十六羽、行ってきます。そしてただいま。 


 深夜、ベッドで気持ち良さそうに眠るシャルを起こさないように、こっそり自室を出る。


コン! コン! コン! コン!


「開いてますよ」

「夜遅くにごめん」

「セイランが夜廻りから戻ってくるまでは、起きているので気にしませんよ。それで何かしら?」


 両親の寝室に入ると、揺り椅子に座り蝋燭の光の下で本を読んでいた母さんが微笑んで迎えてくれた。夜は少し肌寒いので寝巻きの上にガウンを羽織っている。


「オレ明日の朝、戻ろうと思う」

「毎日のようにソワソワと落ち着きがなかったので戻りたいのだと思ってましたよ」

「そんな分かりやすかったかな?」

「えぇ。たぶんセイランも気がついてると思います」

「父さんにまで……」

「ふふふ! ティアレインは昔から隠し事が出来ませんでしたからね。でもだからこそ王様への思いが本物だと、わたくしたちにも分かったのですよ」


 オレを見上げる母さんは、目を潤ませ少しさみしそうな表情を見せる。


「……母さん」

「王様の事が好きなのでしょう?」

「好き……とかは、まだ分からない。でもずっと一緒にいたいって思ったんだ」

「ならその気持ちを大切にしなさい。わたくしにはセイランがいます。だから大丈夫ですよ」

「うん。ありがと母さん」


 母さんは本を揺り椅子に置いて立ち上がり、オレをフワリと抱きしめる。同時に優しい花の香りに包まれた。


「王様をしっかり支えるのですよ」

「うん!」


 父さんが夜廻りから帰ってくるまで、母さんと色々な話をして過ごした。あとやっぱりオレが、たまに屋敷を抜け出して街に遊びに行ったり、人間界にスイーツを食べに行ったりしていた事もバレていた事が分かってしまった。






 そして旅立ちの朝。


 早起きをして、姿見の前で水色のドレスを着る。首元と腰には青いリボンを巻いて結ぶ。メリアが髪の毛を結い上げ同じ青いリボンで仕上げてくれた。


「やっぱりティアレイン様は青がよく似合いますね」

「ありがと! あとシャルにもドレスを着せようと思うんだ」

「それでしたらハユリ様から、シャル様にとドレスを預かってますが着てみますか?」

「新しいドレスあるの?」

「はい。こちらの三着お仕立てしたようですよ」


 引っ越し木箱の上に置いてあった、小さな籠をメリアが持ってきて中に入っていたドレスを取り出し、ベッドの上に並べて見せてくれる。オレとお揃いの水色のドレスと、白いドレスと、黄色いドレス。あと夜会の時着ていたオレンジ色のドレスだ。どのドレスも、しっかり刺繍まで施され豪華な感じに仕上がっている。


「シャルは今日は、どのドレスが着たい?」

「がぅ〜?」


 寝ぼけ眼でベッドに座っていたシャルに聞くと、立ち上がってぬいぐるみを抱いたままポテポテとドレスの前までくる。


「がぅがぅがぅ!」


 少し悩んでから黄色いドレスを、タシタシと手で叩いてオレを見上げた。


「じゃ! 着付けするから膝に乗って」

「がぅ!」


 ぬいぐるみを置いてから、膝の上に飛び乗ってきた。ワンピースドレスなので着替えは簡単に終わる。腰のリボンを緩く巻いて完成した。


「わぁ! すっごく可愛いよ!」

「がぅがぅがぅがぅがぅ!」


 オレが褒めると、シャルは嬉しそうにピョンピョン跳ねて大喜びする。


「それにしても母さん、かなりシャルの事を気に入ってるんだね」

「シャル様はとても可愛いらしいですから!」

「やっぱり誰が見ても可愛いよね」

「はい」


 支度が終わり手早く朝食も食べて、ポシェットを肩にかけ玄関へ向かって歩く。シャルは定位置のオレの肩に座っている。オレたちの後ろにはメリアの指示に従って、メイドたちが引っ越し木箱を抱えてついて来ている。扉を開き外へ出ると、母さんと父さんが既に待っていた。


「ふふふ! 二人共ドレスよく似合ってますよ」

「ありがと母さん!」

「がぅがぅがぅ!」


 オレとシャルの頬を、母さんが優しい手つきで撫でる。


「身体に気をつけて行って来い」

「うん! 父さんたちも元気でね!」

「がぅがぅがぅ!」


 父さんはオレの肩をポンポンと叩いてから、シャルの肩も優しくポンと叩いた。


 一生の別れでは無いと分かっていても、やっぱりさみしく感じる。だから母さんたちから数歩、離れるようにして前を歩く。


 いつもよりゆっくりゆっくり歩いて30分程かけて門に到着する。引っ越し木箱が次々と置かれていく。その様子を見ながらオレは、リトリントから受け取った銀色の鈴を、ポシェットから取り出した。



リィーン! リィーン! リィーン!


 ゆっくり横に降ると、透き通るような美しい鈴の音が響き渡る。


 すると一分も経たないうちに、細かい羽根の装飾が特徴的な門が現れた。


「お迎えにあがりました。ティアレイン様」


 音もたてず門が開きリトリントがお辞儀をして出迎えてくれる。その後ろにはダリウスがいて、指をパチンと鳴らす。途端に門の周辺に置かれていた引っ越し木箱が全部消えた。


「じゃ! 母さん父さん行ってきます」

「がぅがぅがぅ!」

「行ってらっしゃい。次に帰ってくる時までに新しいドレス仕立てておきますね」

「楽しみにしてるね」


 手を振って笑顔で別れる。振り向いたりはしない。母さんが泣いている気がしたから……。





「お帰りなさいませ」


 リトリントは微笑む。


「おかえりティアレイン」


 ダリウスは門が閉まった瞬間、駆け寄ってきてシャルごとオレを抱きしめた。暖かく逞しい腕は安心感をもたらす。


「ただいま」

「がぅん!」


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