第27話

「首都を襲撃!? 本気で、本気で言ってんの!?」


 首都を襲撃するというグベラトスの意思が耳に届いた瞬間、ヨツイの表情が一変した。冷静さを失い、その大きな瞳が驚愕により揺れ動く。ヨツイの眉は深く寄り、額に汗がにじむ。信じられない現実に直面し、硬直したまま動けず、拳が無意識に握りしめられていた。


「当たり前だ。そのために、こんなことをしているんだ。

 俺の目的、いやこの胸に眠る先祖たちの願いは、迫害された歴史を、思いを、大勢の者に刻み込むこと。

 のんきに暮らしている国民に、思い知らせてやるんだ。豪魔の、恨みをな」


 黒く澄んだその瞳で、ヨツイを睨むように眺めるグベラトス。

 その瞳を見て、ヨツイはようやく理解できた。


 ずっと、グベラトスが以前とは考えられないほど乱暴で粗悪な思考をしていることに疑問だった。それが、先祖の書いた戦争の絵画を吸収し、その怨念の影響だと知った後も。


 だが、そもそも目の前にいるのは幼き日から共に過ごしてきたグベラトスのように見えて、グベラトスとは全くの別人なのではないかと考えれば納得できる。

 絵画の怨念に心を全て支配され、その目的のために生きている呪いの代弁者。

 それが現在目の前にいる、魔の手に体を蝕まれた豪魔の正体なのだと理解した。


「そのためには、ここで確実にお前を……」


 グベラトスは幼馴染のヨツイから目を離し、ターゲットである人間・ララクの方に向き直る。

 魔の手に支配された彼がヨツイたちを襲わない理由は、幼馴染だから、というよりも同族だから、といった面が大きかったのかもしない。


 すぐにララクとの戦闘を再開しようとした時だった。グベラトスの元に、風にのって流されてきたかのように、魔力の粒がいくつも移動してきた。

 その魔力が流れた方向は、落ちたら草原へと真っ逆さまに落ちる崖の先だった。


「……やられてしまったか。天使もやるみたいだな。

 いや、あの人間の仕業かな」


 魔力はグベラトスの体へと入り込んでいき、姿を消していく。

 この魔力の正体は、【いざなわれし者】で召喚した天使ナギィハや笑うハイエナだちである。活動限界を迎えた召喚物は、召喚士の元へと戻るのが基本である。


 グベラトスは、強化された下部しもべが倒された原因が、赤髪の女ではないかと考えていた。彼女はおそらくララクの仲間、となればそれなりの実力を持っているはずだと。


「どうやら、ゼマさんたちの方は大丈夫そうですね。

 さすがです」


 ララクは、ゼマが天使たちのサポートに回り、しっかりと仕事を終えたことに感心していた。やはり彼女の言っていた通り、二手に分かれ自分はここに残って、グベラトスの相手をするのが正解だったと。


 そう、それを徹底するべきだった。

 しかし、ララクの一瞬の気の緩み、そしてグベラトスの作戦変更が重なり合い、事態は急変する。


「まずは、あっちからだな」


 グベラトスは、崖のほうへと視線を移すとすぐに行動を開始する。

 まず、【いざないの手】を自身の脚に大量に縛り付ける。過度な強化により激しい痛みを伴い、グベラトスは苦悶の表情を浮かべる。

 だがそんな事はものともせず、彼は走り出した。

 【いざなわれし者】が終了したことにより、強化に使用していた手も再使用可能となっている。極限まで、脚力を高めると、爆速で疾走していく。


「っしまったっ! っく、何をやっているんだ、ボクは!」


 ララクは早急に走り出す体勢に移った。彼は完全にグベラトスは、自分を狙っているのだと思い込んでいた。その予想を間違いではないが、そうするためにはまず先に、魔の手で吸収したい相手がいた。


 それが、天使2人、そして人間であるゼマだ。他種族を襲う、という大本の目的であるが、今欲しいのは戦闘力と魔力。3人、という数字は、天使の里の住民の数に比べれば圧倒的に少ない。が、3人とも冒険者であり、実力が高いことはよく分かった。

 だから、ララクを倒す前のさらなる自身向上のために、少しでも戦力を増強したかったのだ。

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