第20話

 天使ナギィハと戦闘医ゼマがぶつかり合っている間、天使の2人は召喚されしハイエナ、デスラフターの群れとの戦いに専念することにした。


「【パラライズサンダー】~、ほいっと!」


 紫雷のテンタクは、何度か麻痺性の高い雷を放っていた。

 しかし、天空を自在に羽ばたくことが可能になったデスラフターたちには、かすりもしなかった。


「はぁー、もうやめようかな。こんな時に、ナギィハがいたらな~」


 テンタクは横目で、ゼマとナギィハの攻防をちらっと見ていた。戦闘医ゼマが伸びる棒を操りながら果敢に挑むも、薙刀と翼を持つナギィハに綺麗に裁かれていた。空中戦で天使と渡り合うのは、かなり難儀である。


 ナギィハは【ウィングフォース】を使って先陣を切る、いわゆる前衛の冒険者。パーティーでは、前衛後衛をバランスよく配置するのが基本。前衛のナギィハが翻弄しているすきに、【パラライズサンダー】を当てて痺れさせる、というのが彼女たちの定番戦法だ。


「私たちで頑張るしかないだろ!!

 当たれ【ライトニングランス】乱射!」


 フリラスが手をかざすと、空気が静かに震え始めた。彼女の指先から放たれる魔力が渦を巻き、次の瞬間、10本以上の雷の槍が空間に生み出されていく。青白い閃光が何本も飛び散り、槍は一つ一つが天から授けられた武器のように、神々しく輝いていた。

 彼女の周囲に雷の槍が次々と現れ、それを背にする姿はまるで嵐の中心に立つ支配者のようだった。


「ギャルゥウウウ!!」


 空中に展開されたいくつもの雷槍を見て、デスラフターたちはさらに用心する。


 フリラスの号令と共に、発射される【ライトニングランス】。雷の速度を模しており、そのスピードはスキルの中では随一。

 しかし、乱発ということもあり命中精度はそこまでではなかった。


「ギィイイィイイイ!」


 多くのハイエナたちが両翼を利用して回避してみせるが、数匹は雷の速度に圧倒されて攻撃がヒットする。汚れのない白き翼に雷が触れると、青白い光が弾け飛んだ。即座に翼は焼けこげ、電撃が拡がっていく。すぐに使い物にならなくなった翼たちは魔力となって消滅していく。

 それに伴い、翼を失ったハイエナたちは落下していく、はずだった。


「あん? まさか、あいつ!」


 雷槍のフリラスは仰天した。


 【ウィングフォース】は瞬間的に破壊されたにもかかわらず、鮮やかに、まるで再生の魔法がかかったかのように、新しい翼が次々と生えていく。そして、デスラフターたちは再び空中に浮かび上がる。


 翼を授けるだけの【ウィングフォース】に、破壊時の自動追加機能のようなものはない。つまり、これらを行っているのは、スキルの使用者である空薙のナギィハということになる。


「マジ~? あの人と戦いながら、こっちのフォローもしてるってこと??」


 紫雷テンタクの予想は正解だ。

 現在ナギィハはゼマと戦闘中。そこまでデスラフターたちの戦いに気を配っている余裕はない。が、【いざないの手】によってモンスターと人である両者は繋がっている。なので、翼は消えれば時差なく、ほぼ自動でスキル【ウィンドフォース】の再発動を行っている。


「くっそ、翼じゃなく胴体狙った方がいいのか。

 じゃあ、もう一度!」


 再生はされてしまうものの、フリラスの攻撃は速度、威力共に十分で有効打になり得る。そこで彼女はもう一度、【ライトニングランス】の乱射を発動しようとした。


「ちょっと待って、フリ。今ならあれ、やれそうじゃん?」


 紫雷テンタクは一度フリラスに目配せし、意図を伝える。具体的な事を言わなかったのは、それで伝わると思ったからだ。それに、口で説明するには少々面倒だったからだ。


「うん? ……あー、そういうことか。確かに、絶好のタイミングかもな!」


 雷槍のフリラスは、すぐに彼女が言おうとしていることに感づく。


「そうそう、あの人がナギィハの足止めをしてくれている今なら……」


 戦法を提案したテンタクは、ゼマとナギィハの方角に視線を移す。彼女がやろうとしていることには、時間が必要だった。


「って、え、マジ?」


 テンタクが視線を動かすと、急に何かが接近してくるのを感じた。太陽の光をバックに近づいてくるその陰の正体はすぐに判明する。

 それは、高速で吹き飛ばされてきたゼマだった。


「っぐ、やっべ! がっ!」


 ゼマが叫びながら、なぜかまっすぐフリラスに向かって一直線に飛んでくる。フリラスは「えっ、な、待っ……!」と慌てて回避しようとするが、時すでに遅し。ゼマはビリヤードの球のように、彼女にゴンッとぶつかった。


「いってぇ。な、なんなんだよ!」


 空中でゼマの事を受け止める形になったフリラス。ゼマの持つクリスタルロッドが脛に当たって、軽く痛みを感じた。

 なんとか【空中浮遊】を制御してその場にとどまり、ゼマを突き放す。


「はぁ、ごめん。調子に乗ったわ。

 あの天使めっちゃ強いし、空中戦で勝てるわけないや」


 ゼマはぶつかってしまったフリラスに平謝りする。

 彼女が飛ばされた原因は、スキル【戦風】だ。ナギィハと戦闘を行っていた時に、強烈な風を生み出すスキルによって後方へと追いやられてしまったのだ。

【空中浮遊】状態は、重力が薄まっていたりするので、いつもよりも飛ばされやすくなっている。強風注意である。


「マジか~。ナギィハの足止めが一番大変なんだけど……」


 テンタクは思いついた作戦が実行できそうにないことを嘆く。やはり、慣れていない【空中浮遊】で対抗するには荷が重かったか、と。

 しかし、ゼマはそれを聞いて反応を変えた。


「ん? 何か策があるの? 

 ……だったら、私に釘付けにさせることぐらいなら、できるよ。

 私もちょっとやってみたいこと、思いついたんだ」


 強がりではなかった。確かに彼女には自信があった。倒せずとも、対抗できる手段が自分にはあると考えていた。


「ほんとか!? だったら頼む! これが上手くいけば、絶対にあいつを倒せる!

 私はもう、あんなナギィハを見たくない。

 あいつは苦しんでる。あの顔を見れば分かる!」


 雷槍のフリラスは、少し上空にいる天使ナギィハを心配していた。彼女にはここからでもナギィハの表情が読み取れた。

 読み取るといっても、ゼマからすれば無表情にしかみえない。


「ぜんっぜん、分からないけど」


「いや、ナギは怒ってるし苦しんでる。

 マジ許せない」


 同じ冒険者パーティーであり幼馴染でもあるテンタク、そしてフリラスにはその違いが理解できた。


 ナギィハはほとんど言葉を発さないので、顔の微々たる変化を感じ取ることで、彼女の思いをくみ取るのが2人は得意だった。


「……っ」


 虚ろな瞳をしているナギィハ。彼女は何か言いたくて言い出せない時、唇の下を内側から噛む癖があった。そうすると、ほんの僅かだが唇が前に出てくる。

 そんな些細な変化を、仲間の天使たちは見逃してはいなかった。

 だからこそ、彼女と戦うのは心苦しい。


「あんたたち、最高に仲間してるじゃん。

 会ったばかりだけど、気に入った!

 助けてやろうじゃん! その前に、ぶっ叩かせて貰うけど!」


 ゼマは【空中浮遊】を制御して態勢を整える。そしてクリスタルロッドを強く握りしめ、より真剣な眼差しで敵を確認する。


「あぁ! 少し、いやかなりビリビリさせることになる。

 けど、これもあいつのためだ!」


「刺激強めだけどね。

 やっちゃおう、ハイエナたちもまとめて」


 雷槍フリラス、紫雷のテンタクは、自分の体から電気を放出し始めた。フリラスは黄金のような色を輝かせ、テンタクは独特な紫色を放っている。


 3人の準備は整った。


 あとは、天使ナギィハを打ち倒す作戦を実行するだけだった。

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