七羽、急展開。


 明るい光で目が覚めて起き上がると、自分の部屋ではない事に気がついた。弾力のあるフカフカのベッドの上にはオレ以外に、枕元で丸くなって眠るシャルがいる。その首元にはネックレスがかかって銀の指輪が光って見えた。


 激しい頭痛で一度、目が覚めた時、誰かが側にいたような気がするんだけど……?


 部屋の中を見回すが誰もいない。けれどこの屋敷の主が上流階級だと言うのが分かる。半分だけ閉じられた黄色のカーテンは細かな刺繍が施されているし、床には白い毛足の長い絨毯が敷かれ手入れが行き届いて、テーブルセットや家具には羽の模様が彫り込まれていて美しい。頭上のシャンデリアに至っては、数えきれない程の小さな水晶が揺れて輝きを放っている。


「起きたようだな」


 音もなくドアが開き、入って来たのは初めて見る男性だ。しかも艶やかな長く白い髪はゆるくウェーブかかって絹のようだし、銀縁眼鏡の奥の金色の瞳は暖かな太陽みたいに煌めいて、思わず見入ってしまう。


「どうした? まだ何処か痛むか?」


 いつもなら味気なく感じる、天使の着るズルズルした布を巻いただけの服さえも、この男性が纏うとオシャレに見えてしまうから不思議だ。などと思っていると、オレの座っているベッドに腰掛け顔を覗きこんでくる。


「いや! 痛みは無い……けど……」

「大丈夫そうで良かった。だが何か言いたげだな?」

「あっ! うん……あんたって凄く綺麗だなぁって思って……」


 吸い込まれるような金の瞳から目を離す事が出来ないまま、スルリと言葉が口から出てしまった。


「クックックッ! お前に褒められるのは悪くないな」

「もしかしてオレの事を知ってる……?」


 初対面の男性に、いきなり”お前”と呼ばれてしまった。そこまでは良い。けど、どうにも気になるのは、オレを見つめる目が親しげに感じる事だ。


 もしかして何処かで会った事があるとか?


 う〜ん……。と頭を抱えて悩みはじめたオレの肩を、ポンッと叩き男性は立ち上がる。


「端的に言えばお前の事は前世から知っている。過酷な運命に翻弄されながらも、闇に堕ちる事なく懸命に生きたお前の魂から目が離せなくてな」


 男性の瞳が優しげに微笑む。そしてオレの両手を自らの手で包み込む。


「あとは、そうだな。今現在で言うなら、お前たち一族が隠し通そうとしている事があるのも知っている」


 隠し事、それは間違いなく虹色天珠の事で、同時にオメガだと言う事も知られてしまっていると考えるべきだろう。


 途端に目を逸らしてしまったオレの手を引っ張ると、耳元に口をよせてきた。吐息がかかる程の距離感に、緊張が走り心臓がビクリと跳ねる。


「誰に言うつもりもない。ましてやそれが目的で近づいた訳でもない」

「じゃあ、何が目的?」

「私の事が知りたければ夜会に必ず来い」


 掴んでいた手を離し、ニッとイタズラを企むように笑んだ。


「分かった」

「クックックッ! 楽しみにしてろ。従者に送らせる。ついて来い」


 ベッドから立ち上がり、まだ眠っているシャルを起こさないように慎重に抱き上げ胸元に入れる。名乗りもしない男性の後を追い部屋を出る。部屋の中も高級感が溢れていたけど、真っ白な廊下も艶があり所々に絵画まで飾ってある。一定間隔に配置されたアーチ窓からは光の粒子が入って明るく、外には緑豊かな美しい中庭が見える。


「入れ。従者を待たせてある」


 男性がドアを開くとオレを部屋の中へ、ポンッと手で押す。


「お待ちしてました。天界への門を開けますので、こちらへどうぞ」


 ペコリとお辞儀をしたのは、グレーの髪の毛を短くカットした、グレーの瞳の青年。無表情だけど、ここの主である男性と同じくらい綺麗な顔立ちをしている。アディルと同じような杖を持っているから門番なのかもしれない。


「それでは門を開けます」


 オレが部屋に入ると同時に、青年は杖を操り門を呼び出し開ける。


「では明日の夜会で会おう」


 門をくぐり抜けた瞬間、男性の声に振り返ったが、既に門は消えた後だった。しかも自宅である屋敷の真ん前まで一気に帰って来てしまっていた。



「オレの家まで知ってるのかぁ……」


 思わず溜息が出るけど、男性は”オレの全てを知っている”っぽい。となると、逃げだす選択肢は無さそうだ。


「ッて! 明日の夜会?」


 明日の夜会は一年に一回、セラフィム七家と、ケルビィム十二家、スローンズ八十八家、最上級貴族が全て集まる大切なもの。しかも千年に一度だけ天上界から天使長である王まで降りてくるらしい。とはいえ王様自体は、変装してはプライベートで至る所に現れていると噂が絶えないが……。


 思わず頭を抱えて、しゃがみこんで「うぁ〜」と意味不明な叫び声を上げてしまう。オレの奇声? に驚いたシャルが、胸元からピョンと飛び降りて首をコテンと傾げ見ている。


「今のオレは男の姿、けれど明日の夜会は女装して参加する。オレだって事に、気がつかないんじゃないかな? と言うか気づかないで欲しい」


 立ち上がり腕を組んで、辺りをウロウロ歩き回る。オレの後ろをシャルが、ぴょこぴょこ楽しそうに尻尾を振りながらついてくる。





「屋敷の前を行ったり来たり、ティアレイン様は一体何をなさっているのですか?」

「!?」


 いきなり背後から声をかけられて、オレはビクリと固まった。シャルも驚いたのか、全身の毛を逆立てて、やんのかステップを披露している。


 ゆっくりとした動作で振り返ると、買い出しから帰って来たと分かるメリアが、大きな紙袋を両手で抱えてオレたちを見ていた。


「ビックリしたぁ……」

「それは僕のセリフです。昨夜は、軽食をお持ちして待っていたのですが帰ってきませんでしたし、今日、戻って来たかと思うと屋敷に入らず奇妙な行動をしてるんですから」

「それは……ごめん。すぐに戻るつもりだったんだよ。あとウロウロしてたのは考え事してただけでさ」

「別に怒ってませんよ。無事に帰ってきたのですから良いです。それより考え事とは、その子供の事ですか?」

「うん。それもあるけど、他にもあるんだよ……」


 メリアは、オレの後ろにいるシャルに目をやると「悪魔とは思えないくらい可愛いですね」と微笑む。怒ってない事が分かってホッとする。温厚そうに見えて怒ると、口も聞いてくれなくなるのだ。


「深刻そうですね。ハユリ様にご相談されてはどうですか?」

「やっぱり母さんに相談するしかないよなぁ」

「はい。その方がいいと思います。今の時間なら中庭にいらっしゃいますよ」


 門を開いて屋敷へ向かうメリアの後ろを、オレが頭を抱えながら歩き、その隣でシャルが蝶を追いかけながらピョンピョン跳ね回りついてくる。


「もう一つ気になったのは男が”天界に送る”と言った事。あの光の粒子が舞う屋敷は、どう考えても天界だと思うんだけど……? 天界から天界に送り届けた? 普通は同じ天界なら馬車を使うはずだから意味が分からない」


「ティアレイン。歩きながら考え事などしていると転びますよ?」


 メリアたちと屋敷へ入り廊下を通り抜け、中庭に向かっている間に、無意識にブツブツと言葉が漏れてしまっていたらしい。いつの間にか目の前にいた母さんに注意をされて、ハッとなる。

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