十七羽、王の務め。
オレが実家から帰って来た日も、ダリウスの生活サイクルは変わらない。
「私はこれから王の務めを再開するが一緒に来るか?」
「邪魔じゃないなら行ってみたい」
オレを出迎える為に中断した仕事を再開するようだ。今まで行った事の無い場所にも、王の務めにも当然興味がある。
「邪魔などでは無い。お前は私のパートナーなのだからな」
ダリウスはそう言って、オレに手を差し出す。その手を握り返すと、フワリと微笑み歩き始めた。もちろんシャルも肩に乗って一緒に向かう。中庭へ出て突き当たりまで歩き、存在感抜群の白く高い塔の前で立ち止まる。
「初めてだと転移酔いする。手を握ったまま目を瞑っておくといい」
「分かった」
「がぅ」
目を閉じるとダリウスが呪文を唱えた。瞬間、風が舞い上がりエレベーターで浮き上がるような感覚と、飛行機に乗った時になる耳がボワンとなる感じがする。
「もう目を開けて大丈夫だ」
ゆっくり目を開けると、360度ガラス張りになっていて見上げると、天井はそのまま空と同化して光に溶け、見下ろす白い床には古代文字が円形に並び内側に複雑な紋様が幾つも描かれた魔法陣。そしてオレの隣に立つ、ダリウスの背には六対十二枚の純白の翼、頭上には黄金の天使の輪が輝きを放っていた。
「うわぁ! 凄く綺麗だね!」
「がぅ〜!!」
絵になる、とは正にこの事だ。雰囲気もダリウス自身も、この世のものとは思えない美しさだ。
「ここは一番、天に近い。そして魂の浄化を行う場所だ」
ダリウスが手のひらを天に掲げる。すると上部には三対六枚の立体的な翼が広げられ、中央に金色に輝く石が嵌め込まれた、オレの身長よりも長い純白の杖が現れた。
「では始める」
杖の翼の部分で天に円を描くようにクルクル回す。すると床の魔法陣が青い輝きを帯び、辺り一面にポワポワと光の玉が浮かび上がり舞い踊る。
「美しいだろう?」
「うん! 何だか力強さも感じる」
「あぁ。これは死して間もない人々の魂だ」
「浄化するの?」
「いや。私の務めは魂の振り分けだけだ。見ろ」
ダリウスが杖で指し示した魂は、くすんだ様に光が弱く力強さも感じない。
「弱ってる?」
「と言うより穢れている」
「穢れ?」
「あぁ。生きている時に罪を犯した者の魂だ」
闇をまとった弱々しい魂を、ダリウスが杖で突くとシュンと音を立てて消えた。
「殺した?」
「いや。地獄界に送った」
「そっか。じゃあ、もしかして他の元気そうな魂は天界に送るとか?」
「その通りだ。天界で前世の記憶を消し全てを浄化して魔界で休ませる」
「絵本で読んだ通りなんだ」
「まぁな。私も以前は本の中だけの話だと思っていたからな」
オレですらただの絵本だと思っていたくらいだ。ダリウスは天界とも魔界とも縁がない元灰の者だったから、余計に絵空事にしか思えなかったのかもしれない。
「あとさ、一人でやっているなんてビックリした!」
「がぅ! がぅ!」
「それに関しても同意見だな」
話をしながらも、杖を操って仕事を進めていく姿は、絵画とか絵本で見た天使そのもので美しくかっこいい。
リィーン! リィーン! リィーン!
「リトリントの鈴の音だな。戻るとしよう」
「うん」
「がぅ」
昼食は中庭にシートを敷いて食べる事になった。メニューはリトリントお手製のサンドウィッチ。ジューシーなトマトとレタス、分厚いハムに濃厚なチーズまで挟んだ豪華さだ。パクリと頬張る。
「ん〜! パンがふわふわだしレタスもシャキシャキ、それにハムも柔らかくて凄く美味しい!」
「喜んで頂けて嬉しいです」
「あと、これってマヨネーズ味?」
「はい。作ってみました」
「マヨネーズ好きだからテンション上がる」
「良かったです」
褒められたリトリントは、嬉しそうに顔をほころばせた。
シャルを見ると、小さな両手でサンドウィッチを抱きしめるようにして持ち、ガツガツともの凄い勢いで食べている。
「シャルも夢中だね!」
「リトリントの料理は、どれも素晴らしく美味いだろう!」
「うん。本当に美味しい! もう一つ食べてもいい?」
「がぅがぅがぅ!!」
「もちろんだ」
「もちろんです」
ダリウスもリトリントも、何だか誇らしげに見える。
和やかに昼食のひとときを過ごしてから、図書室に三人で向かう。
「両親とは話が出来たか?」
「うん! たまには帰って来いって言われたけど、ダリウスとの事は反対されたりはしなかったよ」
「それは良かった。リトリントに頼めば、いつでも出入りは出来る。一ヶ月に一度は顔を見せて安心させてやるといい」
「そんな頻繁に行っても良いの!?」
「家族は大切にするものだ。違うか?」
ダリウスは振り向いてフワリと微笑む。この人はパートナーの家族まで、気にかけてくれる本当に優しい人なんだと思った。同時に心がトクンッと脈打ち温かくなっていくのを感じた。
「うん。そうだね。ありがとダリウス」
図書室のドアをダリウスが開けると、本の匂いが漂ってくる。室内に入りそれぞれ読みかけの本を手に、定位置になっている中央のソファにオレとダリウスが向かい合わせで座る。シャルは机の上にちょこんと腰を下ろし、耳をピクピクさせながらオレたちの話を聞いている。
「ダリウスに借りてた本、恋愛ものは初めて読んだんだけど凄くドキドキして面白かった。ありがと!」
「それは良かった。実はこの本の作者カレンは私の妹なんだが、何やら好きな人を思って書いたと言っていたな」
「そうなんだ。もしかしてパートナーの事だったり?」
「あぁ。まず間違いないだろうと思う。そしてここからが本題だ」
今までのくつろいだ態度を正すと、ダリウスは真剣な眼差しでオレを見る。緊張が走り思わずゴクリと喉が鳴る。
「私と正式に契約を交わしパートナーになって欲しい」
オレの手を取り、手の甲に触れるだけのキスをする。ダリウスの絶対的アルファのフェロモンが鼻をかすめる。瞬間、鼓動がドクンと大きく跳ねて、身体がボワンと熱くなってしまう。たぶん顔が真っ赤に染まっている気がする。
と、その時。
ドン! ドン! ドン!
普段とは違い乱暴なノックが響いた。
いつもなら靴音さえ立てないリトリントが、コツコツコツと音を響かせ焦りを滲ませ図書室に走って入ってきた。
「主様、緊急事態でございます!」
「どうした?」
リトリントはチラッとオレの方を見て気にする素振りをみせた。そしてリトリントの言いたい事を理解したダリウスは、オレの手を掴んだまま真剣な眼差しで見つめてくる。
「ティアレイン、お前に関係する用件だが聞く覚悟はあるか?」
「自分に関係あるなら聞かせて欲しい」
「リトリント話してくれ」
冷静なリトリントが取り乱すくらいだから、余程の事なんだろう。しかも間違いなくオレにとって悪い知らせだ。けど知らないままでいるのは嫌だから。
「分かりました。一か月ほど前、ある男が地獄界から脱走しました」
「もしかして、その男はオレに関係ある人なんだね?」
「はい。それでその者が魔界まで逃げる事が出来たとしても、おそらく魔天回廊まで上がる事は無理だと思われます。しかし絶対は無いですし安全とは言いきれません」
「じゃ明日は屋敷にいた方が良いかな?」
リトリントが脱走者の身元を言わないのは、オレにとって良くない相手なのだろう。
「いや。買い出しには行ってくれ」
「いいの?」
「あぁ。お前を利用するようで申し訳ないが、脱走者を炙り出したいんだ」
「分かった。利用するとかそんなの気にしてないから大丈夫」
元々のオレの仕事、堕天使討伐と変わらないと思ったからだ。
「だがくれぐれも気をつけろ。もしもの時はリトリントの鈴を鳴らせ」
「うん。ありがと! 無理はしない」
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