二十四羽、穏やかな一日。


 最近はバタバタし過ぎていたから、何も無い日は逆にどうしたらいいのか分からなくなってしまう。


「シャルと買い物でも行ってきたらどうだ?」


 眩しい光が降り注ぐ中庭の芝生の上でシャルと寝転んでいたら、ダリウスがやって来て隣に座る。


「良いの?」

「あぁ。とりあえずの危険は無いから羽を伸ばしてくるといい」

「ありがと!」

「私はリトリントと婚儀の準備する。何かあれば呼べ」

「分かった」


 伝えたい事だけ言って再び作業に戻って行ってしまった。この世界の婚儀は、準備から式の進行まで全て新郎に任せてしまっていいらしい。だからなのか生涯に一度きりの腕の見せ所なんだと、ダリウスとリトリントは張り切っている。しかも次の満月までに準備を終わらせるつもりらしく、最近は朝のお勤め以外の時間も忙しそうにしてるのだ。


 せっかく外出許可が出たので、ボゥとしているよりも出かけよう。と、立ち上がって服に付いた芝生の葉を払う。


「シャル。今日は二人で遊びに行こう!」

「てぃあ。あそぷ!」


 出発する前に身だしなみを確認する。オレは青いシャツに黒のハーフパンツ。シャルは尻尾があるから、ズボンは窮屈に感じるみたいであまり好まない。なのでいつもワンピースを着ている。ちなみに今日は花の刺繍が可愛い黄色いワンピースだ。


「普段着だけど、まぁ……おかしくは無いから、このまま行っちゃおう!」

「いちゃお!」


 出かけられるのが嬉しいようで、シャルは両手を上下にパタパタさせながらピョンピョン飛び跳ねる。



リィーン! リィーン! リィーン!


 いつものように鈴を鳴らすと、リトリントが走ってやってきた。


「忙しいのにごめんね」

「いえ。大丈夫です。今日はどちらまでお出かけになりますか?」

「魔天回廊まで頼んでいいかな?」

「分かりました。お二人共、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがと! 行って来ます」

「りと。ありかと。いてきます」


 門を呼び出しお辞儀をして送り出してくれるリトリントに、シャルと二人で手を振って門を通り抜けた。




「シャル人間界に行こっか! 美味しいもの買おう!」

「かう。たぺる〜!」


 嬉しそうにシャルは、スキップして全身で喜びはしゃいでからオレの肩に飛び乗る。


「天界とは全く違う景色だから面白いよね」

「おもしろね!」


 肩の上で辺りをキョロキョロ見渡し楽しそうなシャルを見てると、オレまでテンションが上がってくる。


「ん〜んん! んんーんっん!」

「ん。んん!」


 二人で鼻歌を歌い大通りの露店を冷やかしながら、アディルのいる門に向かった。


「お! 久しぶり! 二人共、元気そうじゃん」

「久しぶり! アディルも元気みたいで良かったよ」

「今日は仕事か?」

「いや。遊びにと言うか、シャルに人間界を見せたくてさ」

「そっか! 楽しんで来いよな」

「うん。ありがと!」

「ありかと!」


 アディルの呼び出した門をくぐり抜け、シャルを抱きかかえ翼を広げ人間界を目指す。






「ちょっと行ってみたい所があるんだ。寄り道しても良いかな?」

「いよ!」


 シャルの了解を得て、ゆるく旋回しながら目的地を目指す。次第に見覚えのある場所が見えてきた。


「ここは前世でオレが住んでたアパートなんだ」


 地上に降り立ち、今は表札も無く空室になっている玄関ドアに手で触れる。築年数が分からないくらいの古いボロボロな木造アパート。その木のドアは端が捲れ上がってるし、内部の畳はケバだって台所の床はミシミシ軋んだのを覚えている。確かトイレも今時、珍しい汲み取り式だった筈だ。


「懐かしいなぁ。あまり綺麗じゃないし風呂が無くて近所の銭湯に通ったんだ」


 結婚しても、この部屋で過ごした。妻の沙耶は嫌がるかと思ったら意外にも「レトロな感じがして好きよ」と言って、いつも楽しそうに明るい笑顔を見せてくれた。


 タマナとの一件があってから気持ちの整理をつけたくて、いつかこの場所に来なくてはいけないと思っていたのだ。


「てぃあ。さみし?」

「ダリウスもシャルもリトリントもいるからさみしくないよ。これは祈りなんだ」

「しゃる。も。いのる」

「ありがとシャル」


 今のオレには心から愛してる人がいるし、大切な家族や友人と楽しく暮らすことが出来てる。幸せだと思える。だからこそ沙耶が転生した次の人生が幸福であるように、良き伴侶と巡り会って天寿を全う出来るようにと祈らずにはいられない。



「次はオレのオススメのデザート買いに行こうか!」

「いこ!!」


 アディルにシュークリームを買った事のあるケーキ屋は、実はこの近くだったりする。あの頃はまだ前世の記憶が無かった。それでも懐かしさを感じたのは味は舌が覚えていたのかもしれないと思う。


 周りに人気が無いのを確認してから、路地裏で実体化する。シャルはしゃべることは出来るようになってきたけど、まだ人化も実体化も出来ないので霊体のままオレの肩に乗っている。


 表通りに出てケーキ屋の自動ドアを入ると、顔馴染みの女性が微笑んで出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ〜! あら、久しぶりですね」

「こんにちは。色々と忙しかったからさ」

「そうだったのですね。今日は何になさいますか?」

「いつものシュークリームを十個ずつ三箱に分けて欲しいのと、イチゴショートを四つで」

「少々お待ちくださいね」

「あとお礼が遅くなってしまったけど、アップルパイ凄く美味しかった。ありがとう」

「ふふふ。そう言って頂けると嬉しいです。今日もオマケ入れておきますね。何が入っているか楽しみにしていてください」

「いつもありがとう」


 頼んだ量が多いから時間がかかるけど、シャルは初めて見るものばかりの店内に興味津々で楽しそうにしている。そしてレジ横の籠に並べられたクッキーを指差し「たぺる」と可愛いおねだりされた。


「この動物のクッキーも、イチゴショートと一緒に包んでもらっていいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」


 シャルは目をキラキラさせ、尻尾を千切れんばかりに振って「てぃあ。ありかと!」と大喜びする。


「お待たせ致しました。沢山あるので気をつけてお持ち帰りくださいね」

「ありがと! また来ます」


 ケーキの箱が入った大きな紙袋を受け取って店を出る。


「じゃあ。戻ろうか!」

「もとる」


 路地裏に行き実体化を解いて、翼を広げて天に向かって羽ばたく。





 門に近づくとアディルが杖を振り回して「こっちだ!」と言っているのが聴こえてきた。翼をたたんで降り立つ。


「おかえり。今日は早かったな」

「ただいま。シャルに見せたいものも見せる事が出来たからね。あとコレお土産」

「それは良かったな。え! またこんなに沢山貰ってもいいのか?」

「もちろん! 家族と食べてよ」

「いつもありがとな!」


 今は天界からの給料が、かなり入ってくるから何でも買えるしケーキだって大量に買える。けど前世では月に一度、給料日にケーキを買って食べるのが、なんだか贅沢に思えて嬉しかったんだよな。だからだろうか? この喜びと幸福感を分かち合いたいと思ってしまったのだ。


「じゃあ。またね」

「またな!」


 ケーキ箱を抱えて嬉しそうなアディルと、手を振って別れた。






「次は母さんたちに届けるよ」

「ととける〜!」


 再び翼を広げ実家の屋敷に向かい飛ぶ。久しぶりの天界はやっぱり、うすらぼんやりしてるけど空気は柔らかく気持ちいい。たまに知り合い天使とすれ違って手を振る。


 屋敷の玄関前に、ふわりと降り立ち扉を開ける。


「ただいま帰りました」

「たたいま」


 オレとシャルが声を上げると、スリッパをパタパタさせて母さんが走ってきた。


「まぁ! まぁ! おかえりなさい。ティアレインにシャル久しぶりね」

「久しぶり母さん。今日はお土産持って来たんだ」

「ひさしぷり」


 シャルがしゃべっている事に少し驚いた顔をして「可愛いわね」とシャルの頭を撫でた。オレがケーキ箱を渡すと、母さんは顔をほころばせる。


「ティアレイン。いつもありがとう。今日はゆっくりしていけるのかしら?」

「いや。もう夕方だから帰らなきゃいけないんだ」

「それは残念ね」

「また絶対に遊びに来るよ」

「くるよ」

「待ってるわね」

「うん。父さんとメリアにもよろしくね」

「えぇ。伝えておきます」


 玄関先で少し会話しただけだけど、母さんに会えたのは良かったし心が温かくなった。


 実家を出ると既に夕闇が迫っていた。


「少し遅くなっちゃったなぁ」


 尻ポケットから鈴を取り出し鳴らす。



リィーン! リィーン! リィーン!


 

「ティアレイン様。シャル様。おかえりなさいませ」

「ただいま」

「たたいま」


 リトリントがお辞儀をして出迎えてくれる。その後ろでダリウスも「おかえり」と微笑みを浮かべている。


「楽しめたか?」

「うん! 久しぶりに人間界まで行ってきたよ。それでコレ皆んなで食べようと思って買ってきたんだ」


 ダリウスにケーキ箱を渡す。


「では応接室で食べよう。話も聞きたいからな」

「分かった」


 オレたちが歩きだすと、リトリントがダリウスから箱を受け取り「ボクはお茶の準備をしてして参りますね」とキッチンに向かった。その後ろをピョンピョン跳ねるようにしてシャルもついて行ってしまった。


「シャル、リトリントに凄く懐いてるね」

「まだシャルが幼すぎて番ってはいないようだが、運命の番ならば一緒にいたいと本能が訴えてくるんだろうな」

「そっか」

「さみしいか?」

「もう大丈夫だよ。シャルが幸せなら良いんだ」


 しゃべりながら歩くと応接室にすぐ到着した。玄関から一番近い部屋である応接室には実は初めて入った。細かな刺繍が美しいレースのカーテンは風に揺れ、壁には絵画が飾られて、床は豪華なベルベットの絨毯。座ると体が沈む綿毛のように柔らかいソファ、可愛い木製の猫足の長方形のテーブルが中央にある。なんとなくセレブって感じだ。


「こんな凄い部屋があったんだね」

「あまり来客など無いから本来の使用目的はいまいち分からないが、天界にいる家族を呼んだりするのに使っていたようだ」

「呼べるの!?」

「あぁ。ティアレインの婚儀の後、両親を呼んでやるといい」

「ありがとダリウス!」


 窓の外が真っ暗になると、魔法石が反応して頭上の鈴蘭の形をしたシャンデリアに自動的に光が灯った。ソファに隣同士に座って手を繋ぐ。静かで優しいひととき。


「紅茶とケーキをお持ちしました」


 しばらくするとリトリントがシャルを肩に乗せ、ワゴンを押して部屋に入ってきた。ケーキとシュークリームが乗った皿と、紅茶を注いで並べる。


「リトリントとシャルも座れ」

「はい」

「はい」


 向かい側に二人が座る。けど小柄なシャルはテーブルまで遠い。なのでリトリントがテーブルの上に座らせた。


「では頂こうか」

「うん」

「いただきます」

「いたます」


 まずはイチゴショートケーキを、フォークで掬ってパクリ。生地はふわふわ生クリームはミルク感たっぷりでイチゴの甘酸っぱさと良く合っている。


「ん〜! やっぱりここのケーキは美味しい!」

「これは美味いな」

「本当に美味しいですね。出来ればレシピが知りたい所です」

「うみゃい!!」


 大好評だ。お気に入りのお店を褒められるのは嬉しい。


 次はシュークリームを、大きな口を開けてガブリと頬張る。トロットロのカスタードとミルククリームが合わさって口の中でトロける。


「たまんない〜!」

「止まらなくなるな」

「このトロミが良いですね」

「うまぁ! うみゃい〜!!」


 シャルは身体中、クリームまみれになりながら夢中になって食べる。リトリントがナプキンで丁寧に拭いていく。


「こちらも入っていたのですが、どうしますか?」


 リトリントが立ち上がって、ワゴンから籠を持ってきた。覗き込むと思ったより沢山入っている。


「動物クッキーはシャルので、たぶんそのプリンは店員さんがオマケしてくれたんだと思うよ」

「ではプリンは明日にしましょうか?」

「そうだね。もう夕食の時間だからね」

「シャル様には?」

「渡してもいいと思うよ」


 動物クッキーをシャルに渡す。


「たぺる。いい?」

「はい」


 リボンを解いてパッケージを開ける。猫の形をしたクッキーを一枚だけ取り出し、両手で持って小さな口でカリカリ食べはじめる。まるでリスのように可愛い食べ方だ。


「うまぁ! のこり。あした。たぺる」

「分かりました。預かっておきますね」


 満足してしまったシャルはテーブルの上で丸くなって眠ってしまった。たぶん夕食の時間になっても起きてこない気がする。


「この後、夕食も準備しようと思うのですが、食べられますか?」

「メニューはなんだ?」

「野菜たっぷりクリームシチューとパンです」

「そのくらいならば食べられそうだ」

「オレも食べたい」

「分かりました。すぐお持ちしますね」


 ワゴンに食器を片付けてリトリントは一旦、部屋を出ていった。


「人間界はどうだった?」

「前世の時に住んでたアパートを見に行ってきたよ」

「記憶があると懐かしいだろう」

「うん。色々と思い出しちゃった」


 アパートやケーキ屋の事、それから実家の屋敷に立ち寄った事も話した。途中リトリントが食事を持って来てくれたので、ゆっくり食べながらダリウスは頷いたり笑ったりしながら聞いてくれた。


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