第33話
「……2人とも、もう苦しめられているのか」
ララクは、【いざないの手】に侵食されている雷槍フリラスと紫雷テンタクを助け出そうと、彼女たちの体に触れようとする。
するとその瞬間、「バチンっ」という強烈な破裂音と共に黒い火花が飛び散る。そしてララクは天使たちに接触することは叶わず、後ずさりさせられてしまった。
「っい! ……さすがに干渉できないか」
異空間にある者同士の接触は拒絶されているようだった。果てしない闇が続くこの場所は、自由のない縛られた場所だ。
そう、ここで自分の意思通りに動き回れるララクの方こそ、この場所では異質なのだ。
「……(やっぱり、ボクだけがこの場所で意識を保てるのか。
おそらくだけど、ボクの【追放エナジー】による膨大なエネルギーに、この空間が適応できていない、ってことかな)」
ララクは自分の右腕にずっと纏わりついている【いざないの手】を注視する。他の天使たちのことは全身を巻き付くように伸びているが、ララクの場合はいまだ右腕のみ。これが「力の一部しか順応できていない」ということなのではないか、と彼は解釈する。
「だとしたら、いつかはボクも体を全て支配される、ってことか。
……まずいな、どうにかして脱出しないと……」
少年は自身の状況が、呪われるかの瀬戸際だとことを把握すると、ここから出る手段を必死で考える。
「っえ、もしかしてこの方法なら……」
意外だった。ここから脱出できる手段を、ララクはすぐに思いついた。実行できるかは分からないが、可能性は高いと感じていた。
ララクはすぐにでも、その方法を試そうとした。
そんな時、彼を引き留める声が、遠くの方から聞こえてくるのだった。
「おーい、そこのしょうねーん」
女性の声だった。大人的な落ち着いたトーンだったが、どこか明るさも感じさせる綺麗な声色だった。
彼女の声は明らかにララクに投げかけており、少年というのも彼ということは理解できる。
この空間で、会話ができるものなど、本来はいないはずなのだから。
「!? ボク以外に目覚めている人が!?」
ララクは声の正体が気になり、大勢の天使たちの元を一旦離れることにした。女性の声が聞こえてきた方角を目指し、動き始めた。
「っお、きたな。驚きだよ、私は。君がここにきても、会話が可能なんてね」
ララクが女性に近づくと、だんだんと容姿が分かるようになってきた。背はララクよりも高く引き締まった体をしている。簡易的なスーツのような服を着ているので、ぴったりと体に張り付いているようだった。それがより、彼女のボディラインを強調している。
それよりも特徴は、黒い肌と2本の角。これを見れば、誰でもすぐに理解できる。この女性が、豪魔族の1人だということが。
「……豪魔、ですよね。なんでここに? 豪魔は取り込まないはずじゃ……。いやいや、その前にどうして平気でいられるんですか?
っあ、よく見たら、あの手がないじゃないですか! あの、その、どういうことですか??」
ララクは自分の頭の中に質問が勝手に浮かんでは吐き出してしまった。強大な力を持ったララクだからこそ意識を保てていると思っていた矢先、また別のイレギュラーと思われる存在が現れてひどく混乱していた。
それに彼女が豪魔族ということも気になる。グベラトスの目的に、現代の豪魔族は関係ないはずだ。実際、かたくなに幼馴染たちを取り込むことを拒絶してきた。
「好奇心旺盛だね。うーんと、まずは何から話していいやら。
とりあえず席にでも座ってお話、と言いたいところなんだけど、あいにくもてなせるような環境じゃなくてね。
家具はいっぱいあるけど、触れることはできないんだ。キミも同じだろう?」
彼女が話していると、ちょうどいいタイミングで、テーブルが前を通り過ぎる。だが、【いざないの手】に守られているので、接触することはできない。
「あ、いえ、お構いなく。……あの、あなたはいつ、ここへ連れ去れたんですが?」
初対面ながらフランクな対応にドギマギしてしまうララク。とりあえず、一番気になることを質問することにした。彼女が【いざないの手】の影響を受けていない理由が、疑問で仕方がなかった。
「うーんと、そうだなぁ。感覚が難しいけれど、2月前とか、そんなものだろうか。
正確に言えば私が、連れ去られたわけではないんだけど。
グベラトスがいざなったのは、私じゃなく、あれだよ」
彼女はララクの疑問への答えがある場所を指さす。家具が散乱した空間があるのだが、う美が示すのはそのもっと先。
その奥からは、ひと際怪しいオーラが漂っており、【いざないの手】が魚のように泳いでいた。まるで、何かを守っているかのようだった。
「……あれは……! 絵画、じゃないですか!」
自然の国 ファンシーマ。歴史として刻まれるほど古い時代、他種族間での戦争が激化していた。
その時の様子を描いた1枚の絵。
絶え間なく続く流血を表すかのように、真っ赤な絵の具が散乱しており、その壮絶さを物語っている。
「目がいいね。この距離からでもわかるんだ。羨ましい」
絵画が留置されている場所は、ここからかなり離れている。真っすぐな道筋なので近くも思えるが、実際は多くの時間を有する距離だ。
しかし、視力がパッシブスキルなどで上昇しているララクには、視認することが可能だった。
「……あの絵と一緒に来たってことは、砦の人ってことですよね? もしかして、あの絵を守る際に、一緒に連れてこられてしまったとか?」
ララクは仮説した。グベラトスが絵画を取り込もうとする際に、偶然近くにいた人なのではないかと。そこで絵を守るために身を挺したので、仕方なくグベラトスは一緒にいざなうしかなかったのではないかと。
「ん? あー、違う違う。そういう意味じゃないんだ。
言葉足らずだったね。許しておくれよ、人とまともに話したことなんてなくてね。
……それじゃあ、はっきり言わせてもらおう。
私の名前は、エプレス。あの絵の作者だ」
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