二十六羽、満月の秘密。


 死後の世界には太陽も月も無い。昼間は光の粒子が舞い踊り、夜になると光の粒子は空気に溶けるように消えていくだけ。


「満月になったようだな」

「え!? ダリウス髪の毛も目も真っ黒! どうなってるの?」

「不便なんだが満月の夜だけ魔力を失い人間のような姿になってしまうんだ」


 夕食を食べた後、オレの部屋で本を読んでくつろいでいると、ダリウスの白く艶やかな長い髪はサラサラの黒髪に、まるで太陽みたいにキラキラ輝く金色の瞳も黒く染まってしまっていた。


「黒髪のダリウスかっこいい!」

「いつもはどう思っているんだ?」

「普段はどっちかって言うと綺麗で美しいって思ってる。どっちのダリウスも好きだけどね」

「クックックッ! ティアレインに気に入ってもらえたなら、この姿も悪くないな」


 オレが褒めまくると、心から嬉しそうに楽しそうにダリウスが笑う。


「ん? でもさ。満月でもオレはなんともないよ?」

「人間界で月が満ちる夜に、天上王と魔王にだけ現れる現象のようだ。だからあまり知る者はいないだろうな。逆に新月の夜は魔のモノを抑えこまなくてはならないから力が増す」

「そうだったんだ。じゃあ。カレンさんも?」

「あぁ。今から会いに行くから実際に見てみるといい」

「うん!」


 魔界の四人の雰囲気と姿は、先月見た床の映像で大体分かっている。とはいえ実際に会うのは初めてだから、やっぱり楽しみな気持ちが大きい。同時にタマナの事が気にかかって無意識に緊張してしまう。


「大丈夫だ。私がいる。ティアレインを傷つけるようなことはさせない」

「ありがと! でもオレもダリウスに何かあれば守るよ!」

「あぁ。もしもの時は頼む」


 ダリウスは少し驚いた表情を浮かべたけど、すぐに微笑んでオレの頭を撫でた。堕天使討伐を生業にしていたのもあって闇魔力と体術は、それなりだと思っている。だから守られるだけなんて、自分的に許せなかったりする。


「服は、まぁ。このままで良さそうだが。ティアレイン出かける前に髪の毛を結ってくれないか? 支度でリトリントは忙しいようだからな」


 そう言えばリトリントは朝からずっと厨房に篭っている。今日、振る舞う料理を作っているのだろう。シャルも最近は、リトリントから離れなくなってしまった。


「分かった。出来ない事も無いけど下手でも許して欲しい」

「文句は言わない。お前好みに仕上げてくれ」

「うん」


 オレ好みに……。よし。横に流すようにして緩く三つ編みとか似合いそうだ。食事をする時も邪魔にならないと思う。


「恋人に触れらるのは気持ちいいな」

「それ凄く分かる。オレもダリウスに髪の毛触られるのは気持ちいいし、頭を撫でられるのも好きだからさ」

「あぁ。それに落ち着くな」

「うん」


 長い髪の毛をクシでサラサラとかしていってから、三つの束に分け緩く編んでいく。仕上げは生成りの房の付いた紐でくくった。


「どう? キツくない?」


 結わえた髪の毛を触って確認すると、ダリウスは「上出来だ」と言って三つ編みを嬉しそうに撫でる。


「気に入ってくれて良かった」




コン! コン! コン! コン!


「準備が出来ましたので出発しましょうか?」


 ノックと共にドアが開き、リトリントとシャルが顔を覗かせる。


「私たちも準備は出来てる」

「それでは門を開きますね」


 杖を操り呪文を唱える。そしてオレたちが門を通り抜ける。ここまではいつもと変わらない。


 けど今日からはリトリントも、門を通る事が出来るのだ。


 ドキドキしながらオレたちが見守る中。


 リトリントが門の外に恐る恐る一歩、足を踏み出す。


「ほ、本当に通れました!」


 結界のような見えない壁に弾かれる事も無く。屋敷に戻される事も無く。オレたちと一緒に門をくぐり抜けた。


「良かったな」

「良かったね! リトリント!」

「よかた。ね。りと!」

「はい。みなさん、ありがとうございます!」


 涙を滲ませながら笑顔を見せるリトリントに、オレまで嬉しくなってしまう。




 ダリウスの生家と聞いていたので、興味深々に見回す。


 直接室内に門を繋げたから外観は分からないけど、壁は煉瓦で出来ていて、床は木製で長年使われたと分かる光沢があるし、所々に小さな傷が残る食器棚やタンスも同様に味があって落ち着く雰囲気だ。リビングに入ると暖炉があり、既に薪がくべられ炎が赤々と燃えて室内は暖かくなっている。


「ようやくきたわね! リト!」

「アルハ久しぶり」


 無言で魂が抜けたような表情のタマナの腕をガッシッと掴んだまま、アルハさんは満面の笑みで出迎えてくれた。リトリントも嬉しそうに顔をほころばせている。肩に乗ったシャルも尻尾を振る。


「みなさん。ようこそ我が家へ」

「僕に会いに来てくれて嬉しいよ!」


 ダリウスの言った通りカレンさんも黒髪に黒い目、そして特徴的だった角も消えていた。カレンさんに、まとわりつくようにユリスさんもついてきてる。


「懐かしいな。ここで私とカレンは二十歳まで過ごした」

「えぇ。あの時は灰の者として、両親と共に普通に最後の時まで暮らしていくのだと思っていました」

「そうだな……」


 当時を思い出しているのだろう。カレンさんは、暖炉の上に飾ってあった写真立てを手に取って少しさみしそうな表情で見つめている。色褪せセピア色になって見づらいけど”今の姿”のダリウスとカレンさんに、そっくりな男女が写っている。きっと両親なんだろう。


「支度が出来ましたので、ゆっくりお食事なさってください」

「そうですね。冷める前にいただきましょう」

「リトリントたちも共に食事にしよう」

「ありがとうございます」

「さすが王様ね。心が広い!」


 いつもの広すぎる屋敷ではないから、八人もダイニングに入るとかなり狭い。長方形のテーブルを挟んで、四人ずつ向かい合わせに並んで座る。自然と天界側と魔界側に分かれた。そしてオレの事を気遣ってくれたのだろう、タマナとは一番遠い席にしてくれた。


「ユリスが人間界からワインを買ってきてくれたので召し上がってくださいね。ユリス持ってきて皆さんに出して差し上げて」

「了解した! お子様たちには葡萄ジュースを買って来た! 喜ぶがいい!」


 カレンさんが指示すると、相変わらずテンションの高いユリスさんが意外にも丁寧な手つきでグラスに注いでいく。


「今日のメインは主様からの希望で、思い出の煮込みハンバーグにいたしました。あとサラダと焼きたてパンは好きなだけ取って食べてくださいね」


 リトリントが説明すると、カレンさんは嬉しそうに顔をほころばせた。そしてナイフで小さく切ってフォークでパクリと頬張る。


「まぁ! この味、母が作ってくれた煮込みハンバーグと同じですね」

「懐かしいだろう? 先日リトリントと、この家の掃除に来た時に、母上のレシピメモを見つけたんだ」

「そうだったのですね。ふふふ! 本当に懐かしいです。そのレシピわたくしにも頂けないかしら?」

「もちろんそのつもりで、今日持って来た」


 ダリウスの言葉にリトリントが頷き立ち上がり、部屋の隅に置いてあったカバンからノートを取り出してカレンさんに渡す。


「ありがとうございます。早速、帰ったら作ってみたいと思います」


 渡されたレシピノートを抱きしめカレンさんは微笑んだ。


「喜んで貰えて何よりだ」


 二人の様子にほっこり温かい気持ちになりながら、オレも思い出の煮込みハンバーグをパクリと口の中に放り込んだ。隠し味に味噌が入ったデミグラスソースがベースのハンバーグは、よく煮込まれていて口の中でトロトロとろけた。シャルはリトリントの膝の上で、一口ずつ食べさせて貰ってご機嫌だ。


「あたしはケーキを焼いてきたわ」

「もしかしてチーズケーキですか?」

「もちろん!」

「アルハのケーキはどれも、とても美味しいので楽しみです」

「切り分けてあげる」


 見た目は派手だし乱暴なイメージのあるアルハさんは、ケーキ作りが趣味でしかもリトリントが褒める程の腕前らしい。アルハさんがホールケーキを八等分に切り分け皿に乗せると、渋々といった感じでタマナが皿を皆んなに配る。オレを少しチラ見してきたけど、何も言わず皿を渡してくれた。ここまで大人しいと知らない方がいいと言われても、アルハさんに一体どんな扱いをされてるのか気にはなってしまう。


「タマナが、あり得ないくらい大人しくて静かなんだけど? 何があったの?」


 オレがタマナの事を聞いた瞬間、アルハさんはニヤニヤ楽しそうに笑んでるしタマナは気まずそうに視線を逸らした。そしてダリウスがオレの肩をポンッと叩き耳元で「聞かないでやった方がタマナの為だ」と言った。やっぱりどうしても聞いてはいけない内容のようだ。


「それよりもチーズケーキを頂きましょう」

「そ、そうですね」


 カレンさんが話を逸らし、リトリントも同意した。話してくれる気配が全くない。仕方がないので、知られたくない事は誰にでもあると納得する事にして、ケーキをフォークで掬ってパクリと食べる。滑らかな舌触りで思ったよりふわふわで下の部分がサクサクしている。


「すっごく美味しい!」

「美味いな」

「美味しいですね」

「うみゃい! うみゃい!!」

「ワインにも合う」

「やっぱりアルハのケーキは最高ですね」

「口に合って良かったわ! もう! タマナも何か言いなさいよ」

「……美味い……です」


 個人的には最後までタマナの事が気になって引っかかったけど、和やかに食事会は終わった。


「それでお兄様の方は準備は終わったのですか?」

「あぁ。私の方は終わってる。あとリトリントの式もやってしまおうと思う」

「ふふふ。わたくしたちも終わっていますので、そうですね……。三日後に式を挙げてしまいましょう。こちらもアルハの式も合同でと考えていましたから丁度いいと思います」

「分かった。ではそのように天界全体に通達する」

「はい。わたくしも魔界全体にお知らせしておきますね」


 アッと言う間に結婚式の日取りが決まった。と言うかリトリントも? って事はシャルとだよね?


「シャルとリトリントも結婚するの? 早くない?」

「あぁ。既にこの二人は仮契約を交わしてる。問題はない」

「え!? いつの間に!!」


 オレの驚く声が部屋中に響いた。


「てぃあ。ぴくり。した? こめん。ね」

「ビックリしたけど、シャルが選んだんだし反対なんてしないよ! おめでとシャル」

「うれし。ありかと。てぃあ」

「幸せになるんだよ」

「りと。と。いしょ。しあわせ。なる」


 リトリントの膝の上で嬉しそうに体を揺らし足をパタパタさせながら喜ぶ、シャルの左手の小指の付け根には真新しい赤い噛み跡が見えた。やっぱり少しさみしいけど、優しく誠実そうなリトリントならシャルを大切にしてくれるだろう。


「天界と魔界、別々の場所で式を挙げるとは言えお兄様と同じ日にしたい。そんなわたくしの我儘を聞いて頂けて嬉しいです」

「これくらいの事は我儘のうちには入らない。良い式にしよう」

「ありがとうございます。千年に一度ですから心に残るものにしましょう」

「あぁ。では三日後に」

「はい」

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