第15話

「【いざないの手】黒手魔装こくしゅまそう


 最初に動きだしたのは、豪魔グベラトスだった。彼はスキルを発動すると、魔力で出来た手を、自分の腕と足に巻き付ける。強く締め付けるようにそれらを体に装備すると、グベラトスの肉体から青白い煙が吹きあがる。


「いくぞ、人間」


 グベラトスが地面を蹴った瞬間、体が風と一体化するように、一気に加速する。周囲の景色が瞬く間に流れ去り、まるで全てが霞んでいくかのようだ。音さえも追いつかない速さで、彼は走り出した。


 そしてあっという間に、標的のララクに近づくと、その強化された剛腕で少年を殴りつける。凄まじい速度の鉄拳。岩をも粉砕可能な破壊力を持っている。


「っふ!! っく、つぅ!」


 ララクはその豪拳を、咄嗟に右手を開いて掴むように防御する。しかしそれだけでは勢いを殺して切れないので、手首を左手で掴んで安定させて、足を地面に食い込ませるように耐え忍ぶ。


「……殺す気はなかった。一瞬で気絶させようと思ったんだ。

 だが、まさか防がれるとはな。お前、何者だ?」


 グベラトスは、目と鼻の先にいるララクに、率直な感想を述べた。冒険者ということは見て分かったので、ある程度の実力があることは分かっていた。が、大量の魔力を吸収した今の自分に対応できるほどの強さを持っているとは予想外だった。


「ララク。隣国から来た冒険者です。

 あなたは多くの人の力を得ていると思いますが、ボクも大勢の人たちに支えられています。

 負ける気はしないし、あなたのやろうとしていることを見過ごせはしない」


 ララクは今まで所属していた100個のパーティーを思い浮かべる。その中には、現在捜索中のダブランファミリーも含まれている。

 彼が関わった冒険者の数は、軽く見積もっても300人以上。そのスキルを彼は継承している。


 一方でグベラトスは、里にいた天使を全てその手で取り込んだ。正確な人数はララクには分からなかったが、1つの里ということを考慮すれば100人、数100人を超えていてもおかしくない。

 それだけの人数を強制的に吸収したと考えると、この事件のおぞましさにララクはぞっとしていた。


「……お人よしだな。

 お前の事はよく知らないが、実力は申し分なさそうだ。

 その力、俺が手にさせて貰う」


 彼は深い決意を込めた表情で、目には冷たい光が宿っている。口元は固く、その顔には一切の迷いが見当たらない。


 グベラトスが纏っていた【いざないの手】が、彼の腕からパッと指を離した。そして、その手はスムーズにララクの手を狙って動き始める。


「そういうこともっ、できるのかっ!」


 ララクは危険を感じ、すぐさま大きくバックステップをする。十分なほどグベラトスと距離を取り、彼のスキルを細かく分析し始める。


(【いざないの手】……か。あれを身に纏うことで、身体能力の強化。しかも、その装着した手でも、相手を捉えることも可能。

 きっとあのまま掴まれて、ボクも異空間に連れ去るつもりだったんだ。

 近距離ファイターで、それを防いでも不利となると、かなり厄介だな)


 ララクは右手をぶらぶらと振りながら、最初の一撃の重さを痛感していた。対処できたようには見えるが、実際にはしっかりとダメージを受けている。胸などの急所に受けるよりはましだが、ララクの手は少しヒリヒリしていた。


 近距離戦闘は得策じゃないな、と早期に判断するララク。次に一手、または相手の攻撃にどうやって対応するか、を考えようとしていた時だった。


 次に動きだしたのは、グベラトス、ララクではなく、豪魔族の女性2人だった。


「グベラトス、もう止めろ! 【パワーナックル】っ!!」


 魔拳ヨツイは、怒鳴り散らしながら自らの拳に魔力を集中させる。破壊力、硬さ、様々な力が強化された拳を、グベラトスに向ける。

 それと同時に、もう1人の幼き頃からの友人も動き出していた。


「【フレイムストライク】!!  グべ、熱いの行くよ!」


 パルクーの黒い肌が灼熱の輝きを放ち、彼女の脚が赤々と燃え上がる。炎が渦巻き、火の力を宿したその脚が地面を蹴り上げる瞬間、火焔が爆発的に広がる。燃え盛る炎が蹴り出され、【フレイムストライク】として放たれるその一撃は、まさに灼熱の破壊力を誇る攻撃となった。


 二方向からの息の合った同時攻撃。

 モンスター相手に2人がよく行う戦法だった。

 まさかこれを、古き友人に使う日が来るとは思ってもいなかった。

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