第18話

 天使ナギィハの背中から飛び出た翼は、スキルによる後天的なもの。


【ウィングフォース】

 効果……対象に翼を授ける


 こちらも他者に対して使用することも可能で、これによりデスラフターたちも翼による飛行が可能になっているのだ。


「ナギィハの翼、いつもは私に着けて貰うのにっ!

 許せねぇ!!」


 雷槍のフリラスは、いつも背中にある翼がないことに違和感を覚えていた。天使族の特徴として、空中戦に関わるスキルを得やすい、というものがある。フリラスも自分で移動する手段はあるのだが、【ウィングフォース】が便利なので使用してもらうことが多い。

 この翼はセミオートで動いており、普段翼の筋肉を使わない者たちでも簡単に扱うことが可能。そのおかげで、天に浮くのが初めてのハイエナ集団も安定して宙に浮いているのだ。


「怒るところ、そこ? へんなの~」


 紫雷のテンタクは、首をちょこんとかしげる。彼女は自分の持つ【空中浮遊】を普段から自分に使用している。


「違う!! 全部に、だ!!」


 フリラスの顔は怒りに満ち、瞳にはほとばしるイカズチが浮かび上がるかのように鋭く輝いていた。口元が硬く引き結ばれ、頬はひどく引きつっている。純白の眉が激しく吊り上がり、その姿からは抑えきれない激怒が溢れていた。


 雷槍のフリラスが動きだそうと重心を変えようとしたとき、それよりも先に翼を持つ者が動き出した。

 空薙のナギィハ、両翼を携えし天空の戦士だ。


 ナギィハが自前の薙刀を構えると、黒石で出来た光沢のある刃が、天光を反射してまばゆい光を放つ。【いざないの手】に体を蝕まれ強制強化された彼女の薙刀は、空気を切り裂いて振り下ろされた。


 狙うは、仲間のはずであるフリラスだ。その剣技には一切の迷いはなく、ただ敵を葬る意思だけがあった。


「っふ、っとぉ! 容赦ないなっ! ナギィハ!!」 


 怒りながらも的確に薙刀を回避するフリラス。同じパーティーメンバーである彼女の無慈悲な攻撃に驚きながら、そんなナギィハに語り掛けるように怒号を飛ばす。


「……」


 しかし沈黙を貫かれる。


 ナギィハの動きは滑らかでありながらも凄まじい速度を誇り、天使の優雅さと戦士の力強さが見事に融合している。

 それに加えて、彼女の腕を支えるように【いざないの手】が巻き付いている。支えるといっても、強引に動きを支配されているに近い。


「フォローするよ、って、こっちも来たね」


 隣で浮遊している紫雷のテンタクは、フリラスのカバーに入ろうと思った。が、自分にも脅威が迫っていることに気がつく。

 翼を持ったデスラフターたちだ。


 魔の手に頬を引っ張られ無理やり笑顔にさせられているハイエナたちは、真っ白な翼の力を得て野鳥のように天使たちを襲撃する。


「それじゃあ、ビリビリバリバリしちゃいなよー。【パラライズサンダー】」


 テンタクが腕を振りかざすと、薄紫の魔雷が彼女の掌からほとばしり出た。雷は不気味な色を放ちながら、うねりを挙げて前方へと飛び出していく。紫電がまるで蛇の群れのようにうねうねと動きながら、敵を追い詰めるかのように執拗に迫る。


「キャッ! グルルゥゥッ!」


 テンタクが放った薄紫の魔雷が迫りくる中、翼の生えたハイエナたちは鋭い直感でその危険を察知した。目の前で魔雷が迫る中、彼らの羽ばたきは一瞬の迷いもなく空へと舞い上がる。翼が広がり、身体が軽やかに揺れると、魔の閃光がその下をすり抜けていった。デスラフターたちはすばやく身をひるがえし、空中で急旋回しながら、テンタクの攻撃を巧妙に避け、再び獲物を狙うように上空からギラついた眼を光らせた。


「マジ、萎えるんですけど。全然当たらないじゃん」


 紫雷テンタクの放ったスキル【パラライズサンダー】は、相手を痺れさす力に重きを置いた雷系統のスキルだ。特殊な力を内包しているため、淡い紫色に変化している。

 それゆえに、本来は速度に優れた雷系統の力が、少し損なわれている。相手が高機動力の場合は、見てから回避されてしまうこともある。


「……大丈夫か?? あんたたち。

 私も助っ人に入るよ!!」


 敵に翻弄される天使族2人を見かねて、崖上にいた戦闘医ゼマが動き出す。彼女は依然として大地に足をつけている。だ、彼女はこの距離からでも攻撃することのできる冒険者だ。


「ふぅ、ほらよっと!!」


 ゼマは相棒であるクリスタルロッドを抜くと、そこに絶妙な量の魔力を流し込む。これにより、ロッドに付与されているスキル【伸縮自在】が効果を発揮する。


 彼女が低い姿勢から突きを放つと、その勢いを乗せたままクリスタルロッドは急速に伸びていく。その先に見据えるのは、翼の生えた天使・ナギィハだった。


 ナギィハはフリラスへの猛追を続けており、ゼマの事はそこまで警戒はしていなかった。しかし、視界の端に物体が接近するのを感じるとすぐさま攻撃を中断。そして、翼を利用して後方へと撤退していく。


「……」


 無言のまま、操られているナギィハは、地上にいるゼマを見下す。ナギィハが、【いざないの手】の発動者グベラトスが受けた指示は「天使を捕縛すること」。しかしそれは当初の目的であり、今は人間であるゼマも捕縛対象に入っている。

 ナギィハのゼマに対する警戒度が、徐々に上昇していく。


「……あんたの相手は私がした方がいい気がする」


 ゼマは直観で感じ取っていた。

 薙刀、つまりリーチのある刃物を扱う相手に丸腰の天使たちは不利だと。自分ならば、クリスタルロッドで対抗できる。


 それに加え、天使同士の争いは彼女たちにとって酷だろうとも感じていた。


 ゼマは、ナギィハを挑発するように攻撃をしけたのだった。

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