第28話

 ララクは、グベラトスの標的が自分から天使たちへと再び戻ったことに気がつくと、すぐさま彼女たちを助けるために行動を起こす。


「【エクストラスプリント】!」


 ララクの脚の筋肉が、一瞬にして隆起した。特に太ももとふくらはぎの筋肉が、目に見えて盛り上がり、力が漲るのがわかる。ふくらはぎにあるヒラメ筋がさらに一層強張り、かかとを持ち上げる力が倍増した瞬間、ララクの脚が地面を勢いよく蹴り上げた。土を蹴散らしながら、その脚はまるでバネのように、力強く彼の体を前方へと飛ばした。


 前を爆走するグベラトスと追いかけるララク。両者共に超人的な脚力で地面を蹴っていき、トップスピードまで加速していく。

 2人の距離はまだ離れているが、しっかりとララクはグベラトスを捉えている。【いざないの手】で天使たちを捕まえようとしたとしても、その隙をつくことが可能だと、ララクは考えながら走行していた。


「……足の速さも一流以上だな。

 だが、これを相手にしながら、その速度を維持できるかな?」


 目の端で後ろにいるララクの様子を伺うグベラトス。脚力を強化して疾走するララクに向かって、彼は【いざないの手】を仕向ける。

 その数は、たったの3本。


 ララクの前に彼を吸い込めるほどの黒い渦が壁のように設置される。そこから、3本の魔の手が出現し、走っているララクを襲撃する。


「……こういう使い方もできるのかっ……」


 ララクは眉間にしわを寄せて苦しい表情を取ると、斜め右へと方向転換を余儀なくされる。直進を続ければ異空間へと、自ら飛び込みにいくようなものだからだった。

 この【いざないの手】は、ララクを捕縛するための物ではなく、足止め用の防壁。


 渦の中から現れた腕たちは、方向を変えたララクを追尾していく。そういう指示が元から出ていたのだろう。


「……っく。(よけるしかないかっ)」


 数秒にも満たない時間で判断したララクは、跳躍して【いざないの手】に触れないように回避をした。この行為は、できれば避けたかった。

 何故ならせっかくスピードに乗ってきた足を、前へ進む力ではなく避けるための力に使わなければいけなくなったからだ。


 3本の手に捕まれないように、回避行動を行っている間に、グベラトスはぐんぐんとララクとの距離を伸ばしていく。


(強行突破するか?

 いや、手を振りほどいている間に、追加で増やされれば、劣勢になるのは明白……)


 彼は三本の【いざないの手】であれば、今の脚力なら捕まったとしても振りほどけると思っていた。だが、抵抗する際に大なり小なり、隙が生まれるのは確実。それこそが相手の狙いだった場合のリスクが高いと考えていた。

 グベラトス自身の脚を強化している【いざないの手】を、ララクを捕縛するための追加要因に回されれば、おそらくそのまま身動きが取れなくなる。


「……目の前に、敵がいるのにっ!」


 ララクは思考を巡らせる。

【伸縮自在】で腕を伸ばす。【ライトニングライド】などの推進力を得るスキルで加速する。など、彼には距離を縮められる方法がいくつもあった。


 だが、そのどれもが立ちふさがる魔の手と、それの大本である紫黒しこくの異空間をかいくぐれる保証はなかった。


 今、ララクはゼマたちを助けるために奮闘しているが、本来グベラトスが欲しているのはララクの力。彼自身が一番の標的であるということが、今のララクの大きな足かせとなっていた。


(ボクも捕まることなく、ゼマさんたちに近づく方法……)


 少年が僅か3本の手に翻弄されながら作戦を立てている間にも、グベラトスは着実に崖先へと近づいていた。

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