十一羽、孤独。

 

 桜舞い散る中庭を抜けて大広間の脇を通り更に奥へと進むと、緑の蔦が這う美しい大扉が見えてきた。男は扉に手をかけ、音もなく開くとオレの手を引っ張って招き入れる。



 扉を開けると、魔法石のシャンデリアで煌々と照らされた白い絨毯敷の広い玄関が現れた。転移したのだろう。アーチを描く左右の階段の真ん中に、見覚えのある従者がお辞儀をしている。


「おかえりなさいませ。主様」

「ただいま。留守中は何も無かったか?」

「はい。問題はございません。そちらは昨日、お見えになった方々ですよね?」

「あぁ。今日から一か月、共に暮らす事になった」

「そうなのですね。ぼくは主様の従者でリトリントと申します。よろしくお願いします」

「わ、私はルディアス家のティアレインと申します。この子は弟のシャルです。一か月の間ですが、よろしくお願いします」

「がぅ!」


 突然の同居にも関わらず、リトリントはにっこりと微笑み手を差しだしてきた。その手を握って握手を交わす。シャルの小さな手も取って握手をする。


「部屋に案内する。ついて来い」


 挨拶を済ませると、男はスタスタと階段を登っていく。


「あのさ。此処に来た後で言うのも何だけど、母さんたちに何も言わず来てしまったんだけど……」


 後をついていきながら、気になっていた事を聞いてみた。


「安心しろ。昨日の内に、この事は両親には伝えてある」


 だから気にする必要などない、と答えがかえってくる。母さんがシャルのドレスを準備していたり、父さんが忙しそうにしていたり、薔薇風呂が用意されていたのは、今日の夜会がオレの婚約発表を兼ねていたからだと分かった。


「もしかして母さんに、中庭に桜の木があるのを教えたのも?」

「私だ」


 最初から、この男の屋敷に連れて来られるのは決まっていたようだ。胸の奥がモヤモヤはするけど、母さんたちが王様に逆らえなかったのも理解出来る。


「この部屋を使ってくれ。屋敷と敷地内であれば自由に過ごしてくれ」


 ドアを開けて中を伺うと、昨日過ごした部屋だった。


「分かった。けど仕事の時はどうすれば良い?」

「この屋敷に滞在する一か月間はしなくていい。それよりも、今はお前に私を知って欲しい」


 初めての長期休暇とでも思えば、楽しいかもしれない。何よりシャルと、ずっと一緒にいられるのは嬉しい。


 それでもまずは。


「あんたの名前を教えてほしい」

「私の名はダリウス・ファレイスター。八百八十八代目の天上王だ」

「ダリウスの家系は、ずっと王なのか?」

「いや、王は世襲では無い。話が長くなりそうだな。私の部屋へ行こう」



 なんとダリウスの部屋は、オレの部屋の真隣だった。とはいえ一つ一つの部屋は広いのでドアとドアの間隔は、けっこう離れている感じはする。


 部屋に入ると、リトリントがテーブルの上にお茶の準備を整えて待っていた。


「適当にくつろいでくれ」


 椅子に座るとリトリントが、ティーカップに紅茶を注ぎ、蜂蜜とクッキーを添えて、オレの前に置いてくれた。香り高い紅茶に蜂蜜を入れて混ぜる。一口飲む。シャルには蜂蜜を乗せたクッキーをあげる。


「美味しい!」

「がぅ〜!」


 鼻にまで抜ける紅茶の香りと、優しい蜂蜜の甘みがたまらない。シャルもクッキーが気に入ったのか、尻尾をパタパタ振りながら夢中で食べている。


「気に入ったようで何より。この紅茶とクッキーはリトリントが作ったんだ」

「凄い!」


 オレが褒めると、少し顔を赤らめながら「趣味なんです」と小さな声が聞こえた。


「王と私の話をしよう……」


 そう言ってオレの向かい側に座ると語りはじめた。ダリウスの強い射抜くような視線から、思わず目を逸らす。


「千年に一度、王の代がわりが行われる。世襲制では国が腐敗するからだと先代は言っていた。天と魔の王は双子。そして穢れの無い清き灰の者でなけれはならない。二十歳になった誕生日の夜に、天の知らせを受けて王となる」

「って事は、もしかして魔王は兄弟?」

「あぁ。妹だ」

「会えなくて、さみしくない?」

「たまに屋敷を抜けだして魔天回廊で会っているから問題はないな」

「……噂は本当だったんだ」

「噂?」

「うん。夜会が無くても、魔王と天上王がこっそり何処かで会ってるって聞いた事あるんだよ」

「なるほど。もう少し気をつけるとしよう。そしてここからが重要だ」


 ティーカップを持ったままのオレの手を、ダグラスの手がふわりと包み込む。


「続きを聞かせてほしい」


 興味が出てきたのもあって掴まれた手はそのままに、姿勢を正してダリウスと今度は視線を合わせる。シャルはクッキーを食べ終えると満足したのか、テーブルの上で丸くなって眠ってしまった。


「王となった者は即位から百年以内に、長い千の時を共に生きると決めた者を、パートナーにしなくてはならない」

「一人では駄目なのか?」

「千年の時を、たった一人で生きるのは無理だからだ。孤独は人を狂わすには十分だからな」

「そう……かもしれない……ね……」


 孤独と言う言葉にドキリとしてしまう。自ら選んで一人でいるのと、望まずに孤独である事は、全く違うからだ。自分の前世で一人でいた時間は決して長いものでは無かったけど、妻が亡くなった後の孤独感は毒のようにジワリジワリとオレの心も体も蝕んでいったのを覚えている。


「パートナーは一心同体。嬉しい事もツライ事も、何があっても一緒だ。そして二人で千年の務めを果たすと代々の墓所へ共に入る。死んだ後も共にいられるようにと言う願いだそうだ」

「思ったより重い話だね」

「それだけ王の役目は重要と言う事なんだろう。そして全て前王から新王に、代々口伝で伝わってきたものだ」


 話が終わる頃には、すっかり紅茶が冷めてしまっていた。真剣に聞いていたからか、喉が乾いて紅茶を一気に飲み干す。最高級の茶葉で入れられた紅茶は冷めても美味しかった。


「さて。今日の所はここまでにしておこう」


 ダリウスが立ち上がり窓の外を指差す。空は白み光の粒子が舞いはじめている。いつの間にか朝になってしまっていた。




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