第24話

 崖上にある豪魔の秘密基地。

 木の上に建てられた小さな小屋の前では、常軌を超えた者たちの戦いが繰り広げられていた。


 障害物もない真っ向勝負。


 豪魔グベラトスと、人間ララク。そこに炎足のパルクーと魔拳ヨツイが加わっている。


「お前の力、奪わせてもらう」


 グベラトスは【いざないの手】を展開するや否や、影のように素早く動き始めた。無数の黒い腕が四方八方へと広がり、空間そのものを侵食するかのように伸びる。それに伴い、彼自身も動き出し、鋭い足音を響かせながらララクに向かって突進してきた。


 彼の体は、黒い手に覆われた闇そのものと一体化し、卓越した肉体を使って疾走する。ララクの左右から魔の手が迫り、同時にグベラトスの拳が、暗いオーラをまといながら鋭く突き出される。

 手が絡み合い、地面からも暗い腕が這い上がって、ララクを捕らえようとする中、グベラトス本人の攻撃も少年の隙をつこうと狙っていた。


 ララクはその猛攻を目の前にし、冷静な表情を崩さずに身を翻した。


「【バックフリップ】っ」


 ララクは迫り来るグベラトスの拳と【いざないの手】の猛攻に対して、一瞬の間も置かずに動いた。しなやかに体を反らせると、高速でバク転をして見せた。その動きは稲妻のように素早く、正確。

 グベラトスの暗黒の腕が次々とララクを捕らえようと伸びるが、ララクは高速で回転して、その腕を絶妙なタイミングで弾き飛ばしていく。


 グベラトスの【いざないの手】は、触れたら終わりのスキルではない。対象の力を吸収するには、捕まえて異空間に連れていく必要がある。

 そのため、掴まれる前にはじく、または捕らえられたとしても振りほどければ、吸収を回避することは可能である。


「っふ……。 逃げ足も一流か」


 グベラトスが感心した瞬間、ララクはさらなる勢いをつけ、連続で後方に軽々と跳びながら次々と腕をはじき飛ばしていった。腕が弾けるたびに、不気味な音が空間に響き、闇がかき消されていく。まるで一瞬ごとに、ララクの周囲に風が巻き起こるようだった。


 ララクによって【いざないの手】が捌かれている中、グベラトスは本人の腕もララクへと伸びていく。が、どんどんと後ろへと下がっていくララクに届くことはなかった。


「……もう少し手数を増やすか」


 簡単には掴ませてくれないと判断したグベラトスは、さらに【いざないの手】の追加、またはそれによる身体能力の強化を行おうとした。


 しかし、そのタイミングで、彼らの戦いに割り込む者が現れる。


「【インフェルノドロップ】!!」


 攻撃を仕掛けてきたのは、豪魔の童心 パルクーだった。真剣な表情で、今だけは敵と認識したグベラトスに立ち向かう。


 黒い肌が光を吸い込むように艶めき、パルクーの足元から徐々に炎が巻き上がっていく。炎足の異名を持つ彼女の片足が赤熱し、燃え盛る炎が力強く踵に集まると、その場で勢いよく跳躍した。空中で一瞬静止したかのように見えるその姿から、炎が激しく噴き上がり、彼女の体全体が熱気に包まれる。灼熱のエネルギーが踵へと凝縮され、敵を狙って一気に振り下ろす。


「っち、その足を掴め」


 パルクーに気がついていたグベラトスは、ララクを捕まえようと展開していた【いざないの手】に指示をする。


 パルクーの灼熱の踵が振り下ろされる直前、すでに展開された【いざないの手】が空間を支配していた。怨念を宿した闇の手が、複数本も連なりながら力強く彼女の足元へと向かっていく。

 踵がぶつかった瞬間、轟音とともに炎が爆ぜるが、手は消えることなく、圧倒的な力でパルクーの足を受け止めた。黒い手が炎の熱を吸収するように耐え抜き、次々と絡みついていく。パルクーの蹴りに全力で抵抗する手たちが、まるで不気味な壁のように立ちはだかり、彼女の脚を掴んでいく。


「いったい。握力~!」


 筋肉が発達しながらも細長いパルクーの脚を、魔の手がぎゅっと握りしめていく。そのまま異空間へと引きずり込む様子はなく、ただがっちりと掴んでいるだけだった。


「……投げろ」


 グベラトスは、パルクーの後方を見ると、さらに指示を加える。忠実に指令を行う【いざないの手】は、完全に【インフェルノドロップ】の火力を押し込み、そのまま彼女の体を振り回して投げ飛ばしていく。


 パルクーが宙を舞い、地面に投げ飛ばされる。放物線を描くように回転しながら飛んでいく彼女の先には、魔拳ヨツイの姿があった。

 グベラトスはヨツイの位置を把握して、彼女に当たるようにパルクーを投げたのだ。


「パルクー、失礼するよっ!」


 ヨツイは投げとばされた彼女に向かって疾走し、その体を軽々と飛び越えた。鋭い瞳がグベラトスを見据え、猛然と突撃を開始する。力強く地面を蹴り、風を切る音とともに一直線に突き進むヨツイ。その動きはまるで一筋の矢のようで、全身から放たれる力がさらに加速を生む。ヨツイの全力の突撃は、グベラトスの目の前に迫り、彼を捉えようとしていた。


「グベラトス、容赦なく殴るからっ!

 【アイシクルナックル】!!」


 ヨツイの右腕に冷たい光が宿ると、肘のあたりから瞬く間に氷が広がり、拳が鋭く輝く氷塊へと変わる。その冷気は空気を震わせ、彼女の周囲に霜が舞い散る。白い息を吐きながら、ヨツイは凍りついた拳を構え、一気に前へと踏み込む。氷の重量が腕に加わり、拳がさらに力強くなり、グベラトスに殴り込む。

 鋭利で冷たいその拳が、【アイシクルナックル】としてグベラトスに向かって炸裂する寸前、空気がきしむような音を立てていた。


「俺だってそうさ。

 ……心苦しいがな」


 グベラトスは一瞬で状況を把握し、展開していた【いざないの手】を巧みに使って腕を強化する。黒い手が彼の腕に絡みつき、ひときわ強い力でその周囲を包み込む。手のひらから伸びた黒い触手が、まるで鎧のように腕を守り、固めていく。膨大な魔力とエネルギーが流れ込み、腕が闇の力で一層強固な防御を形成する。

 ヨツイの凍った拳が迫りくるグベラトスは、強化されたで彼女の殴打に対抗する。


 同族であり仲間であった2人の思いを乗せた拳が、冷たい空気をただよせながらぶつかり合うのだった。

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