十九羽、衝動。 


 光が降り注ぐ廊下を、ダリウスと手を繋いで歩く。シャルは緊張が解けて一気に疲れが出たのか、今はオレの肩の上で眠っている。


「怪我は無いか?」

「うん。荒事には慣れてるから大丈夫だよ」


 闇の触手は浄魂の光で根こそぎ消えたし、痛みも傷も全く無い。


 オレの手を握って離さぬまま「心配した」とダリウスは小さくつぶやいた。その手は少し汗ばみ震えて、いつもより冷たく感じる。


「心配してくれてありがと」


 ダリウスは立ち止まると、オレの腰に手を回し力強く抱きしめてきた。


「利用しておいて言えた立場ではないが、ティアレインお前が無事で本当に良かった」


 吐息がかかるくらいのゼロ距離。


 まるで深い森の中にいると錯覚してしまうようなアルファの強い匂いが鼻の奥まで届く。咄嗟に離れようとしたけど、ダリウスのあまりにも濃厚なフェロモンの香りに頭がグラグラして力が出なくなって抗うことが出来ない。


「ちょっ……手加減……して……」


 身体が焼かれてるかのように熱く火照りだし、心臓が煩いくらい激しくドクンドクンと脈打つ。


 全身から汗が噴き出す。


 キィーンと高音の耳鳴りがして、立っていられなくなって膝がガクンと落ちる。



 息ができない。と思った瞬間、意識が途切れてしまった。





 どのくらい気を失っていたのか分からないけど、額に冷たさを感じて目を覚ますと、心配そうな顔をしたダリウスがオレを覗き込んでいた。


「大丈夫か?」

「うん。ダリウスがベッドに運んでくれたんだね。シャルは大丈夫?」

「あぁ。あとシャルはリトリントと一緒にいるから安心しろ」


 ダリウス自身が水の入った木桶を抱えている。手拭いを冷やしてオレの額に乗せてくれていたみたいだ。


「ありがと!」

「礼など必要無い。これはアルファのフェロモンを抑えきれなかった私の失態だ。本当にすまない。ティアレインが無事だと分かった途端タガが外れてしまった」


 頭を下げて謝る。体が揺れた拍子に手に持った木桶から少し水が飛び散り、ダリウスの膝を濡らした。


「大丈夫だよ。ちょっとビックリしたけどダリウスの事、分かった気がするからさ」

「そうか。そう言ってくれるのか」

「うん。これからはもっと沢山ダリウスを知りたいって思ってる」


 天珠とは関係無く、オレの魂に惹かれたと言ってくれたダリウス。そしていつでもオレの意志を最優先にしてくれるだけじゃなくて、シャルと家族の事まで考えて大切にする優しい人。


「私の事が怖くなってティアレインが逃げてしまわないか不安だった」

「ダリウスがアルファだからって逃げたりしない。オレはそんなに弱くないつもりだし、それにオレとダリウスはパートナーになるんだろ!!」


 驚いたような表情で固まるダリウス。


 そんなダリウスを見つめ可愛いと思うし愛おしく感じた。これが好意とか愛だと言うなら、既に引き返せない程にダリウスの事が好きなんだと思った。じゃ無ければ、心臓がこんなにも騒がしく鳴らないし、心と身体が火照って熱くなったりしない。


「あとこれも言っとく! ダリウスといるのはオレが王のオメガだからじゃない。ましてや運命の番だからでも無い! オレの意志で此処にいるって決めたし選んだんだ!」


 オレはベッドの上に立ち上がって言いたい事を全部吐き出した。


 前世の自分と今のオレは確かに同じ魂かもしれない。前世からの運命からは逃れることは出来ない。けれど今のオレはユキオじゃなくて、新しい人生を生きてるティアレインなんだ。だからなのか女の子として育てられたオレは、ダリウスと番う事に全く抵抗は無いし自然な事だと受け入れられた。それどころかいつの間にか、どうしょうもなくダリウスに惹かれてしまっていた。


「そうか。私は間違えた訳では無いんだな」

「間違ってもいないし失態でもないよ」


 アルファから無意識にフェロモンが溢れ出すのは、相手のオメガを心から愛しているからだと聞いた事があるからだ。タガが外れる程の衝動が間違っている訳がない。


「好きだよダリウス」


 ベッドから飛び降りると、初めてオレの方からダリウスの身体に両腕を回し抱きしめた。


「ティアレイン私も愛してる。私と正式にパートナーに……番になってくれ」

「うん。よろしく」


 引き寄せられるように触れるだけの口づけを交わしベッドの上に倒れこむ。二人分の重みで軋む音と共にふかふかな羽毛布団に沈み込む。


「これ以上は、ティアレインの誕生日の日にしよう」


 直接、触れたくなって白い衣に手をかけた所で、ダリウスにやんわり止められてしまった。


「なぜ?」

「王と番うことは永遠の愛の契約だからだ」

「分かった。でも思ったよりロマンチックなんだね」

「愛が無くては千年の長い時は生きられないからだろうな」

「そっか……。うん。そうかもしれない」


 オレが納得すると、ダリウスは微笑み頭を撫でて抱きよせてくれた。瞬間アルファの香りがして熱にあてられたかのように身体の内が疼いてしまったのは、ダリウスには内緒にしておこうと思う。




「あのさ。こんな時に聞いていいのか分からないんだけど気になってる事があるんだ」

「なんでも話す。言ってみろ」

「天珠を隠す事は重罪だって聞いてたからバレたら処刑されたり、翼をもがれて奴隷に堕とされるって思ってたんだ。でもダリウスは問いつめたりも責めたりもしなかったよね。どうしてオレたち一族を罰しなかったの?」


 今までの歴史では、王のオメガである天珠持ちを隠した者と、その一族は例外なく処刑されてきた。


「ようやく天界でお前を見つけたのに、天珠を隠していたくらいで罰する訳がない。私はお前の魂そのものに一目惚れしていたのだからな」


 一目惚れをしたと言って歴史を変えてしまったダリウス。優しすぎるアルファの王様。


「そっか。ありがと」


 何度も何度もオレに愛情を込めた言葉をくれる。照れ臭いけどやっぱり嬉しくて心が喜びに震えるのを感じる。


「あともう一つだけ、どうしても気になるんだけど」

「言ってみろ」

「こんな事、聞いたら怒られそうなんだけど本当にいい?」

「怒ったりはしないから言ってみろ」

「うん。あのさ。ダリウスはオレの前世も知っているんだよね?」

「あぁ。魂の輝きを失わないお前から目が離せなかったから一日中見てた時もあるな」

「そこまで光っていたかは自分じゃ分からないけど、前世のオレを知っているって事はダリウスって何歳なんだろ? って思ってさ」


 ベッドに一緒に転がっているから、当然お互いの表情が丸見えだ。怒ったりしないかと内心ハラハラしながら見ているとダリウスは目を丸くした後、ベッドが揺れて軋むくらい大きな声で笑いだした。


「なるほど! たしかにティアレインからすれば奇妙な話だな」

「う、うん。だっていくら人間より長生きって言っても不思議だったからさ」

「お前の魂を見つけたのは、私が天の知らせを受けて天上界に来て間もない頃だった。だからそうだな私は今年で九十九歳といった所だな」


 前世のオレは七十七歳で死んだ。そして今のオレの年齢は、あと数日で成人である十五歳だ。人間から天使に生まれ変わる前に魔界もしくは魔天回廊で数年間、転生待ちをしたとして計算はぴったり合う。


「ダリウスって長生きなんだね」

「これからはティアレインも、私と同じ長い刻を生きる」

「そっか! うん。ダリウスと一緒なら楽しいと思う」


 ダリウスと番になったら、家族や友達より長く生きていくだろう。絶対にツラく悲しい別れの時が来る。でもきっとダリウスと二人でいられるなら乗り越えていける気がする。


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