第25話
ヨツイの凍りついた右腕が唸りを上げ、グベラトスの巨大な拳に迫る。氷が硬質な音を立てながら冷気を放ち、その拳はまるで重工なハンマーのように力強く強襲していく。
一方、グベラトスは【いざないの手】を自身の腕に纏い、その漆黒の表面が金属のごとく鈍く輝いていた。二つの拳が交差する刹那、空間が揺れる。
「ガンッ!」
轟音と共に拳同士が衝突し、重厚な鉄と鉄がぶつかり合ったような音が響き渡った。すると、ヨツイの氷の拳は、衝突の圧力に耐えられず、瞬時にひびが入り、鋭い音を立てて崩れていく。砕け散った氷の破片が宙に舞い、冷たい空気を流しながら散乱する。
グベラトスの腕は微動だにせず、氷を圧倒し、その圧倒的な力を誇示するかのように立ちはだかっていた。
「っく、氷ぐらいじゃダメか!」
氷が砕けた瞬間、グベラトスの力が余すところなくヨツイの拳に伝わった。その巨力はまるで止めどない波のようにヨツイの体を押し流し、彼女は瞬く間に宙に放り出された。
彼女はパルクーのいる後方へと追いやられる中、ずきずきと痛む腕を庇う。ヨツイは(生の拳だったら、骨折していたかも)っと、グベラトスの一撃の重さを痛感していた。
氷でコーディングする【アイシクルナックル】は、攻撃力とともに防御力も強化してくれる。それでも、今のグベラトスには傷一つ、つけることができなかった。
豪魔の2人を容赦なく対処したグベラトス。目的のララクへと向き直ると、その前方からすでに攻撃が迫って来ていた。
「っく。……これは……」
グベラトスは眼前まで迫ったその飛来物を、思わず首をずらして避けてしまった。すると彼の頬にそれがかすり、微かにそこから血が流れる。黒い肌から赤い血がタラっと落ちていく。
ララクが何を投げてきたのか、それは彼の姿を見れば一目瞭然だった。
人間である少年ララクは静かに弓を構えていた。彼は小柄だが、弓は自分の体に合わせた小型なものではなかった。成人男性が使う立派な弓だ。
彼はこれをスキルを使って生成したのである。
【ボウクリエイト】
効果……弓と矢、どちらかまたはどちらも作り出す。
これに【耐久値強化】という製品が壊れにくく丈夫になるスキルも使って、品質を向上させている。
彼の指先が弦に触れる瞬間、周囲の空気が凛と張り詰める。鋭い眼差しが獲物を捉え、その視線は寸分の狂いもなくターゲットに固定される。弦を引き絞ると、力強く、それでいて無駄のない動きで腕が真正面に向かって引かれる。
「【ヴェロシティシュート】っ!」
魔力で強化された一本の矢が、豪魔グベラトスへと真っすぐ突き進んでいく。この矢は速度を加速されており、まさしく目にもとまらぬ速さを誇っていた。
それを予感したグベラトスは、すぐに策を講じた。首元を締め付けるように出していた【いざないの手】を自分の右目のあたりまで伸ばしていく。禍々しいタトゥーのように顔に纏うと、その力は彼の視力をも増強させる。
「見える。研ぎ澄まされた一矢、ってやつが」
グベラトスは冷徹に声を吐きながら、素早く腕を前に持っていき、その矢を掴んで見せた。放たれた矢は、彼の眼前で停止し、矢じりはあと一歩のところで突き刺さることはなかった。動体視力、反射神経を強化された今の彼ならば、このような達人級の技も実行可能だ。
そして矢を捕まえたや否や、ごみを道端に捨てるかのように乱暴にそれを投げ飛ばす。その先には【いざないの手】が一つだけ生み出されており、キャッチをするとそのまま異空間へと矢を運んで行った。たったの一矢だが、これも高濃度の魔力で出来た代物ならば、吸収していて損はないと判断したのだろう。
「……これもダメか。すぐに対応されては意味がないな」
一度、グベラトスにかすり傷を負わせたので、速度があり遠距離から攻撃できる弓矢作戦は効果的かと思った。
しかし、視力の強化によって、その希望はすぐに破壊される。
だが、これで得た情報もある。
(彼は常に全身をあの手で覆っているわけじゃない。理由は……いくつかあるはず。
・魔力消費を抑えたい
・そもそも展開できる腕に限りがある
・強化しすぎると体のほうがもたない)
ララクはずっと疑問、というか気になっている部分があった。
それはグベラトスが、創り出す【いざないの手】の数をコントロールしているんじゃないか、ということだ。
スキルを発動すれば当然、魔力消費は激しい。なので、無限に手を出し続けることは、現実的に考えて不可能。
(とにかく、彼の体には、意外と隙があるってことだ。そして、生身の戦闘能力は圧倒的にボクが上。彼の防御力じゃ、ボクの攻撃は防ぎきれない)
これを矢がグベラトスの頬にかすった時に、ララクは確信していた。防御力がララクを上回っているならば、かすり傷ができることはない。けれど、彼は血を流した。
あれがもし、頬ではなく心臓などの急所であれば? 一気に致命傷をつけることができる。
「っよし、だったら答えはきっとこれだな。
……っと、【ボウクリエイト・ハード】」
ララクは創り出した弓矢を一度消滅させると、もう一度別のものを創り出した。
この行動に、グベラトスは意外だったようで、眉をしかめた。彼ならば全く違う戦略で、攻撃を仕掛けてくると思っていたからだ。
けれど、グベラトスの予想はしっかりと合っていた。
ララクは作り出したのは正確には弓矢ではない。けれど、特殊な例として【ボウクリエイト】でも創り出せる範囲内の武器だった。
少年の腕に握られたその武器とは、片手で持てるほどの小さな筒だったのだ。
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