最終羽、千年の誓い。


 いつも通りにゆっくりとした時間を過ごしていたと言うのに、三日間は瞬く間に過ぎてしまった。明日には結婚式本番なので、ダリウスとリトリントは最終確認があるからと出かけてしまった。オレは落ち着かなくて、中庭をウロウロ歩き回っていた。そしていつもならこの時間は昼寝をするシャルも、何かを感じとっているみたいにピョンピョン飛び跳ねながら行ったり来たりしてる。


「二人共ここにいたか」

「おかえり」

「おかえり」


 もうすぐ夜が来る時間になって、タオルで汗を拭いながらダリウスが帰ってきた。その後ろにリトリントもいる。


「土産がある。応接室まで来てくれ」

「分かった」

「わかた」


 ダリウスについて歩く。シャルはもうオレの肩には乗る事はなくなった。オレの後ろを歩くリトリントの腕に抱かれ甘えている。少しのさみしさは消えないけど、シャルにとってはそれが良いのだ思う。


「ダリウス」

「どうした?」

「手、繋いでいい?」

「あぁ」


 差し伸べられた手を握って、ダリウスの隣を歩く。作業をしていたからだろう握り返された少し汗ばんだ温かい手のひらに安心感と喜びが広がる。


「お前たちにとって最高の贈り物が届いてる」


 応接室のドアを開け、ダリウスがオレの手を離してポンッと背中を押す。


 猫足のテーブルの上に見慣れない赤いリボンのかかった大きな木箱と、オレンジ色のリボンがかけられた小さな木箱が並んでいる。


「大きな方はティアレイン、小さな方はシャルにだそうだ」

「開けていい?」

「いい?」

「もちろんだ」


 赤いリボンの端を引っ張ってスルスル解いて木箱の蓋を開ける。


「わぁ! 真っ白なドレスに、タキシードまである! もしかしてコレって」

「ハユリ様から明日の晴れ着にと頂いてきた衣装です。お色直しで全部着て欲しいと言付かってきました」


 箱の中を全部出すと青や黄色や赤のドレスまで入っていた。母さんはもの凄く頑張ってドレスを仕立てくれたのだろう。細かな刺繍まで丁寧に施されている。


「当然、全部着るよ」

「おれ。も。きる!」


 声がする方を見ると、リトリントの膝の上でシャルがリボンに絡まりながらも、箱の蓋を開けて中に入っていたドレスを引っ張り出して尻尾をブンブン振って大喜びしていた。白とオレンジと赤のドレスは、刺繍以外にもレースまでつけられて可愛く仕上げられている。


「さて、明日は忙しい。今日は早めに休もう」

「うん」




 夕食後、明日への緊張と期待で今日は眠れそうにないなぁ。と思い、ぼんやり真っ暗な窓の外を見ているとノックと共にダリウスが入ってきた。


「やはり眠れないようだな」

「うん。何だか気持ちが昂ってさ。もしかしてダリウスも?」

「あぁ。だから今日は一緒に眠りたいがいいか?」

「いいよ」


 ベッドに腰掛け両手を広げると、ダリウスがふわりと優しくオレを抱きしめた。そのまま倒れこんでダリウスの胸に顔を埋め匂いを吸い込み、温かい体温と力強い鼓動を感じているうちに眠気がやってきた。


「おやすみティアレイン」

「ダリウスおやすみなさい」







 そして遂に結婚式当日になった。早朝に起こされ例のスライム風呂に入らされ、ヘロヘロになりながら今はタキシードの着付けをしている。


「男の天珠持ちはオレが初めてだからこそ、ありのままの姿で式に挑みたい」

「分かった。私はティアレインの意見を尊重したい。だからそのままでいい」


 と言う訳で、結婚式はタキシードで行って、披露宴でドレスに着替えようと言う事になったのだ。ちなみに効率を考えて四人同じ部屋で着替えて、お互いの身だしなみを整えたりしている。


「では行こうか」

「うん」

「それでは門を開きます」

「たりうす。てぃあ。りと。いく」


 いつものように杖を操り門を呼び出し、今日は最初から四人で通り抜けた。


「この雰囲気、もしかして夜会の時の屋敷?」

「あぁ。一番の広さがあるから丁度良いだろう」

「うん。それに朝だからかな? 空気が澄んでるし光の粒子もキラキラしてる」

「それはたぶん、天界の中でこの場所が天上界に一番近いからだな」

「そうなんだね」



 大広間に着くとアーチ階段の下に大勢の貴族たちが既に集まっているのが見えた。そしてここが二階部分だった事に今、気がついた。



パチパチパチパチパチパチ!


 ダリウスが差し出した手を握りオレは人々の前に出る。リトリントはシャルを抱っこしてオレたちの一歩後ろに立つ。人々がオレたちに気が付くと、割れんばかりの拍手が起こった。


「本日は私たちの婚儀に列席して頂き感謝する」


パチパチパチパチパチパチ!


「パートナーと共に、良き千年、素晴らしい天界にすると約束しよう」


パチパチパチパチパチパチ!


「ささやかではあるが、食事と音楽を用意した。楽しんでいってくれ」


パチパチパチパチパチパチ!


 アーチ階段の二階部分から、人々に手を振って奥の部屋に戻る。その後は披露宴で五度程お色直しをした。



 少し疲れたのでダリウスに、少し散歩してくると言って大広間から出る。




「ティアレイン。とてもよく似合っていますね」

「あぁ。よく似合っている。タキシード姿も様になっていたぞ」


 休憩の為にベランダで風に当たっていると、後ろから聞き慣れた声が響いて振り返る。


「母さん父さん! 来てくれてありがと! それと短期間だったのに凄く華やかなドレスでビックリしたよ」

「一生に一度の晴れ舞台ですからね。素敵なお衣装を着て欲しかったのです」

「ハユリのヤツ連日、時間さえあればドレスを仕立てていたからな。あと昨日、これ木箱に入れ忘れていた」


 そう言って父さんが、胸のポケットから取り出し渡してきたのは万年筆だ。


「これってオレが欲しがってた」

「そうだ。ワシのお古で悪いんだがな」

「いや。凄い嬉しい! ありがと父さん!」

「喜んで貰えて良かった」


 父さんが書斎で仕事をする時に愛用していた木製の万年筆は、持ち手の部分に天使が彫刻されたとても美しいものだ。長年使い込んで飴色になって光沢が出てるのも気に入っている。幼い頃、父さんに何度もねだったけど、くれる様子は無くて残念に思ったりしたんだったよな。


「では、わたくしたちは、まだご挨拶がありますからいきますね」

「いつでも遊びに来い」

「うん。またね!」


 大勢の貴族たちが集まっているから、母さんたちも忙しそうに再び大広間に戻って行ってしまった。




「ティアレイン。おめでとうございます」

「ティアレイン。おめでとうなの」

「わぁ! 二人共ありがと!」


 両親と入れ違いで、アリスティーナとレミアーデが挨拶に来てくれた。


「ティアレインの殿方のお姿は初めて見ましたけど、タキシードもとても似合ってましたわ」

「とっても素敵だったの」

「凄く緊張したけど、そう言って貰えて嬉しいよ」


 二人と会う時は、いつもドレス姿だったから何だか照れ臭い気もしてしまう。


「それと幸せそうで安心しましたわ」

「レミィも安心したの」

「うん。凄く幸せだよ! アリスティーナとレミアーデも幸せそうだね」

「えぇ。もちろん幸せですわ。わたくしたちも貴方方と同じで心から愛しあってますもの」

「レミィも幸せなの」


 手を繋ぎ微笑み合う二人を見てると、オレまで心が温かくなって嬉しくなる。


「またお茶会しよう」

「えぇ。また今度ゆっくりお話しを聞かせてくださいね」

「レミィも沢山お話ししたいの。あと弟君にもお会いしたいの」

「そうですわね。弟君もぜひご一緒に!」

「シャルにも伝えておくよ」


 手を振って二人と別れた。オレが王に嫁いだ後も変わらず、次に会う約束があるのは何だか永遠の友達だとさえ思える。




 ダリウスの元に戻ると貴族たちに囲まれていた。オレも慌ててダリウスの隣に立ち遠方からの客人や、知り合いの貴族が次々に現れて挨拶を繰り返していたら、昼食どころか夕食すら食べる暇が無いくらいに忙しかった。


「ようやく終わったぁ……」

「まさかこんなに大変だとはな」


 最後の初めて会う貴族たちと挨拶したりされたりが終わる頃には、窓の外はすっかり夜が来て真っ暗になってしまっていた。オレだけじゃなくダリウスまでぐったりしてる。疲れて眠ってしまったシャルは、リトリントと一緒に先に帰っていった。


「カレンさんたちも無事に式、出来たかな?」

「大丈夫だろう」

「そうだね」

「あぁ」


 魔界は遠いけど、この世界は繋がっている。同じ空の下、素敵な結婚式を挙げたに違いない。


「ダリウスと一緒に行きたい所があるんだけどいい?」

「もちろんだ。行こう」


 アーチ階段を降りると、式が終わっても未だに帰らず音楽をお共に、おしゃべりをしながら賑やかにダンスをする貴族たちが思ったより大勢いる。その様子を横目に見ながら大広間を通り抜け中庭に向かう。





「やっぱり咲いてた」


 一本だけの桜。夜なのに仄かに光をまとって花弁が風に踊る姿は幻想的でたまらなく美しい。


 ひらひら舞い落ちる、淡いピンクの花弁を手で受け止める。


「あの夜会から丁度一年か……」

「うん。ダリウスとは、この屋敷から始まった気がする」

「そうだな。全てはここから始まった」


 ダリウスが桜の木を撫でる。オレも隣に立ち桜に触れた。木も力強く鼓動してるのが分かる。


「今日と言う祝いの日にダリウスと、この桜を再び見られたのは奇跡のように思える」



 今日までの様々な事が思い出された。



「これからの千年も、毎年この桜を見にこよう」

「うん」




 桜の下でダリウスを見つめながら、オレの方から指を絡める。




 するとダリウスが眼鏡を外し金の目を細め微笑み、絡めた手をそのままにオレを引き寄せ腰を抱きしめ口づけされた。




 ただそれだけで身体は歓喜して、心は満たされ幸せだと感じる。




 


 この先、色々な困難もあるだろう。悲しい別れもあるだろう。けれどダリウスと最後まで生きていくと覚悟を決めた。






 長い。長すぎる千年の時。






 何があってもダリウスと二人で、この愛で世界を守っていく。




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