二十五羽、(番外編)シャルの小さな恋心。


 『おれ』の意識は、最初ふわふわとしていて、とても頼りないものだった。


 ただ魂の底から、大切な人を探し求めてる事だけは分かる。


 だから毎日、ひたすら歩き回った。


 時々、怖い顔の目を光らせた何か(野良猫)に追いかけられたり、耳とか尻尾の毛を黒いヤツラ(カラス)に毟られたりするのだけは、たまらなく嫌で逃げ回ったりもした。


「カァ! カァ! カァ!」


 今日も黒いヤツラに追い回された挙句、身体中を突き回されてる。


「こら! あっち行け!!」


 いつものように、うずくまって嫌な事が終わるのを待っていたら”誰か”が黒いヤツラを追い払ってくれた。


「おい! 大丈夫か?」


 声をかけられてる。でも突き回された身体は上手く動かない。


 けれどその”誰か”が『おれ』に触れた瞬間、探していたのは、間違いなく”この人”だと直感した。



 ようやく会えた!



 全身が歓喜して魂が震えた。


 なのに何故だか、この体はどんどん力を無くしていく。せっかく会えたのに『おれ』は消えていってしまう。


 悲しみに涙がポロポロ頬を滑り落ちていく。


 もう目を開ける事も、立ち上がる事も出来ない……。


 消えるのを待つばかりだと思っていた、その時。



 “その人”は、また『おれ』の前に現れた。


「これが食べるって事なんだよ」


 しかも温かい膝の上に『おれ』を乗せて、食べると言う事を教えてくれた。初めて食べたパンとおにぎりは、本当に美味しくて力が溢れてくる凄いものだった。


 更に『おれ』が消えないように、契約まで交わし『弟』にしてくれて『シャル』って名前までつけてくれた。


 ティアレインは、おれの兄になった。



 ティアレインの両親も、ダリウスもリトリントも皆んな優しくて大好きだ。



 ただリトリントと出会った瞬間だけは今までと違う何かを感じて、身体が熱くなってドクドク心臓が暴れだしたんだ。そしてリトリントも『おれ』から目を離さず見つめていた。


「主様とティアレイン様がお勤めする間、ボクと過ごしませんか?」


 午前の柔らかな光の粒子が舞う中、中庭で蝶々を追いかけて遊んでいた『おれ』にリトリントが声をかけてきた。


「がぅ!」


 もちろん断る理由なんか無いし嬉しくて、すぐに「一緒にいたい」気持ちを込めて返事をした。この時の『おれ』は、まだしゃべれなかったけどリトリントは分かってくれた。それからはティアレインがいない時は、いつも一緒に過ごすようになった。


 ティアレインが襲われた時は凄く怖かった。もっと『おれ』が強かったら守れたかもしれないって思うと、早く大人になって大きく強くなりたい気持ちになった。獣人族は魔力も力も強いから、誰よりも強くなるってダリウスが教えてくれたからだ。





「シャル様。このような所で寝ていると風邪を引いてしまいますよ」


 木漏れ日の中、芝生の上で丸まって寝ていると、籠を持ったリトリントが心配そうに声をかけてきた。


「たいしょぷ」


 とは言ったけど、リトリントが隣に座って自分の膝をポンポンと叩くのを見ると甘えたくなってしまう。


「先日の残りのクッキーと、ミルクを持って来ました」


 籠からクッキーの包みと、ポットとマグカップを出してみせる。


「りと。も。いしょ。たぺる」

「ありがとうございます。シャル様は優しいですね」


 リトリントの膝の上にピョンと飛び乗って、マグカップを両手でつかんでミルクを飲んで、可愛い動物の形をした美味しいクッキーを二人で食べる。


「りと。やさし。おれ。りと。すき」

「ボクも、シャル様が大好きです」


 ティアレインの事も大切で好きだけど、リトリントに感じるのはもっと強い大好き。


「りと。と。てぃあ。ちかう。すき」


 思った事が中々、上手く伝えられないもどかしさ。


「ボクもシャル様を愛してます」


 けれどしっかりリトリントには伝わって、おれはフワリと優しく抱きしめられた。リトリントからはお日さまのような良い匂いがする。その香りを嗅ぐと幸せな気持ちになって安心出来る。


「りと。あい。してる」


 リトリントに身体全体をこすりつけると、頭、背中、翼を優しく撫でてくれる。凄く気持ちいい。


「ぴゃん!?」


 最後に尻尾をスルリと撫でられた。尻尾は弱いのだ。ゾクゾクしてゾワゾワしてしまって思わず声が出てしまう。


「ごめんね。痛かったかな?」

「ちかう。ちょと。ぴくり。した」


 体はビックリしてしまうけどリトリントになら、どこを触られても嬉しいと思ってしまう。


「さわる。すき」


 おれが更に、ねだると今度は先ほどよりもっと優しい手つきで撫ではじめた。


「ぴゃぅ〜」


 けどやっぱり翼の付け根と尻尾を撫でられると声が我慢出来ない。


「シャル様。愛してるの証を付けてもいいですか?」


 おれの手を握って包み込む。リトリントの手は少し汗ばんでいるし吐息も熱い。


「りと。すき。たから。いよ!」

「ありがとうございます」


 リトリントは嬉しそうに微笑んで、おれの左手の小指を口に含んで、ゆるく歯を牙を立てられたのが分かった。


 けど痛みは全くない。


 小指からジワリと侵食してくる、リトリントの熱を伴う激しく熱い気持ちを強く感じる。


「痛くありませんか?」

「ないよ」


 小指の付け根を見ると赤い歯形がくっきり浮かんでいた。まるで赤い指輪のようだ。



 リトリントからの愛の証。



 ジンジンと小指が火傷しそうな程に熱いけどリトリントから貰った噛み跡なら、それは最高の贈り物だ。


「りと。うれし?」

「はい。こんなにも嬉しくて幸せなのは初めてです」

「おれ。も。うれし!」

「シャル様が大きくなったら、正式に番になってくれますか?」

「りと。と。なる」


 “運命の番”は離れられないと、ティアレインとダリウスは言っていた。今なら意味が分かる。


【おれはリトリントとずっと一緒にいたい。離れるなんて考えられない】


 首にかかってるティアレインがくれた契約の指輪は今でも大切な宝物。だけどそれ以上に、この小指の噛み跡はおれの一番大切で最高の宝物だ。


【そしてきっとこの熱くて激しい抑えられそうも無い思いと気持ちが”愛してる”って事なんだ】




 目の前で優しく微笑むリトリントは、おれだけの優しくて美しいアルファ。


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