第26話

 ララクが創り出した小さな筒状の武器。おそらく、これを見ただけでは、詳細が分かる冒険者は少ないだろう。


 しかし、【ボウクリエイト】とうキーワードから、グベラトスが予想することは可能だった。


(弦もない、おおよそ弓とは言えない形。

 何故、あんなものを……)


 グベラトスはララクの思考をくみ取っていく。自分に対抗するために、この武器を創ったのは間違いない。そこに意味があるはずだと。

 そこでグベラトスは気がついた。今の自分に刺さる手段があることに。


「お前、まさか!」


 グベラトスは思いのほか焦っていた。彼が出した答えと、ララクが創り出した武器の正体は一致している。なのにもかかわらず、グベラトスはそれにどう対応すればいいのかすぐに考えつかなかったのだ。


「……はぁ……【ポイズンシュート】」



 ララクは静かに、小さな筒を握りしめる。目を細めて確認すると、軽く息を吸い込み、筒の先に口を寄せる。そして、一息にふっと吹きかけた。その動作はあまりにもさりげなく、ほんのわずかな音しか立てない。筒からは微かな風が流れ出しただけのように見えた。


 その数秒後、その筒から小さな影が音もなく放たれ、グベラトスへと速攻で飛んでいく。

 ここでグベラトスは確信した。

 彼が持っているそれが、上品質な吹き矢であることを。


 針のように小さな矢、ほとんど矢じりのみである。これが超スピードで解き放たれていた。


 グベラトスはより瞳に力を入れて、それを目で追う。黒い何かであることは確認できるが、それを視界に入れた瞬間に、肩のあたりに激痛が走った。


「っぐ。毒矢、か」


 豪魔族の堅い皮膚に、極小の矢が突き刺さっていた。そんなサイズであっても、ララクの戦闘力で放つと、相当数のダメージ量となる。

 さらにこの矢には、猛毒が塗り込まれている。僅かな傷口からでも体内に入り込むことが可能で、防御力を無視して、じわじわと相手の体力を削る。


「……(効いているみたいだ、なら……)

【ポイズンアロー】フィフズ」


 ララクは息を吹き込み、魔法の毒矢を精製して筒から解き放つ。矢は目に見えない速度で飛翔し、敵の体を無慈悲に貫く。まずは左腕、続いて胸、腹部、太もも、最後に首元へと五つの部位に突き刺さる。毒はすぐに魔力の波動となって全身を駆け巡り、敵の動きを鈍らせていく。


「っぐ! (こいつ、手で纏っていないところを正確に)」


 現在グベラトスは、腕と足を中心に【いざないの手】を纏って強化している。それに加えて、冒険者として最低限の武装をしているので、豪魔の肌を露出している部分は多くはない。

 だが、ララクはパッシブスキルなどで上がった視力などを駆使して、毒矢を刺すことに成功していた。


 グベラトスはこのままでは、毒矢によって追い詰められると思い、すぐに策を講じる。複雑な事ではない。もともとある機能を使うだけ。


 彼は【いざないの手】の指先を、毒矢が刺さった場所に配置する。そしてその指は毒矢、さらには体内に入り込んだ毒そのものまで掴み始める。紫色の液体を捕獲すると、そのまま小さな矢ごと異空間へといざなう。


「……この手は、毒すらも吸収できる。

 残念だったな」


「万能すぎますね。

 けど、毒のダメージはかなり入りましたよね?

 さすがに、ダメージは吸収できませんよね」


 ララクは確信していた。グベラトスの頬にあるかすり傷が、いまだふさがっていないことに。血は止まったが、確かに矢による傷が残っている。

 つまり、【いざないの手】に修復能力はないということだ。


「……その通り。この腕は俺の身体能力を向上させるだけ。副次的効果で自然治癒力も上がっているはずだが、お前の攻撃を癒すには時間がかかるようだ。

 正直、さっきの毒はヒヤッとしたよ」


 毒が【いざないの手】で取り出せることを知らなければ、あの時点でグベラトスは負けていた。崖下にある天国草原には毒虫も多いので、その経験が生きていた。


「それは良かった。あなたの肉体が、ボクよりも遥かに下で。

 (といっても、全身に腕を張り巡らされれば、意味はない。

 次の一手は……)」


 素の戦闘能力では、ララクの方が圧倒的に上回っていることは、一連の攻撃で証明された。

 ここからさらに、追い詰めるのにはどうすればいいか。


 ララクはグベラトスの後ろに目を向ける。まだ遠いが、2人の豪魔がこちらに向かってきていた。


(お2人の攻撃は軽くいなされてしまうけれど、もし素肌に当たればきっと大ダメージを与えられるはず。

 それに……あの人が吸収できない、いや、したくないという点では、ボクよりも有利)


 ララクは、敵と同族であるヨツイとパルクーが、この戦闘のカギになってくると予感していた。


「少年、お前は素晴らしいよ。まだまだスキルを持ってるんだろう? その1つ1つが、達人級なはずだ。

 ……お前を取り込むことができれば、絵空事だと思っていたこと事が現実にできるかもしれない」


 グベラトスは目の前に立ちはだかるララクを邪険に思いつつも、この出会いに感謝していた。彼は人々を飲み込み、その力を成長させていく。そんな男の前に、何百人の力を継承した1人の少年が現れた。これは偶然にして運命だと感じていた。


 グベラトスの言葉にララクは反応しようと思ったが、代わりに後方から惑ってきたヨツイが疑問を投げかけた。


「おい、グベラトス。そんなに力を追い求めて何をするつもりなんだ。

 自分磨きに励むようなやつじゃ、なかったでしょ」


 ヨツイはグベラトスの背中に問いかける。冷たく、自分との間に何枚もの壁があるように感じた。数か月前には感じなかった、幼馴染との遠い距離。


 これに対し、グベラトスはすぐに答えた。上半身と首を少し後ろに傾けて、ヨツイのほうに振り返った。

 その真意は、ヨツイの予想を上回るものだった。


「……大勢の他種族が住む場所を襲撃する。

 そう、この国の首都だ」


 自然の国 ファンシーマ。戦争を乗り越えて、他種族が協力し合う国となり、首都はそれを象徴するように、様々な種族が平和に暮らしている。


 そこに暮らす人々の数は、天使の里の何十倍、いやそれを遥かに超える規模を誇る。


 そこを襲う。どんな意義があったとしてもそれは、


「テロ」を行うということである。

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