十三羽、夜の光は届かない。
リトとアルハの意識は、そこで一旦ブツリッと途絶え、焼け焦げた身体は大気に溶けて人魂へ変化を遂げていく……。
魔界侵略事件から一万年の刻が過ぎた頃。二人が再び目覚めると、世界の全てが変わってしまっていた。
最初に天界よりも更に上空に位置する場所に天上界が出来た。光に満ち溢れ眩しいくらいの世界。その一角の、広大な敷地の中央に建てられた白く美しい屋敷にはリトリント。中庭にある池に写る姿を見ると、真っ黒だった髪の毛と瞳の色はグレーに変わっていた。
「誰かいないのか?」
響くのはリト自ら発する声のみ。誰一人として答える者はいない。
次に魔界の更に深い地下に潜った位置に地獄界が出来た。天井と地上は赤々と燃え煮えたぎり、様々な濃厚な匂いが酔いそうな程に漂っている世界。洞窟を利用した茶色のレンガ造りの屋敷にはアルハ。階段の踊り場にある大きな鏡に映る姿は、黒かった目も髪も燃えるような赤に変わっていた。
「なんで屋敷から出られないの!?」
ドアも窓もピクリとも動かないし開く事も無い。アルハ自らの靴音と吐息しか聞こえない。
「「一人なんだ……」」
二人は王としての役目を全う出来なかったばかりか、世界を破壊したとして天の神の怒りをかい、天界と魔界を完全に別つ為に人柱にされたのだった。
今後、同じ過ちを犯さぬようにと言う戒めに……。
気が狂いそうな程の長い刻が経った頃、世界が変わってから初めての王が現れた。久しぶりに人と会話する事が出来たリトとアルハは喜び幸せすら感じる優しい日々を過ごした。
けれど。
「……お前たちは死んでいってしまうんだな」
王は千年の勤めを果たすと、生涯に一人と決めたパートナーと共に死んでいく。
「あたしたちは、いつまで生きなければならないんだ!?」
唯一、屋敷から出られる外。中庭の片隅に王たちの墓を作った。
そして前王が亡くなった次の日には、再び新王が現れパートナーを連れてきては、千年の勤めを果たし消えていく。
繰り返される千年。永遠の万年。
「死すら許されないのか!」
「もう一人はイヤ!」
泣き叫んでも救いは来ない。助けも来ない。
光は遠く、未だ赦しの神は現れてはくれない……。
——————
「これが世界の始まりの真実で、ぼくとアルハの過去でもあります」
あまりに壮絶な世界の成り立ちに言葉が出てこない。
「ティアレイン様、あなたが気に病む必要はありません。アルハの孤独に気がつくことが出来なかった、ぼくの罪なのです」
「それでもこんなのはっ!」
思わずオレがベンチから立ち上がると、リトリントは人差し指を立て内緒のポーズをする。
「それ以上は言ってはいけません。あなたまで罰を受けてしまいます」
「……なんとか出来ないのか?」
「そのお気持ちだけで充分なのです」
シャルはオレの気持ちと同調してしまったのか、慰めるかのようにリトリントの足元に身体を擦り付けている。
「あのさ。もしかして魔天回廊もその時に出来たの?」
「はい。灰の者が生まれ始めたのも同時だったと思います。あとこれは、ぼくの想像でしかありませんが、まず天界で浄化された魂が魔界へ行き休息して、その後魔天回廊で灰の者として生まれてから次の生を待っているのでは? と考えています」
「確かにそれだと辻褄が合うかも!」
「私もそれが一番、可能性があると思う。なにせ天使にも悪魔にもなれなかった、灰の者の寿命は人間と同じくらいだからな」
「そうなんだ」
普通の一般的な天使と悪魔は大体三百年前後の寿命だ。それに対して灰の者は百年前後だと聞いた事があるから納得がいく。
「今から私は図書室に行くが、ティアレインはどうする? ついてくるか?」
「天上界の本は気になるかも。うん。一緒に行く」
ダリウスは立ち上がり「こっちだ」と顎でしゃくる。オレはシャルを肩に乗せ小走りでついていく。明るく白く長い廊下を端まで行き、地下へ続く階段を降りていく。すると雰囲気がガラッと変わり、床も壁もレンガで出来た通路になっていて一定間隔に扉が並んでいる。魔法石の光で暗くはない。五つ程の扉を通り過ぎた所で立ち止まる。
「かなりの蔵書があるから千年あっても読みきれないだろう」
言いながらダリウスが重そうな木製扉を開けると、古い本の香りがフワリと漂ってきた。壁一面の本棚に加え、整然と等間隔に並んだ本棚に圧倒されてしまう。頭上には廊下にあった灯りよりも明るい光を放つ大きめの魔法石がぶら下がって、所々に梯子が置いてあるのも雰囲気が良い。
「凄いなぁ!」
「私も初めて見た時は驚いた。歴代の王たちが少しずつ集めた本なのだろうな」
図書室の中央まで進んでいくと、大きな木製の机と長い時間、座っても疲れないだろう革張りのソファが置かれている。
ダリウスはソファに座って、机の上に置いてあった深緑の分厚い皮表紙の本を手に取って読みはじめた。
なのでオレはまず図書室の探検をする事にした。室内は本当に広くて普通に、ぐるりと一周するだけでも十分以上の時間がかかってしまうほどだ。うろうろと見て回っていると、シャルが「がぅ!」と、一冊の本を指差す。
「これが見たいのか?」
「がぅ〜ん!」
背表紙に桜の花弁が描かれた焦げ茶色の本を手に取り、ダリウスの座るソファの向かい側に腰を下ろす。シャルは机の上に飛び乗った。本を開くと文字は少なく図鑑なっているんだけど、動物は躍動感に溢れ今にも動き出しそうだし、花にいたっては匂いが香ってきそうな程に緻密に描かれている。
「がぅ! がぅ! がぅ〜ん!」
「あっ! これ桜だねー!」
本の中ほどに描かれている桜を見て、シャルが嬉しそうにピョンピョン跳ねる。夜会の時に見た桜が気にいったのかもしれない。
「がぅ〜?」
「これは犬だよ。シャルにそっくりだね!」
「がぅがぅ!」
室内はペラリペラリとページを捲る音と、シャルが時折興奮して机の上をパタパタ走り回る音だけが響く。
「ご夕食の準備が整いましたので、そろそろ食堂にいらしてください」
結局リトリントが呼びに来るまで、三人で読書をめいっぱい楽しんでしまった。
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