十羽、動きだす運命。


 門を抜けてから十分くらい馬車に揺られて、ようやく煌々と光が灯る屋敷が見えてきた。しばらくして、屋敷の玄関へと続く大階段の前に馬車が停まる。


「シャル落ちないように、しっかりつかまっててね」

「がぅ!!」


 シャルを肩に乗せ馬車を降りると、屋敷から大音量の音楽が漏れ、人々の賑やかな話し声や笑い声が聞こえてくる。


「ティアレイン、行きますよ」

「はい。母さん」


 母さんたちの後について屋敷に入ると、その広さと豪華さに圧倒される。床には白く艶やかな毛足の長い絨毯が敷かれ、魔法石が天井や廊下の至る所に配置され昼間のように明るい。大広間は、魔法石がふんだんに使われたシャンデリアが幾つも光を放って天井からぶら下がり、壁側に一定間隔に並べられた丸テーブルには様々な料理が所狭しと用意されている。絨毯が敷かれてない中央部分では、音楽家たちが楽器を手に椅子に座り笑い合って楽しそうに演奏している。


「いつもと同じ夜会だと思ってた……」


 思わずキョロキョロ辺りを見回してしまう。シャルに至っては、あまりの煌びやかさに驚いたのか、ポカンと口を開けて固まってしまっている。


「ふふふ。王様主催の夜会は、わたくしも初めてなのですよ」

「そうなのですね。ところで父さんは? 姿が見えないけど」

「セイランは天界上層部の方々の所に、ご挨拶に行ってしまいましたわ。わたくしも、これから友人たちにご挨拶に行きますが、ティアレインはどうしますか?」

「私はシャルと探検してきます」

「お散歩に行くなら中庭に天界に一本だけある”桜”の木があるそうです。たぶん今が見頃じゃないかしら?」

「ありがとうございます。行ってきます」

「楽しんでらっしゃいね」

「はい!」


 まさかここに桜があるなんて驚きしかない。



 母さんと別れ、音楽家たちが演奏している後ろを足早に通り抜け、中庭に辿り着くと薄いピンクの花弁が踊るように舞い上り、目の前には一本の桜の大木が見事に咲き誇っていた。


「わぁ! 綺麗だなぁ」

「がぅ! がぅ! がぅ!」


 オレは満開の桜に、なんだか懐かしさを覚え目が潤み胸が熱くなる。シャルはオレの肩に、舞い落ちる花弁に手を伸ばして楽しそうだ。


「美しいだろう」


 地面の芝生をジャクジャク踏み締める音と共に、背後から声をかけられ振り返る。


「貴方は昨日の……?」

「あぁ。だが全てを話す約束を果たす前に、私と来てくれ」


 そう言うと、オレの手を握って歩き出した。かなり力強く強引に引っ張っていく。せっかく桜を見ていたのに、大広間まで戻って来てしまった。


 もう少し桜、見ていたかったな……。


「あとでまた見にくるといい」


 オレの考えている事が分かりやすかったのか男性は、少し申し訳なさそうに声のトーンが低く小さくなる。けど握った手は離してくれない。中央の大階段を上がりきった所で立ち止って、振り返り大広間を見下ろす。


 そして人々が注目したのを確認する。


「本日は私主催の夜会へようこそ」


パチパチパチパチパチパチ!!


 男性のよく通る声が響き渡った途端に、大広間には割れんばかりの拍手が沸き起こった。


 ん? 今、この男”私主催”って言わなかった?


「まさか……あんたの正体って!?」


 思わず後退るオレを、まるで逃がさないとでも言うように手を握る力が更に強まった。


「今日は私の伴侶となるであろう者を紹介する。セラフィム七家、ルディアス一族のティアレイン嬢だ。今後は私共々よろしく頼む」


パチパチパチパチパチパチ!!


「ハァ!?」


 心の底から変な声が出た。


 いきなり何を言い出すんだ! この男!


 止まない拍手の中、ニコニコと微笑みを絶やさない男性を思いっきり睨みつけてしまう。シャルもオレのマネをして、全身の毛を逆立てて威嚇する。


「今宵の宴は祝いの席でもある。思う存分楽しんでくれ」


パチパチパチパチパチパチ!!


 言いたい事だけ言ってしまうと、オレの方を見て男は、ニヤリ! と笑みを浮かべた。その表情に、あまりにもイラッとしてしまったので、男の手を全力で振り払って走りだす。



 気がつくと、中庭の桜の木まで戻って来ていた。



「説明もなく、婚約を決めたのを怒ったのか?」


 当然、男は直ぐに追いついてきた。


「当たり前だ。オレはあんたの名前すら知らないんだからな!」


 思わず乱暴な口調で返事をしてしまったけど、そんな事を気にする余裕は全くない。


「だが私の正体と目的を知っていたら、夜会には来なかったのではないか?」

「当然だろ! オレはあんたの妃にはなれないし、なるつもりもない!」


 しっかり目を合わせキッパリ断った。


 だけど相手も諦めるつもりは無いようで、再びオレの手を取り握りしめる。


「王のオメガだからと言う理由だけで無理に妃にしようなどと思った訳ではない。私はお前の魂そのものに惹かれたんだ」

「……魂?」

「そうだ。魂だ。昨日も言ったが、前世での過酷な運命に翻弄されながらも闇に堕ちる事なく懸命に生きたお前の魂の輝きに惹かれたのだ」

「……だったら何故ッ!!」


 (”その時”に、救ってくれなかったのか!)


 言っても仕方がない。分かっている。だから続く言葉を飲み込んだ。


 けど男には伝わってしまった。


「たとえ王であっても現世に干渉する事は出来ないからだ」


 男の手は震え、小さく「本当は……出来る事ならば……すぐにでも助けたかった……」と、オレの耳元に懺悔をするかのように囁く。


 目を瞑り考える。


 不意に”神は見ているだけで何もしない”と言う言葉を孤児院にいた時、冷めた表情で口にしている同級生がいたのを思い出した。


 “しない”ではなく、”できない”のか……。


 どちらも結果は同じ。


 けれどもし本当に”助けたかった”と、男が思ってくれていたなら……?


「すぐに答えは出さなくていい。まずは1ヶ月、私の屋敷で暮らしてみてくれ」


 無言になってしまったオレに、男は提案を持ちかけてきた。


「分かった。ただしシャルも一緒に連れて行く」

「それはかまわない。では行こうか」


 男に握りしめられたままの手を引かれ、桜舞い散る中庭を通り越して屋敷の奥へ入っていく。


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