八羽、弟。


「こちらに来て、話を聞かせてもらえるかしら?」

「うん。分かった」


 中庭のテーブルに、昨日と同じように座り昨夜から今朝に起きた様々な事を話した。ただ心配かけたくなくて、天珠の事が相手に知られているとは母さんには言えなかった。


 シャルはオレと母さんの話に途中で飽きてしまい、明るく広い庭の芝生の上を転げ回ったり思いっきり走り回ったりしている。


「そうだったのですね。では明日の夜会で、助けてくださった方にお会いしたら、しっかりお礼を申し上げるのですよ」

「もちろんだよ」


 とは言ったものの、女装したオレに気がついてくれるのか? かと言って昨日は男装してました。ってのも苦しい気がする。やっぱり気づかないで欲しいと心から思ってしまう。


 ぐるぐる考えている間も、母さんは楽しそうに話を続ける。


「でも、まさか”契約の指輪”を作ってまで連れてくるとは思いませんでした」

「母さんは指輪の事、知ってたんだね」

「えぇ。絵本で読んだことがあるくらいですけど運命の番の愛の証だなんて素敵だと思いますよ」

「そうなんだ。でもオレの場合は愛とかじゃないし番でもないんだけど」

「あら! そうなの? ではどうして?」


 前世で関わりのある人物かもしれない。なんて言っても信じない気がする。だから咄嗟に。


「何だか放っておけなかった。じゃ駄目かな?」


 なんて言葉で誤魔化してしまった。


「ふふふ! まぁ! まぁ! その気持ちはとても分かります。わたくしも小さく可愛らしい家族が増えて嬉しく思います」


 母さんは少しだけ驚いた顔をした。けれど相談も無くシャルと契約してしまった事については怒ったりはしなかった。それどころかシャルを歓迎してくれている気がして、連れて帰って来て良かったと思う。


「けれど、あまり無理はしないでくださいね」

「うん! ありがと母さん」


 母さんと別れた後も、色々な問題に頭を悩ませ続けているうちに、時間だけが過ぎていき夜の闇が降りてきてしまった。




 夕食は和やかな雰囲気に包まれた。と言うのも、手のひらサイズの弟分シャルは、好奇心旺盛でオレのやる事をマネするのがマイブームになったようで、夕食の時は両手でフォークを抱えてパスタ食べようとした。


 けれど……。


「ピャン!?」


 失敗してパスタのお皿に落ちて、ソースまみれになってしまい目を丸くして驚いている。そんな姿を見た母さんは立ち上がると、シャルをナプキンで拭いてから膝に乗せてパスタを食べさせてやったのだ。



 その後、汚れてしまったシャルと共に湯浴みをして、あとは寝るだけだとベッドの上を枕を抱えてゴロゴロ転がる。シャルもオレをマネするように、ベッドの上を一緒にコロコロ転がる。


 体はクタクタで、魔力も完全じゃないし疲れている。なのに全く眠れる気がしない。


「がぅ〜!」


 でんぐり返りが成功して嬉しいのか、小さな翼をピンと立て尻尾をブンブン振っているシャルは、ちょっぴりドヤ顔している。


「可愛いなぁ」


 頭を撫でると「くるるぅ」と喉を鳴らし、嬉しそうにすり寄ってきた。


 ふわふわで小さく温かな感触に、次第に心が落ち着いていく気がする。






◇◇◇◇◇



 たとえ”今の僕”に前世の記憶が無くても、僕の魂の願いは変わらない。


 ユキオ兄さんを大切にしたいんだ。


「兄さんに降りかかる全ての災厄から、今度こそ守ると決めた」


 夢だと分かって見る夢の中の”弟”は微笑み、そしてオレを抱きしめる。


 次の瞬間、光が溢れ。


 弟の姿が空気に溶け光の粒子に変わって、渦を巻き少しずつ再び形を成して、オレの腕の中で小さな毛玉悪魔へと姿が変わっていく……。



◇◇◇◇◇






 流れ込んでくる激しい熱量と光で目が覚める。いつの間にか寝ていたようだ。オレの目の前にはシャルが「ぷすぅ〜。ぷすぅ〜」と寝息を立てて眠っている。


「そっか。お前はオレの”前世での弟”だったのか……」


 シャルと……。前世の弟と出会った瞬間、オレの前世の記憶さえも蘇らせる程の思い。それは間違いなく、兄だったオレに会いたいと願った弟の熱くて優しい想いのカケラなんだと思う。


「見つけてくれてありがと」


 眠るシャルを抱き寄せ額にキスをする。するとシャルは眠そうに目を擦りながら目を覚まし幸せそうに、ふにゃんと微笑んだ。


(愛おしい魂に祝福を)


 オレには聖魔力は無いけど、祈らずにはいられない気持ちになってしまう。


 外は夜明けを告げるように粒子が舞いはじめ、明るい光がカーテンの隙間から入ってきた。


「おはよシャル」

「がぅ!」

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