第31話

 豪魔グベラトスはついに、天使たちとさらには【追放エナジー】を持ったララクさえの元に取り込むことに成功した。


 たったの1人、少年を取り込んだにすぎないが、その力は計り知れない。魔力、経験値、スキル、あらゆる能力が常人を凌駕し、その力が【いざないの手】の強化に使用されていく。


 グベラトス本人が強化されるわけではないが、吸収した者の力量は肌で感じる。それに、今のグベラトスは最低でも1本は【いざないの手】を首に巻き付けている。ので、手から膨大な力を供給され続けている状態だった。



「はぁ、ふぅ……、ふぅ……」


 浅く、深く、なんども深呼吸を繰り返す。異常な薬物を取り込んだかのような反応が体に起こっており、徐々にそれに順応していっていた。


「……これなら本当に、可能かもしれない。俺たちの野望が……」


 少しずつ体が慣れてきたグベラトスは、自信の手をぎゅっと強く握りしめていた。彼はララクを取り込めたことを大いに喜んでいた。

 それがあふれ出て、柄にもなくにやりと笑みをこぼしていた。これはグベラトス自身の感情なのか、それとも怨念、のせいなのかは、彼自身にも分からなかった。


 恐るべき思想を持った豪魔が、それを実現できるだけの超常的力を得てしまった。


 もはや、一国と争えるほどの怪物が誕生してしまったと言えるだろう。これに加えて、新たにいざなうことも可能であり、その進化が止まることはないだろう。

 グベラトス、本体の体が持てば、の話ではあるが。


「……さて、と。まずは、肩慣らしか……」


 どの程度、腕が強化されたのか正確に確認するために、試運転を始めようとした。

 すると、そこに、ちょうど標的となり得る人間がやってきた。


 それは、先ほどロッド共に振り飛ばされた戦闘医ゼマである。

 彼女もまた、天使たちを守るために慌てて走り戻ってきたのだが、目の前には最悪の状況が広がっていた。


「……っは、っはぁ! ……嘘だよね、ララク!」


 息を切らし、唾を飲み込みながら、彼女は声を荒げる。彼女は走りながら、一部始終を見ていた。天使たちと共に、仲間であるララクさえも連れていかれてしまった瞬間を。


「……お前の仲間はもういない。いや、呼び出してもいいが……今は、俺自身の力を確認したい」


 グベラトスは自身のスキル【いざなわれし者】で、ララクを呼び出す案も考えた。が、彼の凄まじい力の一部は見る事ができていたので、今はどれほど【いざないの手】が躍進したのか、を先に知りたかった。


 彼がゼマに向かって、手のひらを向けた時だった。


 豪魔グベラトスの後ろから、かつての仲間である同族・炎足のパルクーと魔拳ヨツイが駆け寄ってきた。彼女たちはまだ、彼の事を仲間と認識しているかもしれない。


「グベラトス! 自分を思い出せ!! お前はあの絵に、自我を奪わているんだよ!

 きっとまだ、元に戻れる。あの絵を、吐き出すんだ!」


 魔拳ヨツイは、必死で呼びかけた。幼馴染のその背中に。彼女の知っているグベラトスは、こんな野蛮な事をする人物では決してない。その根底があるからこそ、彼が絵の持つ闇に呑み込まれているのがよく分かった。


「そうだそうだー! 怨念なんて吹きとばしなよ!

 また、仲良く一緒に冒険したいんだよ、ボクは!」


 パルクーの目には、彼が幼き頃の姿に見えているのかもしれない。一緒に遊び、ダラダラと過ごした幼き日々。その思い出を、彼女が忘れることはない。


「……いい加減黙ってくれ!!

 計画に邪魔なんだよ! お前たちの存在が一番。

 ……分かってるんだ、俺のやろうとしていることが間違っていることぐらい。

 だけど、止められないんだ。 ……もう、実行するしかないんだ!」


 何かを叩きつけるように握った拳を振り下ろしながら、グベラトスは彼女たちの方へ振り返った。その視界が捉えた友の姿が、異様に胸に響く。


 友の言葉を受けいれようとするほど、彼の首を絞めつける魔の手が上へと伸びていき、より離さないように力を込めて掴んでいる。その手は、グベラトスの意識とはまた別の何かで動いているようだった。


 ララクを取り込んだことにより、手の力が増しているのはもちろんだが、それに加えて「怨念」とも呼ぶべき、絵画に宿った邪心がさらに膨れ上がっていた。


 豪魔グベラトスの本来は真っ白な目がどす黒く濁り、何かに支配されているのは明白だった。


 優れすぎる戦力を得た今のグベラトスに、テロを辞めるという選択肢は残されていなかった。


 彼がその力を求め、そしていざなうことに成功した人間の少年は、異空間をさまよい、そのエネルギーを魔手へと渡している。


 通常ならばそこでララクの運命は終わる。


 だが、規格外の力には規格外の事が起きる。


 消滅したはずの少年が、その目を覚ますのだった。

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