二十二羽、思い願い届く時。
一定のテンポで揺られる感覚で目が覚める。目を擦ってキョロキョロ辺りを見渡すと、ダリウスにおんぶされて階段を下りてる事に気がついた。
「起きたか?」
「うん」
ダリウスの肩越しに後ろを見ると、リトリントもシャルを抱っこしてついてきているのが分かった。
「おはよダリウス。図書室に向かってるの?」
「おはようティアレイン。いや。図書室の奥に向かってる。今から地獄界と繋げるんだ」
「カレンさんたちに会えるんだね」
通い慣れた図書室を通り過ぎて長い廊下の突き当たりまで行くと、ひときわ大きな両開きの木製扉が現れた。
「この扉は千年に一度しか開ける事はないそうだ」
ギギギギギィィィ……。
この天上界の建物にしては珍しく蝶番軋み、扉も重いようでリトリントも一緒に扉を押し開ける。
「思ったより広い」
「がぅ! がぅ! がぅ!」
「そうだな」
内部の床は石畳で壁も石造りで、洞窟みたいにひんやりして湿った感じがする。そして魔力によるものだろうか? 消えない松明が四隅に焚かれて炎の揺らめきで割と明るい。大体、人間が二十人くらいは余裕で入れそうな空間だ。
「それでは早速、扉を開けます」
リトリントがシャルを抱えたまま杖を呼び出し、いつもと違う長く複雑な呪文を早口で唱える。
コツコツ! コツコツコツコツ!!
床を杖の先で何度も叩くと、円形に青白く光だし、まるで湖面のように揺らめき次第に収まると石畳に向こう側が映し出された。
「繋がりました」
「リトォ〜! 久しぶりだね!」
「久しぶりアルハ」
テレビ電話みたいに相手の顔もくっきり見えるし声も鮮明に聞こえてきた。中央に立つダリウスに瓜二つの黒いローブを着た女性が、カレンさんだとすぐに分かった。頭上のスラリと伸びた二本の銀色の角も美しい。
「お兄様お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あぁ。カレンも元気そうだな」
「そちらのお方が、お兄様のパートナーかしら?」
「あぁ」
ダリウスがオレを床に下ろして、背中をポンと押す。
「初めましてティアレインと申します。よろしくお願いします」
「カレンと申します。こちらこそよろしくお願いします。お兄様の言っていた通り美しい魂を持っているのですね」
「そうだろう! 自慢のパートナーだ。それでお前のパートナーは?」
ダリウスがカレンさんのパートナーの事を口にした途端、いきなり画面に男の顔がドアップで現れた。
「ふふふ! 僕の事かい? ダリウスには会ったことがあるからどうでもいいけど、ティアレインとは初めましてだね! ユリスだ! よろしく!」
「……よろしくお願いします」
なるほど。ダリウスが微妙な顔をする理由が分かってしまった。黒髪短髪で黒い目、顔も悪くない。むしろ美形の部類だと思う。だけど着てる服は真っ赤で至る所に何かヒラヒラが付いていて派手で靴まで真っ赤なのだ。頭上の黒い角には虹色の羽飾りが巻かれている。
「悪い人では無いんです。ユリスはただオカシイだけなんです」
「そんな所が好きな癖に!」
「たしかに、あなたの底抜けな明るさと奇妙さには、わたくしもアルハも救われてますけどね」
「そうだろ! そうだろ!!」
「ですが今は黙ってなさい」
「カレン〜!」
ダリウスを見ると頭を抱えている。何と言うか番ったのだから、この二人は両思いなんだろうけど驚きしかない。
「これからの千年、わたくしたちで死後の世界を守っていきましょう」
まとわりつくユリスさんを後ろに押し退けながら、カレンさんが微笑みながら話をまとめた。
「あぁ。もちろんだ」
「うん。オレも出来る限り頑張るよ。それでさ凄く気になってるんだけど、カレンさんたちの後ろにいる人ってもしかして?」
「やっぱり気がついてしまいましたか」
「まぁね。どう見てもタマナのような気がするんだけど?」
首に頑丈そうな黒い革製の首輪をつけられて、清潔なシャツとジーンズを着て髪の毛も切り揃えられ髭も剃って、身綺麗になっているけど間違い無くタマナだ。しかも大人しく座って暴れたりもしてない。
「カレン。あたしから話をしてもいい?」
「そうね。アルハから直接、説明した方がいいですね」
アルハさんがタマナの腕を掴んで前に出てきた。
「つい先日この子が偶然、屋敷の中庭に迷い込んできたの。それでね。狂ったようにユキオって人の名前を叫び続けるから面白いなって思って連れ帰ったの」
「え!? ダリウスの浄魂で記憶は消えたんじゃないの?」
「あはは! この子ってば相当ユキオが好きだったのね。転生しても浄化されても忘れられない程の愛! とっても素敵じゃない!!」
「いや。タマナはオレを憎んでたんだけど……」
「分かってないわね。愛と憎は表裏一体なのよ。あたしもね。そんな風に強く思われたいの。あたしだけに執着して沢山愛して欲しいの! だから出会ったその日に強引に番にしちゃったのよね!」
くるくる楽しそうにアルハさんは踊りながら衝撃的な事を言った。アルハさんに一体何をされたのか分からないけど、かなり激しい性格だったタマナがオレをチラ見するだけで怒鳴り声を上げる事もしない。タマナのオレに対する激情を知っているダリウスも驚きを隠せないようだし、リトリントにいたっては口をポカンと開けて固まってしまっている。カレンさんだけは知っていたらしくオレたちを見て微笑んでいる。
「番って、どう言う?」
「あたしはアルファで、この子がオメガ。問題は全く無いわ。その内あたしの事を愛してくれるはずよ! そうよねタマナ!!」
「……あぁ」
なんだか凄く強引だけど、アルハさんがタマナの手綱を握っていれば暴走しないように思えた。むしろアルハさんの愛が暴走気味かもだけど……。と言うかタマナがオメガだった事にもびっくりした。
「カレンは二人が番ったのを知っていたのか?」
「もちろんです。アルハはわたくしに隠し事などしませんし、それに嬉しそうに楽しそうに報告してくれましたからね」
「だって! この子に運命を感じたんだもん!」
ダリウスが問うと、カレンさんはケロリと答え、アルハさんは微笑みを浮かべながら”運命”と言いきった。
「運命の番ならば大切にしてやる事だ。あとティアレインにちょっかいをかける暇を与えるな」
「あはは! そんなの当然じゃない。この子を手放す気はないから安心して!」
タマナの首輪を鷲掴みにしながら、アルハさんは幸せそうにしてる。見た目は恋人と言うより飼い主と犬ってイメージだ。
「アルハには本当に大切な人が出来たのですね」
「そうよ! この子となら絶対に幸せになれる自信があるわ!」
それまで黙って見ているだけだったリトリントがつぶやいた。かなり小さな声だったにも関わらずアルハはすぐさま反応した。
「良かったですね。アルハ」
「ありがと! リトはどうなの? 好きな人くらいいないの?」
「……アルハの孤独に気がつく事が出来ず信じきれず愛しきれなかったボクに、そのような資格はありません」
「バカね! 今更気にしてないわよ。あたしたちは長すぎる時を生きていかなきゃならないのよ! 愛する相手くらいいても良いはずよ!」
「許してくれるのですか?」
「お互いさまでしょ! あたしも我儘すぎたって反省してるし!」
「ありがとうアルハ」
「それで好きな人はいないの?」
あまり自分を出さないリトリントが問い詰められている状況に、オレたちもドキドキしてしながら見守る。
「ボクはシャル様が好き……です」
「がぅ?」
「転生しても兄君に会いたいと願う純粋な愛情に惹かれました。ティアレイン様の弟君で、ボクもシャル様も同じアルファだとしても気持ちが抑えられそうにありません」
「がぅ〜」
「もしも許される事ならば……」
そこまで言ってからリトリントは腰を下ろし、抱っこしたままだったシャルを床にソッと座らせる。
「番に……なりたいです」
考えてみれば時間さえあればリトリントは、いつもシャルの傍にいた気がした。そしてシャルもリトリントの事が気に入っているのか一緒にいる事が多かった。
「シャル様と万年の時を共に生きていきたいです!!」
魂の底から振り絞るような叫びが室内に響いた。
「り……と! いしょ。いきる」
シャルがペタペタとリトリントの元に歩いて行く。そして座り込んで頭を抱えうずくまってしまったリトリントの頭を小さな両手でまるで癒しを与えるように優しく撫でる。
「シャルがしゃべった!?」
思わず声を上げると、オレを見上げて首をコテンと傾げながら。
「てぃあ。にいちゃ。おれ。しゃぺる」
「かっ! 可愛い!!」
思わず膝をつきシャルを抱きしめてしまう。
「たしかに可愛いな」
「可愛らしいですね」
ダリウスもカレンさんも微笑ましそうにシャルを見つめている。ユリスさんだけが部屋中を駆け回りながら「何言ってるんだ! カレンの方が可愛いに決まってるじゃないか!」と叫んでるけど悲しい事に、カレンさんは無視を決めこんでるようで完全スルーだ。
「あはは! 本当に可愛いね。番になれるといいわね」
「はい。そうなれたら嬉しいです」
アルハさんは祝福するようにリトリントに声をかけた。リトリントは少し頬を赤らめながら、オレに抱っこされたままのシャルの頭を愛おしそうに撫でる。
「てぃあ。りと。すき」
「オレもシャルが好きだよ」
「ボクもシャルの事が好きです」
「ちょっとリト! そこは愛してるくらい言いなさいよ!」
辿々しく舌ったらずにしゃべるシャルに、オレとリトリントがメロメロになってると、アルハさんが怒鳴りだした。
「え!? あっ愛!!」
狼狽えオレとシャルを交互に見るリトリントと目が合う。
うん。そうだね。兄としては凄くさみしいけどオレにはダリウスがいる。だからシャルもオレに縛られたままじゃ駄目なんだよね。
「オレの大切な弟なんだ。幸せにしてやって欲しい」
生まれ変わって新しい人生を歩んでいるんだからと思うようにして、抱きかかえていたシャルを、リトリントの腕の中にソッと乗せた。
「はい。もちろんです」
シャルを優しく抱きしめながら、リトリントの瞳からはポロポロ涙が溢れだした。頬を伝う雫をシャルが小さな赤い舌でペロペロ舐める。
「りと。いたい? な。なかないて?」
「シャル様ありがとうございます。怪我ではありません。これは嬉しいのです」
「うれし。りと。すき。なかないて」
「愛してます。シャル様」
「りと。りと。りと」
ほんわりと柔らかな空気に包まれる。なんだかこの二人は初々しくて可愛い。見てる方も幸せな気分になってしまう。
と、その時、眩い光が部屋全体を包み込んだ。
「「天の知らせ!?」」
同時に、リトリントとアルハさんが声を上げる。
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