二十羽、契約。


 ダリウスは普段通りに王の務めをはたし昼食を食べ、今は図書室で読みかけの本を手に取りソファでページをめくっている。オレはと言うと読書どころではなかったりする。


「どうした? 今日はやけにソワソワしてるな」

「いや! 遂に明日だと思うとさ」

「そんなに緊張する事はない。私に全て任せておけばいい」

「う、うん。分かった」


 けどやっぱり緊張が解れる訳も無く、図書室の中をぐるぐる歩き回り、更には中庭まで走って行って再び図書室に戻ってくるを繰り返す。シャルは遊びだと思ってるみたいで、オレの後ろを楽しそうにスキップしながら跳ね回り尻尾と翼をパタパタさせついて回っている。


 気持ちも身体も、落ち着かないまま一日が終わりを告げた。






コン! コン! コン! コン!


 ノックの音で目が覚めた。昨日はベッドでゴロゴロしている内に、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「リトリントです。湯浴みの準備が整いましたので湯殿に向かいましょう」

「うん」


 目を擦りながら起き上がってベッドから出て普段着のTシャツとジーンズを着る。シャルはいつものワンピースを着てからオレの肩に飛び乗る。ドアを出るとリトリントが待っていた。


「それでは行きましょう。身体の清めを終えましたら、こちらのガウンを羽織ってください」

「シャンプーとか身体を洗う石鹸は?」

「必要ございません。湯に身をゆだねてください」

「うん?」


 よく分からないけど、言われた通りガウンを受け取って、歩き出したリトリントについて歩く。途中から普段と違う建物に向かっている事に気がついた。


「いつもの地下大浴場じゃないんだね」

「はい。儀式に使うお部屋は、主様がお勤めをする塔の中にあります」

「そっか。儀式なんだ。なんだか余計に緊張するんだけど……」

「そんなに緊張なさらなくても、主様は優しいお方です」

「うん。そうだね」


 優しい。と言うより優しすぎるダリウスは、オレに酷いことをするはずはない。分かっているけど緊張するな、と言う方が難しい。


 中庭を抜け白い塔の前にくると、リトリントが塔の壁に手をかざす。アーチ型に入り口が開き、奥の方に上に登る階段が現れた。


「どうぞ。お入りください。ボクはシャル様と一緒に中庭でお待ちしております」

「分かった。ありがとう。シャルをよろしくね」

「はい。お任せください」

「がぅ!!」


 シャルも、いつもと違う雰囲気を感じとっているようで、心配そうにしながらもオレの肩からリトリントの腕の中に飛び移った。



「よし! 行こう!」


 白い階段は緩やかな螺旋状になっていて、上がっていくにつれて、むせかえるくらいの濃い花の香りが漂いはじめる。


「うわぁ! なんか凄い」


 階段を登りきった所にある湯殿は、まさに天空の露天風呂って感じだ。360度ガラス張りで明るい光が満ちて純白の湯船には薔薇が散りばめられ、天使をかたどった蛇口からは香湯が勢いよく流れ、湯が溢れんばかりに並々に注がれ続けている。


 着ていた服を脱ぎ部屋の隅の籠の中に畳んで置いてから、中央の湯船に足からゆっくり入った。


「ひゃ!?」


 するとまるで生き物のように湯が、トロリとオレの身体に絡みつき這い上がり湯船に引き摺り込んだ。


「ちょっ! 身をゆだねるって! このスライムみたいな湯の事だったの!?」


 心の準備が無いままだったから、焦って思わずもがいてしまう。その間も身体の隅々まで洗われていく。


「た……たしかに……石鹸……は……いらない……けど……」


 はっきり言って疲労が激しい。全自動洗濯機に放り込まれた気分だ。


「お、終わった……のか?」


 しっかりがっつり洗われた後は、なんとスライムのような湯は普通の香湯へと変化した。手で湯を掬ってもサラサラと指の間から滴り落ちていく。


「ハァ〜……」


 溜息と共に、思わず体をだらりとさせてしまう。目を閉じて呼吸を整える。


 十分に湯に浸かってから湯船から出てガウンを羽織り着替えの入った籠を手に持ち、更に上層階へ続く階段を裸足でペタペタと音を立てて上がっていく。気温は一定に保たれて寒くはない。






「ティアレイン待っていた」


 螺旋階段を登りきった所で、ダリウスの声が響いた。


「ダリウスおまたせ」

「なんだか疲れた顔をしてるな」

「うん。身体を清めないといけないのは分かるんだけどさ。まるで洗濯機に放り込まれた気分だった」

「クックックッ。だろうな」

「ダリウスも入った事あるのか?」

「天上界に来て直ぐ放り込まれたな。今は自らの身体を浄化することが出来るから入る事はないが」

「そうなんだ」

「おいで。ティアレイン」


 ダリウスが手をオレに向かって差し伸べる。部屋には毛足が長くふかふかの絨毯が敷かれていて、まるで羽毛布団の上を歩いてるみたいだ。ダリウスの目の前に行き手を掴むと引き寄せ抱きしめられた。


「聞いてくれティアレイン。お前は私の初恋だ。こうして私の所にいてくれるだけで幸せなんだ」

「ありがと! 照れ臭いけど嬉しいよダリウス。それでさ、オレの話も聞いて欲しい。出会った頃はダリウスの事がよく分からなくて、はっきり言って番うなんてあり得ないと思ってた。けど今は違う。何があっても一緒にいたいし支えたいんだ」

「たしかに最初は良いイメージは無かっただろうな。だがそれでも私を選んでくれて嬉しい。本当にありがとう」


 恋なんてするつもりは無かった。ましてや妃になるなんて思いもしなかった。だから間違いなく最初で最後のオレの大切な恋で愛。


「オレの全てをかけた最上級の愛をダリウスに!」

「私の愛するティアレインに最上級の祝福を!」


 オレから両手いっぱい広げてダリウスを抱きしめ返しキスをねだると、額に触れるだけの優しいキスをしてくれる。オレの髪の毛を手ですきながら、ふわりと微笑む。


 そして少しだけ体を離し、ダリウスがオレの胸に手のひらで触れる。


 そして。


「私の内にも天錠と言う珠が存在する。それをティアレインの持つ天珠と混じり合わせ融合させ儀式は終了だ」


 先ほどまでの明るい雰囲気は無くなり、耳元で低く身体の内にまで響くダリウスの声にゾクリと震える。


「どうすれば出来るんだ?」

「番になる。と言えば分かるだろう?」


 首筋にダリウスの吐息がかかり、オレはこれから始まる事の意味を理解する。同時にダリウスがアルファのフェロモンを一気に解放したのが分かった。


「ダリウス、オレと番ってくれ」


 ダリウスが眼鏡を外し傍らに置き、真剣な表情でオレを直に見つめる。


「あと戻りは出来ないぞ?」


 鼓動が煩い。耳鳴りもする。心臓が壊れてしまいそうな程に脈打ち始め、全身から汗が吹き出し熱を孕む。アルファのむせ返るような濃すぎるフェロモンに誘発されて、オレの内の封印が解かれオメガが完全に目覚めたのだ。


 引き寄せられるように、自らダリウスにすりよせる。


「覚悟はもうとっくに出来てる……だから……早く……」


 目を閉じる事無く、しっかりダリウスを見つめながら熱い牙を頸に受け入れる。


 その瞬間、ジクジク焼かれるような痛みと共に、オレの身体が歓喜するのを感じた。



 身体だけじゃない。心も魂も繋がった感覚がして、幸福感に満たされていく。


 


「ダリウスと本当に家族になれた気がする」

「あぁ。家族だ」




 ダリウスは幸せそうに、ふわりと微笑みオレの髪の毛をかきあげ額にキスをしてくれた。


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