十四羽、それぞれの思い。 


 図書室通いが毎日の日課に加わった。そして時間が許す限りダリウスとリトリントと話をして過ごすを繰り返していたら、瞬く間に日々が過ぎていく。



 今日もシャルを肩に乗せ図書室にいくと、いつもなら先に来ているダリウスが、オレの後からゆっくりとした動作で入ってきた。眼鏡を外し眉間を揉んで溜息までついてしまっている。オレの前では一切隠す事なく、ありのままを見せてくれるので分かりやすい。


「今日のお勤め大変だった?」

「あぁ。人間界で大規模な天災が起きたようでな。魂の選別に時間がかかった」

「なるべく死者が少ないといいね……」

「そう願わずにはいられないな」


 人間界から登ってくる魂の選別は天上王にしか出来ない。良き魂は天界へ、罪深き魂は地獄界へと送るのだ。それをたった一人でこなすのは並大抵のものではないし膨大な聖魔力を使う。パートナーが出来れば分担することになるらしいけど。


「気になっている事があるんだけど聞いて良い?」

「なんだ? なんでも答える」

「シャルとオレが出会ったのは偶然?」

「いや。弟の魂がお前を探して人間界で彷徨っているのを知って私が導いた」

「そうだったんだね」

「他に聞きたい事はあるか?」

「シャルの前世の記憶を取り戻す事って出来ないかな?」

「それ自体は簡単だが、同時に生きているうちにお前に会えなかった悲しみや後悔までも甦らせる事になる」

「ならこのままが良いのかもしれないんだね……」

「あぁ。それがいい。シャルとして生きると決めたからこそ、前世の記憶を捨てたと私は思っているからな」


 オレの肩にちょこんと座って、首を傾げているシャルの頭を撫でる。目を細め頭をぐりぐり擦り付けてくる姿は何だか「その通りだ」と言っているように思えた。


「うん。そうだね」

「がぅ!」






 夜会から丁度、一ヶ月が経った日の朝。屋敷の玄関先で、オレとダリウスは向かい合っていた。


 オレは緊張のあまりゴクリと唾を飲み込む。目の前のダリウスも少し緊張してる気がする。けど眼鏡の奥の金の瞳は、いつも通り太陽のような暖かさをたたえている。


「今日が約束の日だ。何度も言うが天珠を持っているからでも、ましてやオメガだからでもない。お前の魂そのものに惹かれた。私の生涯のパートナーはティアレインだけだと思っている」


 目を瞑りダリウスの言葉を噛みしめるように反芻する。最初は夜会での強引な態度が気に食わなかったし、やっぱり絶対に好きになれないと思っていた。けど一ヶ月の間、共に過ごして分かったのは王としての飾った姿では無く、ダリウスと言う普通の男の日常にオレを招き入れてくれたと言う事。たまに寂しそうな表情をする時がある事。オレにだけじゃなくシャルにも気を遣って、不器用だけどさりげない優しさを持って接してくれてるのも分かったから……。


「断る理由が思いつかないよ。これからもよろしくダリウス」


 答えを出した瞬間、力強くぎゅうぎゅうと抱きしめられ耳元で「ありがとうティアレイン。大切にする」と、身体の中にまでゾワリと響くような低音で囁かれた。アルファの熱に初めてあてられたせいで、恥ずかしいことにオレは腰が砕けてしまった。すかさずダリウスが逞しい腕が体を支えてくれた。


 気持ちが落ち着いてきたので、姿勢を正してダリウスを見上げる。


「家族にダリウスとの事を伝えたいんだけど、少し家に帰ってもいいかな?」

「もちろんだ。ゆっくりしてくるといい」


 ダリウスが額に、フワリと触れるだけのキスをくれる。


「ありがと! 行って来ますダリウス」


 オレたちの様子を静かに見ていたリトリントが「門を開きます」と言って杖を構える。


「いつもありがと! よろしくリトリント」

「おかえりになる時は、この鈴を鳴らして頂ければ門を開けます」


 全体に羽の細工がされた、小さいけど美しい銀色の鈴を渡された。


「分かった。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。ティアレイン様」


 リトリントは、お辞儀をしながら見送ってくれる。その後ろでダリウスが「待っている」と微笑んでいるのが見えた。






 門をくぐると、たった一ヶ月しか経ってないのに懐かしく感じる屋敷のすぐ目の前に出た。


「ただいま!」

「おかえりなさいませ。ティアレイン様」


 玄関扉を勢いよく開けて入ると、掃除中だったメリアがモップを壁に立てかけお辞儀をして出迎えてくれる。一か月ぶりでも態度は変わらないのがメリアらしい。


「母さんたちは?」

「もうすぐ昼食なので食堂にいらっしゃると思いますよ」


 深呼吸をして、生まれ育った家の匂いを胸いっぱいに吸い込むと心が落ち着く気がする。


 廊下を早足で進む。


 シャルもオレの後ろを、スキップしながら楽しそうについてきている。食堂のドアの前でシャルを抱き上げてからノックも無しで入る。


「父さん、母さん、ただいま帰りました!」

「がぅがぅがぅ!」

「おかえり」

「まぁまぁ! おかえりなさいティアレイン! それにシャル!」


 突然帰って来たオレの姿に両親は少し驚いた顔をしてから、父さんは席に座ったまま微笑みを浮かべ、母さんは立ち上がると、オレとシャルを丸ごと抱きしめてくれた。


「三人共座りなさい。料理が冷めてしまう」

「そうね。昼食を食べながらでいいので、お話を聞かせてくださいね」

「はい」


 父さんたちの向かい側に腰掛け、ダリウスの屋敷で過ごした一ヶ月の出来事を話し始めた。次々と運ばれてくる料理に、リトリントのご飯も美味しいけど、やっぱり実家の味って別格なんだよね。と思いながら隣を見るとシャルが、ほんのり塩味のトマトのスープを皿ごと抱えるようにして夢中で食べている。食べ終わったあと、口の周りをトマト色に染めたシャルを見て笑いが起きたりと、和やかな雰囲気で食事が進んでいった。



「それでね。オレはダリウスと生きていこうと思う」



 全てを話し終え決意を口にした。その瞬間、食堂の空気が凍った。両親が息を呑んだのがわかる。鎮まりかえった室内に居心地の悪さを感じて、ジワリと手に汗が滲む。


 しばらくすると父さんが立ち上がって、涙ぐむ母さんにハンカチを渡し肩を抱く。


「あなたが自分の意思で決めたのならば、わたくしは反対しません。けれどもし……」


 間違いなく母さんは、ダリウスの夜会での強引な態度と、天珠の事が気にかかっているのだろうと分かった。天珠を持つ者は王の番。パートナーになるべく生まれた者だ。本当なら拒否権すら無いはずなのに、天珠を隠していた事にも怒ったりもしなかった。それどころかダリウスはオレの思いを尊重してくれている。じゃなかったらたとえ数日間とはいえ実家に帰る事さえ許されなかったに違いない。


「大丈夫だよ母さん。全部オレが決めた事だから。あとダリウスは何一つ強要なんてしてないし無理矢理、番ってくるような事もしない」

「そう……なのですね……。分かりました。けどたまには帰って来てくださいね」

「もちろんだよ!」

「がぅん!」


 シャルの一声に母さんが微笑み、張り詰めていた空気が柔らかくなってホッとする。


「困った事やツライ事があれば、ワシで良ければいつでも相談のる」

「ありがと! 父さん」




 昼食後は早速、メリアと共に引っ越しの準備を始めた。とりあえず屋敷の地下から持ってきた木箱は五つ。けどどう考えても全ては入りそうにない。


「小物やアクセサリー類は全部入りそうなのですが、ドレスはどうしましょう?」

「ん〜。全部持って行くのは大変だよね。ジーンズとかTシャツとか楽な服も持って行きたいし……」

「ではとりあえず、お気に入りのドレスだけ持って行くのはいかがですか?」

「それがいいかも!」


 公式の場では、オレは女性で通しているのでドレスは必須だ。と言う訳でクローゼットを開き、何十着とあるドレスを一枚一枚見ていく。その中で、気に入ったドレスを次々にベッドに並べる。


「けっこうあるなぁ! この水色のドレスは初めて母さんが手作りしてくれたから外せないし……」

「それはティアレイン様が王様の所に、お戻りになる時に着ていけばいいかもしれませんよ」

「母さんも喜んでくれそうだし名案かも!」

「僕もそう思います。あとのドレスは衣装箱に詰めますね」

「メリアありがと! よろしくね」

「はい。お任せください」



 シャルは何処に行ったのか? と思ったら、ベッドの縁で落ちそうになりながら、黒猫のぬいぐるみに戯れていた。


「シャルは、ぬいぐるみが気に入った?」

「がぅ〜ん!」

「じゃ! 持って行こう!」

「がぅ! がぅがぅ!」


 実はこのぬいぐるみ、子供の頃に慣れない夜会でぐずるオレの為に母さんが作ってくれた思い出の品だったりする。もしかしたらオレの匂いがついているから、シャルが気に入ったのかもしれない。そう考えると何だか嬉しい。



 手際の良いメリアのおかげで、引っ越しの準備は二日ほどで終わった。

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