(番外編)タマナ、歪んだ愛の始まり。
霞みがかったような脳内。記憶はあやふやにも関わらず目が覚めた瞬間、ここが地獄だとすぐに理解してしまった。
「ユキオ。ユキオ。ユキオ……」
記憶にこびりついた”ユキオ”を求め彷徨う。灼熱の地面に空気は揺らぎ、熱波に当てられ続けて息苦しく感じる。
「ヒッヒッヒッ! お前オメガだろ?」
「なんだそれ? オメガなんて知らねーよ!」
時々、訳の分からない事を言って襲ってくる臭いヤツラを、その辺に落ちていた小刀で返り討ちにする。一日に何度も「オメガ」がどうのこうのと、わめきながら牙を剥き出し飛び掛かってきた。はっきり言ってウザイ。
「なんとかして……」
所々、地面が割れ溶岩が溢れ出し足の皮膚が焼かれる。だが靴があっても、この高温じゃ焼け焦げて何も残らない気がするから意味が無い。だから結局は裸足だ。ただ不思議な事に次の日には火傷は治るのだ。治っては再び焼かれの繰り返し。
「ユキオ……探さねーとな……」
前世の記憶と言うヤツなんだろか? 殆どの記憶は薄れてきてるのに、ユキオの事がどうしても頭から離れない。妹を奪われた憎しみが忘れられない。
「どこに隠れてんだよ! ユキオ!!」
彷徨う。彷徨う。彷徨う。
足裏を焼かれる痛みはもう感じない。ひたすら訳も分からず歩き続ける。襲いかかってくるヤツラを、全て小刀で倒しながら進む。
「ユキオ……。ユキオ……」
どのくらいの日々を彷徨い歩いたのか分からないけど、今までと雰囲気が違う場所に出た。明るく照らされた道の幅は広く人通りも多い。街路樹も建物もこぎれいで、どこかの街に辿り着く事が出来たのが分かった。ただ人々が、ジロジロと俺を見る目は不快に感じる。
「どっかで待ち伏せするか」
薄暗い裏路地を見つけ入っていく。木箱が積まれた間に体を預けて眠る。
何故だか腹は減らない。
それから更に何日経ったか分からないが、何かの気配を感じて目が覚めた。
「ん〜! んん〜! んんー!」
「がぅ〜! がぅがぅ! ががぅ〜!」
能天気な歌声に妙に腹が立ちイラつき、小刀を手に立ち上がる。
そこにはユキオがいた。
「ようやく見つけたぞ! 地獄の底から会いに来てやったぜぇ! 裏切り者のユキオ!!」
姿こそ変わってしまっているが、目の前にいるのは間違いなくユキオだと俺には分かった。
「お前は誰だ?」
ユキオの方は、すぐには俺の事が分からなかったようで戸惑っている。
「先輩と沙耶が、兄妹だったなんて知らなかったんだ」
そんなの察しろよと思う。俺と沙耶は兄妹なんだから似てる。沙耶とも俺とも、長い時間を過ごし一緒にいたんだから分かるはずだ。
だから信じない。
「テメェの言う事なんか信じねーよ! 俺はなぁ、沙耶の言葉しか信じない」
小刀に力を込めるとドス黒いモヤが刃から溢れ出す。
ユキオは天使のような翼を広げ、羽を剣に変形させ俺の小刀を受け止めた。そんなモノで俺の小刀は防げるわけはない。小刀の切っ先から、うねるようにして闇を纏うドロドロした幾つもの触手が、ユキオの持つ剣に絡みつきジワリジワリと侵食し始めた。
「グゥッ!!」
苦しむユキオを見て復讐が終わった。と思った。
「天の至宝に手を出すは大罪。しかし理由くらいは聞いてやろう」
いきなり妙な男が現れてユキオを庇う。
胸糞悪い。
俺は再び小刀を振り上げる。しかしバリアに遮られたかのように、男には刃先すら届かない。
ユキオが憎い。憎い。憎い……。
魂の底から這い上がってくるドス黒い何かに突き動かされる感覚がして、俺の意識は途切れた。
背中を焼かれる激しい痛みで目が覚めた。俺は、再び地獄のような灼熱の大地に転がっていた。
「クソッタレ! 振り出しかよ!!」
思わず天に向かって叫ぶ。
「けどユキオが生きてんのは分かってんだ。絶対探し出して今度こそ……」
とはいえ前回は、どうやって街に辿り着いたんだっけ? 分からない。でも東に気になる気配がする。きっとそれがユキオに違いない。
東を目指し歩きだす。
岩場を乗り越えると溶岩は無くなり、静かで木々が生えた場所に出た。空気も息苦しくない。それどころか爽やかな風が通り抜ける。
「涼しいし、なんなんだ此処は?」
街ではない事だけは確かだ。けど木々の合間に洞窟と一体化したような建物らしきものも見える。
「あそこにユキオがいるのか?」
息を潜め木々に隠れながら様子を伺う。日が暮れ、とは言ってもどうやらこの世界に太陽は無いようだけど、不思議な事に夜になると真っ暗になってしまう。
「今日は収穫無しかぁ……」
不自然で慣れない場所、それも真っ暗な中、動き回る程バカじゃ無い。なので落ち葉の上で体を丸めて眠る。
「目ぇ。覚めた?」
次の日、妙な胸騒ぎにも似たゾワリとしたモノを感じて飛び起きる。同時に東の『何か』の気配はユキオではなく、この女性のモノだったのだと気が付いた。
「誰だ? ユキオ?」
「違うよ」
目を擦りながら辺りを見回すと、赤い燃えるような髪、うねった黒い角、そして俺を真っ赤な瞳で楽しそうに見つめる女性と視線が合う。
その瞬間、身体中が沸騰するかのように熱くなり「コイツから逃げなくては」と、本能が働いた。すぐさま立ち上がりダッシュで走り出した。はずだったが先回りされ目の前に現れる。
「あはは! 逃げないでよ!」
更に逃げようと、反対方向に向かって走ろうとしたら、今度は腕を強く掴まれる。
「退け! お前は俺の探してるユキオじゃない!」
振り払おうと、掴まれた腕を思いっきり振り回すが離してはくれない。
「”ユキオ”なんて知らないけど、あんたはあたしの運命の番なんだから逃がさないよ」
「俺はユキオ以外に用は無い! 離せ!!」
「離さないよ」
そう言って俺の腕を、グイッと引っ張り耳元で「そんな美味しそうな香り撒き散らして、よく無事だったね」と、女性とは思えない低い声で囁かれる。途端に、ゾクゾクとした震えが走り再び逃げようともがく。
「俺はユキオに会うまでは無事でなきゃいけない! ユキオが生きてるって分かったのに死ねる訳ねーだろ!」
「そんなにユキオが好きなんだ」
「違う! 俺はユキオが憎いんだ!!」
「あはは! 馬鹿ね! 愛と憎悪は裏表なの! 同じようなモノよ!!」
「そんなの俺は知らねー! ユキオを出せ!!」
無我夢中で暴れて、この女から逃げようともがきまくる。が、羽交い絞めにされてしまう。
「ねぇ。そんなどうしようも出来ない。叶わない愛や憎悪なんて捨てて、あたしだけを愛してよ!」
「訳わかんねーよ! お前何言ってんだ!! 俺はユキオにッ!!!」
「もう煩いなぁ! あんたはあたしのモノなの」
女の苛ついた声と共に、ガリっと、音がした。
首筋が……頸が……焼ける……酷く……痛い……。
頸に手をやると、赤い血がドクドク流れ落ちていく。女に首筋を噛まれたと分かった。
「あはは! 強く噛みすぎちゃった。あんたが暴れるからいけないんだよ!」
「離せ! こんな事くらいで俺はユキオを諦めない」
「あんた頑固過ぎるよ! これだけはやりたくなかったんだけど仕方ないよね」
この女、噛み付く以上に、何をしようと言うのか?
とりあえず逃げようと再びもがきまくる。首から血が滴り落ちるのも痛みさえも気にする余裕は無い。けど女の方が、力も体術も優れていた。俺に飛びかかると全体重で押さえつけられた。
「なるべく体を楽にしておいてね!」
そんな事を言われても、この状況で楽な姿勢なんてできる訳が無い。身動きも出来ないから、せめてもの抵抗で視線を逸らす。
その瞬間、強烈な痛みが胸に走った。
「ぐぅぁ……」
「へぇ! これが、あんたの”珠”なんだ」
次第に痛みが治まってきた。俺を組み伏せたままの女を見ると、赤く光るビー玉のようなモノを嬉しそうに見ている。
「なんだソレは?」
「知らないの? コレはね。あんたたちオメガだけが持つ特別な珠なんだ。綺麗で輝いて見えるのはオメガの命そのものだからなの」
「そのオメガって一体なんなんだ? 何度もオメガがどうとかで追い回されて迷惑だったんだけど」
「本当になんにも知らないんだ。オメガは男だとしても妊娠出来るんだよ」
「ハァ? なんだよソレ! 意味分かんねー」
「そのうち色々、あたしが教えてあげる。そんな事より今は珠よ! 見てなさい」
軽い口調で話しながら、珠を放り投げるとパクンと女が口でキャッチして、ゴクンと飲み込んでしまった。
「あのさ。それお前の言う通りなら俺の命なんだよな?」
「そうよ。しっかり聞いてたんだね」
「何で飲み込んだんだ?」
もしかしなくても俺にとって、その珠めちゃくちゃ大切なモノだったんじゃないか?
「それはね。あたしだけを愛して欲しいからに決まってるじゃない!」
「いや。愛とか以前に俺はお前の事、全然知らねーし、まずユキオ探さねーとだし」
「あはは! もう遅いわ! 珠を奪われたオメガは、アルファからは逃げる事も離れる事も出来ないんだもの!」
そう言って俺の上から女は退いた。体に自由が戻った瞬間、全力で逃げようと走り出した。が、しかし数十メートル走った所で胸が激しく痛み、うずくまるはめになってしまった。
「なんだ! コレは!!」
「言ったでしょ! 珠を奪われたオメガは離れられないって。もうあたしからは逃げられないよ。まぁ。逃すつもりは全く無いけどね!」
「なんて女だ」
「そんな絶望したような顔しないでよ。あたしを愛してくれたら優しくしてあげるからね!」
「……」
「あたしはアルハ、お前の名前は?」
「……タマナだ」
アルハが男だと知ったのは、その夜の事だったが色々な意味で思い出したくはない。しかもユキオの名前を出す度に、お仕置きだとか言ってとんでもない事をしてくるからタチが悪い。
「嫌そうな顔しながらも、まんざらでもないんでしょ!」
「……」
強烈なアルファのフェロモンに抗うことが出来ない。それがオメガの性なんだろうと言う事も分かってしまった。
ジワジワと優しく強引に、絡めとられていく理性。
俺はもう、たぶんアルハからは逃げられない。
「あたしはタマナを愛する! だからタマナもあたしを愛して!」
「……うん」
少しずつ共にいる事に喜びを感じ、今は逃げたいとも思わなくなってしまっていた。
そしてアルハに番の首輪を着けられ千年を誓った。
いや。無理やりに誓わされた。
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