十八羽、愛と憎は紙一重。 


 必要な物を買う為に紙にメモをしながら出かける準備を始めた。


「引っ越したばかりだから沢山あるなぁ」


 引っ越し木箱は昨日、リトリントに手伝ってもらって全部片付ける事が出来た。けど足りない物も意外と多い。下着とかシャルの服とか、あと自室で使う食器類だ。


「シャルも一緒に行こう!」

「がぅがぅ!!」


 ダリウスの屋敷に住むようになってから、殆ど女装をする必要がないのが気楽でいい。などと思いながら、クローゼットを開いて、オレは白いTシャツに水色のハーフパンツ、シャルは生成りのシャツにグレーのパンツを出して着替えた。最後はメモと財布を鞄に入れて肩にかける。


「よし! 準備完了!」

「がぅ!」


 最近、少しだけ飛べるようになったシャルは、自分からオレの肩に乗ってご機嫌に尻尾を振っている。



リィーン! リィーン! リィーン!


「魔天回廊でよろしいですか?」


 尻ポケットから鈴を出して鳴らすと、すぐにリトリントが部屋にやってきた。


「うん。昼までには帰るよ」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「分かった。行ってきます」


 リトリントの呼び出した門を出ると、魔天回廊の見覚えのある裏路地に出た。振り返ると既に門は霧のようにサラサラ消えてしまっていた。






「まずは下着類と、あとなんだったかな?」

「がぅ〜?」


 カサカサ音を立てながらメモを鞄から出し、表通りに向かい歩き出す。衣類を扱う店は5軒ほどあるけど、ここからだと『木漏れ日の洋服店』が近い。


「ん〜! んん〜! んんー!」

「がぅ〜! がぅがぅ! ががぅ〜!」


 久しぶりの買い物と言う事もあって、楽しくなってしまいシャルと二人で上機嫌に鼻歌まで歌っていたのがいけなかったのかもしれない。


 突如、路地脇の木箱の積まれた影から、ボロボロの服を着た人間が飛び出してきた。目に暗い色を宿し髪の毛はボサボサで元の色さえ分からない男は、手に魔力が宿った鈍く光る小刀を持っている。


「ようやく見つけたぞ! 地獄の底から会いに来てやったぜぇ! 裏切り者のユキオ!!」


 オレの前世での名前を知っている”この男”が、ダリウスたちが言っていた脱走者だと瞬時に理解して緊張が走る。素早くシャルを後ろに隠す。


「お前は誰だ?」

「タマナと言えば分かんだろ」

「まさか!?」


 名前を聞いて、バイト先でオレの面倒を見てくれた先輩で友人でもあったタマナだとすぐに分かった。が、その優しかった人が狂気を孕んだ眼で、こちらをニタニタしながら見ている。


「ヒッヒッヒッ! よくも俺の可愛い沙耶を奪ってくれたなぁ」

「そんなつもりはなかったし先輩と沙耶が、兄妹だったなんて知らなかったんだ」


 いや。先輩の妹の沙耶だけは知っていたんだろう。


 オレが、親友に紹介したいと沙耶に相談すると「結婚する日まで周りの人には内緒!」と、いたずらっ子のように微笑んでいたのだから。


「知らない訳ねぇだろうが!」

「本当に知らなかったんだ」


 初めて二人が兄妹だと知ったのは、結婚式当日だった。


 沙耶はウェディングドレス姿で「兄さんとユキオを驚かせる為に黙っていたの!」と、楽しそうに嬉しそうにしていたのを覚えている。実際オレもタマナも、顔を見合わせビックリした。


「テメェの言う事なんか信じねーよ! 俺はなぁ、沙耶の言葉しか信じない」

「先輩はオレの事を親友だと言ってくれた。沙耶との事も祝福してくれた。それはオレを信じてくれてたからじゃなかったの?」

「沙耶だけいてくれたらいい」


 徐々に会話にならなくなってきてる気がするし、先輩……タマナの持つ小刀が先ほどよりドス黒い魔力を纏いはじめている。オレは全身に魔力を巡らせ翼を出す。そして風切り羽を一本抜き取り、手に握り警戒を強める。シャルも異変を感じ全身の毛を逆立てはじめた。


「ヒッヒッヒッ! その姿、お天使様ですかぁ! 裏切り者には似合わねーなぁ! 俺が真っ赤に染めてやんぜぇ!」


 タマナは闇を纏う小刀を振り上げ襲いかかってくる。


ガキィ!!


 オレは羽を剣に変化させ、小刀をタマナごと薙ぎ払う。荒事には慣れてるので、戦い慣れしてない者の攻撃を受け流すのは容易い。


 はずだった……。


「ヒッヒッヒッ! この刀は防げねーのよ」


 タマナの小刀の切っ先から、うねるようにして闇を纏うドロドロした幾つもの触手が、オレの持つ剣に絡みつきジワリジワリと侵食し始めた。思わず剣から手を離すが遅かった。


「グゥッ!!」


 剣を握っていた手にまで触手が這い上がり、皮膚の中にズキズキとした鋭い痛みを伴い入りこんでくる。


「がぅがぅがぅがぅがぅ!!」


 シャルが、まるで助けを求めるように大声を上げながら、オレの鞄に飛びつくと中を漁り銀色に輝く鈴を手にした。



リィーン! リィーン! リィーン!



 シャルが鈴を鳴らすと数秒で門が現れ開く。



「大丈夫か? ティアレイン」

「うん……なんとか大丈夫……。だけど、ごめん油断した」

「もう少し我慢出来るか?」

「出来る」


 ダリウスはオレとシャルの前に立つ。痛みは強く意識が途切れそうだけど今、気を失う訳にはいかない。これはオレの問題でもあるからだ。


「天の至宝に手を出すは大罪。しかし理由くらいは聞いてやろう」

「なんだぁ! 貴様! 何様だよ! 偉そうにしゃがってぇ!!」

「何も言いたいことは無いようだな」

「貴様も、ユキオ共々真っ赤染めてやんぜぇ!!」


 タマナは再び小刀を振り上げる。しかしバリアに遮られたかのように、ダリウスには刃先すら届かない。


「沙耶が好きだったんだ! 誰にも渡したくなかった! 結婚まで勝手に決めやがってぇ! 沙耶まで俺を裏切りった!! 別れる気は無いだと!? ありえねぇだろうが!! もう一度会いてぇよぉ!! 会わせろやぁ! 俺だけを愛してくれよぉ!!! 愛せぇ!!!」


 支離死滅な叫びを発しながら、無茶苦茶に小刀を振り回しながら、タマナは涙と鼻水ヨダレまで垂らして襲いかかってくる。


「既に闇に飲まれ正気を失いかけてるな。ティアレイン、この者を赦すか? それとも罰するか決めろ」


 目を瞑って考える。タマナは最初、バイト先のただの先輩だった。けど休憩時間に話をするようになって、次第に仲良くなっていき休日には一緒に出かけたりもした。友達だと言ってくれた初めて出来た親友でもある。様々な事を教えて貰ったり、色々な所に遊びにも連れて行ってくれた。本当は面倒見の良い優しい人なんだと思う。


 だから悩むことなんて無い。


 目の前で毒を撒き散らし苦しむタマナを、しっかり目を開けて見る。


「出来る事なら赦したい」

「分かった」


 オレの言葉にダリウスが頷き、六枚羽の杖を呼び出す。


「浄魂!!」

「グァぁぁッ……」


 瞬間、天から強烈な光がタマナに降り注ぎ、辺り一面を照らす。


「少し強引に記憶を消し地獄界に送った」

「ありがとダリウス」

「だが例えティアレインが赦しても、妹を愛するあまり殺してしまった彼を天は赦さない。次の生は間違いなく過酷な運命になるだろう」

「うん」


 身内殺しは大罪。それは消えない罪と言う事なんだろう。


 眩しさが徐々に収まり、光の粒子がまるで雪のように、ふわふわ舞い落ちる。同時に身体の痛みも治まってきた。


「ダリウス帰ろう」

「買い物はいいのか?」

「うん。また今度にするよ」

「そうか。では帰るとしよう」


 ダリウスは、オレの手を取り門をくぐる。



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