九羽、夜会へ出発。
「夜まで仕事なんだ。だから母さんと遊んでいてね!」
「くぅ……」
オレの一族ルディアス家は天使でありながら死を司っている。当然一族で請け負う仕事は、他家に任せる事が出来ない天使たちの闇の部分。
「なるべく早く帰ってくるからね!」
「きゅ〜ん……」
母さんの手のひらに、ちょこんと座り悲しそうなさみしそうな鳴き声をあげるシャルに、たまらなくなって頭を撫でる。
「行ってくるね」
今度は、振り返る事なく翼を広げ飛び立つ。
一緒にいたいけど、シャルに血生臭い仕事は見せたくない。
朝は天界からの脱走者を捕まえて魔天回廊の司法機関に送り届け、昼からは悪魔たちと合同で堕天使討伐だったんだけど……。
「ティアレイン様、今日は調子が悪いみたいですが、どうかされたんですか?」
「いつもでしたら一撃で堕天使をしとめるのに、何かあったのですか?」
「ぼくらに任せて休んでください!」
仕事の最中も、頭の中はシャルの事ばかり考えてしまっていたせいで、同行していた悪魔たちに心配されてしまった。ちなみに三人の悪魔の髪の毛の色が赤青黄なので、こっそり心の中で信号機トリオと呼んでいる。
「うん。みんなすまない。今日は体調が優れないんだよ」
本当の理由は言えないから誤魔化してみる。
「気にしないでください」
「そうですよ! ゆっくり休んでください」
「今日は任せてください! ぼくたちが仕事を完璧にこなしてみせます!」
信号機トリオは純粋にオレを信じてくれた。そして少し時間はかかったけど、信号機トリオはしっかり仕事をやり遂げた。
「報告も、ぼくらがしておきます」
手を振って元気に門をくぐり魔界へと帰って行くのを見届けてから、オレもアディルに天界門を開けてもらって屋敷に急ぐ。
早くシャルに会いたい。
ただその一心で。
けれど現実は甘くはなかった。
「おかえりなさい。ティアレイン様」
「ただいま」
屋敷に帰ると、メリアが笑顔で出迎えてくれた。
「シャルはどこ?」
「ご安心ください。ハユリ様の所にいらっしゃいます。これから夜会へ行く準備をしますので、まずは湯浴みをなさってください」
早口でシャルの居所を教えながらも、オレの背中を両手でグイグイ押すようにして、いつもより強引に湯殿へと連れてこられてしまう。
「シャルに会いたいんだけど……」
「大丈夫です! 湯浴み後に会えます。楽しみにしていてくださいね」
ニコッと微笑むとメリアは、オレを残し湯殿から出ていった。
「仕方ない。さっさと体を洗ってシャルに会いに行こう」
夜会にある時は、湯船のお湯に強めの薔薇の香り付けがされる。けど今日のはいつもより上等なもののように感じる。体を洗って香湯に浸かると、薔薇の香りが身体に染み込み香水を付けなくても、ほんのり薔薇の香りがすると言う訳だ。ついでにオメガの匂いも消せるから一石二鳥だったりもする。
湯船から出て用意されたガウンを羽織り、シャルがいる母さんの部屋に向かう。夜のひんやりとした廊下が、湯上がりの体に気持ちいい。窓の外を見ると真っ暗になっていた。たぶん着替えたら直ぐ出発時間になるだろう。
コン! コン! コン! コン!
母さんの部屋の扉をノックすると「お入りなさい」とドアを開いてオレを招き入れてくれた。
「シャルは?」
帰宅の挨拶も、そっちのけでシャルの事を聞くオレを叱る事もなく、ただ「すっかりお兄さんね」と母さんは微笑む。
「テーブルの上にいますよ。ハンカチ一枚はよくありませんから、わたくしがお洋服を作ってみましたよ」
部屋の中央にある白く丸いテーブルの上にシャルが座っていた。しかも朝までとは全く違う可愛らしい服を着ている。
「がぅ!」
オレが帰って来たのに気がついて、テーブルの上を駆け回って大喜びする。抱き上げると全身をオレに擦り付け喉を鳴らす。嬉しくてたまらないのが分かった。
「くるるぅ! くるるぅ〜!」
手のひらの上に乗るシャルの紅茶色の髪はツヤツヤだし、三角耳はふわふわでピクピク動いて、首元の赤色のリボンが揺れながら契約の指輪をしっかり隠して、鮮やかなオレンジ色のワンピースドレスを着ている。ドレスの背中は広く開けてあり翼がパタパタ動き、裾からは尻尾もフサフサっと揺れている。
「母さんありがと! シャル凄く可愛いよ!」
「気に入って貰えて良かったです」
「がぅ!」
「それから2人共ただいま!」
「ふふふ! おかえりなさいティアレイン」
「がぅがぅ!」
そして気がついた。
シャルがドレスを着てるって事はもしかして。
「夜会に連れて行っても良いの?」
「もちろんですよ」
「嬉しい! ありがと母さん!」
「がぅがぅがぅ!!」
問題が解決しないままの憂鬱な夜会だけど、シャルが一緒と言うだけで楽しい気持ちになる。
シャルと共に自室に戻る。いつもなら全てメリア任せだけど、今日は自分で着ていくドレスを決めた。
「やっぱりティアレイン様は、ブルーのドレスが良く似合いますね」
「オレはさ、黒に近い髪色だから明るめが良いかなって思ったんだけど、似合うって言って貰えて嬉しいよ」
白く細かい羽の刺繍の入ったドレスに、深い青の幅広リボンを緩く腰に巻く。喉仏が少し出てきたので、腰のリボンと同系色のチョーカーで首を隠す。男だとバレないように、メリアがいつも工夫してくれるのだ。
「では行きましょう」
「うん」
「がぅ」
部屋を出て行くメリアの後を、シャルを抱っこしてついて行く。
メリアが扉を開けると、玄関アプローチには既に二頭立ての馬車が数台並んで出発を待っていた。乗り込むと馬車は、ゆっくりと走り出す。
「がぅ? がぅがぅ!」
外は真っ暗だけど、初めての馬車にシャルは車窓に張りついて、尻尾を千切れんばかりに振って大興奮している。器用に窓枠に両手をついて、オレの肩に両足をついて踏ん張り夢中になっているのが可愛い。
シャル観察をしている間に、馬車は街を抜け山間部に入って行く。今日の夜会は千年に一度の特別なモノなので、天界の王様の大きな屋敷で大規模に開かれるのだ。
王様の近衛兵が守る門をくぐり抜けても、屋敷はまだ見えてこない程に広い。
馬車がなかったら来ようとは思わないかも、などと思ってしまう。
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