二十三羽、愛は赦し。
眩い光がスゥっと収まると、部屋の中はシンっと静まりかえった。
固まって動かなくなったリトリントとアルハさんの瞳から、ポロポロと雫が溢れ落ちていく。けどその表情は戸惑いながらも喜びを隠せない。
「あたしたちも役目を終えたら死んでいけるのね」
「天に赦されたのでしょうか?」
「そうだと思いたいわ」
「……ですね」
写し出される画像越しにリトリントとアルハさんは手と手で触れ合う。寄り添うように、リトリントの隣にはシャルが、アルハさんの後ろにはタマナがいる。
「どのような”天の知らせ”が降りたのか聞きたいが良いか?」
二人が落ち着いたのを見計らってダリウスがリトリントに問いかけた。
「はい。今までは王とパートナーの為に門を呼び出す事は出来ても、ボクとアルハは門を通り抜ける事が出来なかったのですが、これからはボクたちも外へ自由に行き来出来るようになるそうです」
「じゃあ。皆んなで出掛けたり買い物とかも行けるんだね」
「はい」
「りと。いしょ?」
「はい」
リトリントは心から嬉しそうに微笑む。
「それから世界を支える楔であるボクとアルハも王とパートナーと共に亡くなり、代替わりが行われるそうです」
「と言う事は、千年に一度、王と楔の者の選定があるのだな?」
「はい。ボクたちが亡くなった数日以内には新しく王になる者と楔の者に天の知らせが降りるみたいです」
新しい世界の法則が始まる瞬間に立ち会うなんて思わなかったけど、リトリントとアルハが天に赦されて心からの安らぎが訪れたのなら良かったと思う。
「なるほどな。この八人で世界を護り支え、そして死するのか。悪くないな」
「えぇ。お兄様の言う通りですね。平和で楽しい千年にしていきたいと思います」
「これからは月に一度、魔天回廊で会うのはどうだ?」
「いいですね。極秘にとなりますと……屋敷とまではいきませんが、わたくしたちの生まれ育った家で会うのはどうでしょうか?」
「今は空き家だったな。では懐かしい我が家で満月の夜に会おう」
「えぇ。楽しみにしております。その時にお式の日取りも決めましょう」
「分かった」
さすが王様。迷ったり悩んだりも無く、これからの予定が滞りなく決まった。タマナの事はまだ微妙に引っかかるけど、カレンさんたちに直接会えるのは楽しみだったりする。
「それでは来月の満月に会いましょう」
「あぁ。またな」
手を振るカレンさんとアルハさん、両手を上げて奇妙な踊りをするユリスさんと、床に座り込み溜息をつくタマナに向かって「またね!」と言って別れた。
床の映像が揺らめきながら、次第に元の冷たいだけの石畳に戻っていく。
「色々な意味で濃厚な時間だった気がする」
「だが有意義なひとときだっただろう?」
「うん。それにリトリントとアルハさんが自由になれたのも嬉しいし良かったよ」
「あぁ。私もだ」
二人が道を誤ったのは、さみしさと孤独からの暴走だと知っているから責めたりは誰にも出来ない気がする。
天の意志、以外は……。
「まだ身体がツラいだろう? 私の部屋で食事にしよう」
「うん。ありがと」
鎮まりかえった部屋は、地下なのもあって少し肌寒い。暖かい光の入るダリウスの所で過ごすのも良さそうだ。
「リトリントとシャルも来い。話が聞きたい」
「分かりました。食事もお持ちいたします」
「たり? たりうす? わかた」
二人の事はオレも興味がある。そしてダリウスと上手く発音出来なくて、シャルは困り顔で首をコテンと傾げている。そんなシャルを抱きかかえたままリトリントは「それでは準備をして参りますのでお先に失礼します」と早足で部屋を出ていった。鍵をしっかりかけてからオレたちも地上に戻る事にした。
「図書室によっていい?」
「あぁ。読書をして過ごすのもいいな」
読みかけの本を一冊と同じシリーズの本を三冊借りる事にした。ダリウスは五冊ほどの分厚い本を手に持ち歩き出す。オレに合わせてゆっくりとした歩調で地上に戻った。
「わ! もう昼過ぎになってたんだ!」
「意外と時間が経っていたみたいだな」
屋敷の玄関先まで戻って来ると、踊り場の壁に嵌め込まれた天使の彫刻がされた大時計の針は既に十三時半を指しているのが見えた。
ぐきゅゅるるぅぅ〜……。
昼だと分かった途端に腹が空腹を訴え始めた。
「鳴っちゃった」
「クックックッ! たしかに腹が減ったな。では私の部屋に急ごうか」
楽しそうに笑いながら、オレを本ごと抱き上げ早足で歩き出した。しかも無縁だと思っていたお姫様抱っこをされたものだから、ダリウスの顔が近いし直接触れる温かい体温に少しドキドキしてしまう。
「主様。お疲れさまです。準備は整ってます」
「てぃあ。たりうす。おかえり」
部屋のドアを開けると、リトリントは微笑みながら、シャルは料理の並べられたテーブルの上で尻尾をふわふわ振りながら座って待っていた。
「適当に座ってくれ」
促されオレはダリウスの隣に、リトリントは対面側に座った。シャルはそのままテーブルで楽しそうに身体を揺らしている。
「リトリントの料理はどれも美味しいから楽しみ」
「ありがとうございます。今日は即席で作ったサンドウィッチとスープです。ごゆっくり楽しんでください」
「いただこう」
「いただきます」
「いたます」
サンドウィッチのパンはふわふわで具のツナに混ぜられたタマネギもシャキシャキしてジューシーだし、コーンスープは粒たっぷりでミルク感もあって滑らかで舌触りが良い。即席とは思えないくらいだ。
「ん〜! 美味しい!!」
「美味いな」
「うまぁ!!」
「お口に合って良かったです」
食後には、花の香りのする紅茶とクッキーを出してくれた。
「ではリトリント。シャルとの事を聞いてもいいか? ただの好奇心だから言いたくなければ言わなくてもいい」
紅茶を飲みながらダリウスが話を切り出した。
「そうですね。ではまずアルハとの事からお話したいと思います。ボクとアルハは前世ではバース性などとは無縁の普通の恋人同士だったのです。けれどこの死後の世界で生まれて再会した時にはアルファ同士だったのです。それで以前は喧嘩とは言いましたが、そうでは無くてですね……」
「なるほどな。もしかしてアルハは本能を抑える事が出来なかったのか?」
「……はい。つまりそう言う事です。だからボクに執着して事あるごとに番おうとしてきました。ですがボクは、あまりそういったのは苦手でアルハから逃げてしまったのです」
分かってしまった気がする。衝動を抑えきれなくなって理性を失ったアルハが、リトリントを手に入れようと魔界にまで攻め込んだんだろう。
「今日、見ただけだがアルハのアルファ性はかなり強力なものだ。行き場の無い衝動で狂ってしまったとしてもおかしくないな」
「はい。過去のボクは、その事に気がつく事も出来ず、アルハを孤独にしてしまいました」
「アルファ同士は色々と難しい。仕方ないだろうな」
「けれどシャル様に出会った瞬間、純粋で綺麗な魂にどうしようもなく惹かれてしまいました」
シャルの頭を愛おしそうに撫でるリトリントは幸せいっぱいに見える。
「アルファ同士、オメガ同士の”運命の番”は、奇跡に近い確率だが無い訳じゃないからな」
「そうなの?」
「あぁ。あとは、そうだな。例え同じバース性だとしても、運良く運命の相手に出会ったならば、その衝動に抗うすべはない」
「そっかぁ! ん? でもオレ、シャルの側にずっといたけどアルファだって気がつかなかったよ? あとタマナがオメガだった事も分からなかったし」
不意に気がついてしまった。もしかしてオレってそういった事に、もの凄く鈍感だったりするんだろうか?
「ティアレインの場合は母親に天珠を封印されていたからだろうな」
「そう言えばそうだった!」
ダリウスの屋敷ではオメガの香りを香水で誤魔化す事もしなくていいから、女装を全くしなくなっていたから完全に忘れていた。
「もう一つの原因は、シャルはアルファとしては、まだ未熟だから分かりにくい。そうだろう? リトリント」
「はい。たぶんボクと主様くらいしか気がついていないと思います」
「それとタマナはハッキリ言ってオメガのフェロモンはダダ漏れだった。が、封印状態のティアレインは通常のベータ性の者たちと同じだ。気がつけなかったとしても仕方ないだろう」
「オレが鈍感じゃ無いって分かって良かった……」
ホッと息をついてしまう。
「もしもの時は心の中で、強く私を呼べ。何をおいても駆けつける」
「うん。ありがと」
オメガ性を持っているのに鈍感と言うのは命に関わる。オメガはアルファに襲われるだけじゃなく、珠を奪われると珠の所有者となった者の奴隷にされてしまうらしいのだ。だから貴族出身者であれば誘拐等の危険から身を守る為に、生まれてすぐ珠を封印するのが普通だったりする。
「出会った当初のタマナのあの様子は、襲ってくるアルファたちさえも刀の贄にでもしたんだろうな……」
「でもアルハさんは、どうやってタマナを番にしたんだろう? 記憶が消えて無かったとしたらかなり暴れた気がするんだけど?」
「それは聞かない方がいいだろうな」
視線を彷徨わせながらダリウスは答えてくれた。そしてリトリントが激しく何度も頷いてる。凄く気になるから知りたい気もするけど深く追求しない方がいいのかもしれない。
「そろそろ夜が来るな。休むとしようか」
「うん」
窓の外を見ると、いつの間にか真っ暗になっていた。シャルもテーブルの上で「ぷすぅ〜。ぷすぅ〜」と気持ち良さそうに寝息を立てている。
「ティアレイン今日は私の部屋で寝るか?」
「そうする。シャルはリトリントに任せてもいいかな?」
「はい」
リトリントは立ち上がると、嬉しそうに顔をほころばせながらシャルを起こさないようにソッと抱きしめ、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
椅子から立ち上がると、同じように立ち上がったダリウスがオレに寄り添うように肩を抱き寄せてきた。そして二人でベッドに腰かける。
「シャルと離れても良かったのか?」
「うん。リトリントならシャルを大切にしてくれるって思ったからね!」
「そうだな。リトリントは優しいからな。大丈夫だろう」
大きな手でクシャリと頭を撫でられる。さみしいと思ってしまったのが伝わったみたいだ。椅子を少しずらしダリウスの肩に頭を乗せると、オレを引き寄せ長い髪を手ですいたり撫でたりする。
その気持ち良さと安心感が、ふわふわと心の中に広がって睡魔がやってくる。ゆっくりと瞼が閉じていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます