しそうな顔をした。

 芽衣は人一倍感受性が豊かだ。俺の機微にすぐ気づくし、共感もしてくれる。だから今回も俺以上に心を痛めてしまったのだろう。

「昔のことだから忘れてくれ。当時は悲しかったけど、今は思い出せる程度の思い出になってるから」

 そう言って芽衣の頭をそっと撫でる。

「でも、思い出せる苦い記憶なんでしょ?」

 芽衣は上目遣いにそう聞いて来た。その顔をされると弱い。何を返していいか分からなくて、咄嗟に「まあな」と呟く。

「……ねえ、やっぱりギター買ってもいい?」

 上目遣いのまま芽衣はそう尋ねた。素直に驚いてしまう。芽衣は大抵の場合、俺の言うことを尊重してくれる。普段なら苦い記憶のあるものをそれでも買おうとは言わないのだが。

「ギターに苦い思い出があるままなのは、嫌だなって。だって、ギターの弾き語りとか好きでしょ? キラキラした目で見てるの知ってる。きっと自分で出来たら楽しいだろうなって思うから……」

 キラキラした目で見てると言われると少し恥ずかしさがあるけれど、そうか。バレていたのか。

「それに、もし良かったら、私に曲をプレゼントしてほしい」

 思いがけない言葉にまた目を丸くしてしまった。

「苦い記憶を塗り替えて欲しい。私と過ごした楽しい思い出にしようよ」

 たまに芽衣は大胆なことを言う。その瞳は真剣そのものだ。

 ギターを弾く。

 その行為は昔やっていたが、今でも憧れがある。芽衣に言われた通り、俺の好きなシンガーソングライターの曲が弾けたなら最高に楽しいだろう。それに、もし自分の曲を受け取ってもらえたなら──。

「……うん。ギター、買ってくれるか」

 芽衣はその瞳を、それこそキラキラと輝かせて「うん!」と満面の笑みで言ってくれた。


 芽衣の誕生日に合わせて作った曲をプレゼントすると、芽衣は心からの拍手をくれた。

「すごい! すごいすごい!」

「大袈裟だよ」

「だって、ほんとにすごいしか言えないくらいすごいもん!」

 正直な話、俺にできるレベルの曲だから、本当にそんな大層な曲ではないのだが、芽衣にとっては良い思い出になったようで、安心した。

「ねえ、一回ギター置いてくれない?」

「ん? いいけど」

 俺がギターを置いて、芽衣に向き直った途端、芽衣は俺に抱き着いて来た。

「ありがとう! ずっとず~っと愛してるよ!」

 贈った曲に対してこれ以上にない返答だ。芽衣をぎゅっと抱きしめて「俺も」と言うと芽衣が優しく背中を撫でてくれる。

 こんなに喜ばしいことがあるなら、いつまでも過去に囚われていないでギターを続けていれば良かったな。

 そんなことを思わせてくれた芽衣の背中を俺も優しく撫でた。

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苦さを愛しさに変えて 夕緋 @yuhi_333

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