十二羽、昼の闇。


 割り当てられた一か月だけの自室に戻ると、一気に疲れが出てベッドに倒れ込むようにして眠った。シャルもオレの枕元で丸くなる。



 ダリウスと共に暮らしはじめて驚いたのは、天上界の一日が毎日同じ事の繰り返しだと言う事だ。しかも時間までしっかり決められている。


 朝は七時に起きて朝食、九時半からダリウスは天上神殿へ行って王の務めを果たす。十二時に昼食、十四時からダリウスは図書室に篭る。そして十七時には夕食を済ませ、二十二時には就寝といった感じだ。


 とはいえこの屋敷は居心地は悪くない。オレの全てを知っているダリウスの前では、普段通りに過ごせるし何より女装する必要が無い。思ったより気楽で快適だったりする。



 昼食後にシャルと散歩をしていると、中庭のベンチで寛ぐダリウスを見つけた。すぐにオレたちに気がついて手招きをする。


「ここでの生活は慣れたか?」

「まぁ……。もう半月は過ごしたからね」

「エンジェルリングも元に戻ったようだな」

「それはたぶんリトリントの作るご飯が美味しいのと、やっぱり睡眠時間が多いおかげかな?」


 ダリウスの所に来る前は、屋敷を抜け出したり時々仕事をサボってみたりと、けっこう自由気ままに生きてきた。だから最初のうちは二十二時に寝る事が出来なくて困った。けど慣れてしまうのも早かった。早く寝ると次の日、かなり体が楽だったりするからだ。おかげで天使の輪エンジェルリングは直ぐに復活した。


「クックックッ! リトリントは二十二時ぴったりに灯りを消すからな」

「あとは天界と同じくらい夜が真っ暗なのは驚いた」


 オレを見上げ、座れと言うようにベンチをポンポンと叩く。なので遠慮なくダリウスの隣に座る。


「夜は魔の時間だから私の力も弱まる。だが同時に夜の平穏を守る者もいる」

「魔界にいる妹君?」

「そうだ。そして何故、双子でなければならないのか? 何故、灰の者でなければならないのか? と言う疑問の答えでもある」

「もしかして灰の者なら天界と魔界の貴族たちと一切関わりが無いし、双子なら離れていてもお互いに裏切ったりしないって事?」

「正解だ。貴族と関わりが深ければ次第に国は傾く。双子は同量の魔力を授かっている事が多い。光が強すぎても闇が強すぎても駄目だ。同量であれば、お互いの領域を侵すような愚行を起こさないだろうと言う訳だ」


 ダリウスが、背後に静かに立つリトリントに視線を送った。その意味を理解したリトリントが頷き、オレの前まで歩いてきた。


「ぼくは禁忌を破った最初の王なのです」


 リトリントは語りはじめた。王と世界の成り立ちを……。






— 約二万七千年前 —


 まだ天界も魔界も存在しない、ここはただの死後の世界と呼ばれる場所。人間界で死した者たちの魂が、溢れかえるだけで何も存在しないはずだった。


 異変はじわじわと起こりはじめる。前世の記憶を持つ魂が現れたのだ。


「ここは何処なんだ?」

「リト? リトでしょ?」

「もしかしてアルハなのか?」

「そうよ。あたしたち死んだ後も一緒にいるんだよ!」


 前世のアルハとリトは互いに男だったけど、死ぬ瞬間まで愛し合っていたと断言出来る恋人同士だった。リトはなんの特徴も無いごく普通のサラリーマン。アルハは明るい性格で派手好きで可愛いものが大好きな男の子って感じだ。


「……? 死んだ後?」


「えぇ。周りを見て。青白い人魂だらけでしょ? それにあたしたちも人魂なの。だからたぶん此処は死後の世界なのよ」


 真っ暗で人魂だけが漂う、なんともさみしく不気味な空間が広がっているだけの場所。しかも響く音と言えば二人の声のみ。


「……本当に死後の世界なんてあるんだな」

「ビックリだよね。それでね。良い事を思いついたの。耳貸して! って言っても耳無いから、こっち来て」


 アルハが囁いたのは、これからの計画のはじまり。リトはアルハに言われるがまま、まずは意志を持たない魂を集め出した。


「こんなに集めてどうするんだ?」

「小説とか漫画でよくあるじゃない! 天界とか魔界とか?」

「うん。そんな感じなのあるね」

「ソレあたしたちで作ろうって思ったの!」

「えぇ!? 無理だよ」

「無理じゃないよ。見てて!」


 最初は周囲に漂うだけの人魂だったモノたちが、一つ所に集められると次第にボンヤリとした人型に姿が変わっていく。ただし意志を持つモノは今のところ現れない。


「人っぽくはなったみたいだけど、これからどうするんだ?」

「まずは領地を作ってみましょ!」

「どうやって?」

「う〜ん。とりあえずこの辺りからあたしの領地で天界、そっちがリトの領地で魔界でどう?」


 目印は何も無い漠然とした最初の天界と魔界が出来上がった。決めた瞬間、リトとアルハに”天の知らせ”が脳内に直接、響き降りてくる。


「あたしたち王様だって!」

「本当になれるんだ……」


 天界王アルハは歓喜し、魔界王リトリントは戸惑いを隠せないまま、新しい世界が始まりを告げた。そして人魂たちにも変化が起きはじめる。前世の記憶こそ持たないが、自分の意思で動き始めたのだ。


 リトとアルハはお互いに褒めあったり、困った事があれば相談し平和に領地を統治していた。



 ……ように見えていたのは、最初の数十年間だけだった。千年に渡る長い刻を離れて暮らしていくうちに、二人の気持ちにもズレが起きはじめる。


「リトの所には森があって、動物たちも沢山いるのに! なんであたしの領地にはいないの?」


 天界は清浄すぎる空気と光によって、ごく限られた者たちしか生きられないのだ。近代的な街は出来るけど動植物は極端に少ない。統治者であるアルハは、白く美しい大きな屋敷に住んでいる。


「ぼくの領地は森があるだけで街すら無いんだよ? アルハの所の方が色々なモノがあって便利だし良いじゃないか」


 魔界は生命が満ち溢れ、人も動物も森の木々も自由で伸び伸びとしている。街は無くとも所々に集落があり賑やかだ。リトは統治者でありながら屋敷を持たず、集落の者たちと同じような質素だが機能的な木造家屋に住んでいる。


 会えば会うほどにリトとアルハは、心が離れていき喧嘩するようなっていった。


 それぞれの世界の雰囲気と構造が違うのは、死んだ魂が天界で浄化された後、魔界でゆっくり次の生を待つ役割があるからだ。と言うのを忘れて……。



 長すぎる生は、ジワリジワリと人であったモノを狂わせていった。


 先に理性を無くしたのはアルハ。


「あはは! 最初から、あたしだけで支配すれば良かったんだ!」


 アルハは街や屋敷にいた従順な者たちを集め、突如魔界へと進軍を始めた。この頃の天界と魔界に、壁や門のような境目が無かったのも災いした。


「リトリント様、天界軍がすぐそこまで迫ってきてます!」


 朝早くから玄関扉を、蹴破る勢いで部屋に入ってきた見回り兵の声でリトは飛び起きる。


「まさかアルハが?」

「はい! 間違いありません。どうしますか?」

「ぼくが出る。そしてアルハを必ず止める」

「お供いたします」


 リトが外へ出ると、そこには目前にまで迫るアルハが変わり果てた姿を晒していた。まるでヘドロの塊と化して幾つもの触手を伸ばし周囲を叩き壊し薙ぎ払い、更に口からはドス黒い炎を吐き撒き散らし辺りを焼き払っていく。アルハの周りに人の気配は無い。天界軍さえも飲み込んでしまったのだろう。


「みぃ〜つけたぁ……!」


 お互いの目が合う。


「アルハ……なのか?」


 分かっているのに、アルハだと信じたくないリトは思わず確かめてしまう。


「そぅ〜よぉ!」


 アルハは目を爛々と輝かせ、ものすごい勢いでリトの方に這いずり近づいてくる。


「どうして、こんな事をするんだ?」


 粘液を纏ったドロリとした触手のひとつがリトの頬を撫でる。ジュッと音がしてリトの肌を焼く。激しい痛みもある。けれどリトはアルハから目を離さない。


「何があったんだ?」

「わからないの?」

「あぁ。言ってくれなきゃ何も分からない」

「あたしは、りとが、うらやまし、かったの」


 アルハは前世の時も我儘で、リトの手に入れるモノ全て欲しがった。そんなアルハが可愛くて仕方がなかったから欲しいとねだられると、いつでもどこでもどんなモノでも渡していた。


「魔界も欲しくなった?」

「……ほしい。りとも、ほしい。ぜんぶ、ほしいの」


 リトは目を瞑る。


 そして両手を広げて、変わり果ててしまったアルハの身体を抱きしめる。その瞬間、ジュウジュウとリトの身体は焼けて溶けはじめた。


「いいよ。アルハに全部あげる」

「うれしい! りと! ずっと、ずっと、いっしょ!」


 触手がリトの身体に巻きつき覆いつくす。身体を焼かれる痛みと、アルハの孤独に気づけなかった後悔で、リトは声もなく涙を流すしかなかった。


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