第14話

「グベラトス、お前……この絵を、取り込んだのかっ!」


 魔拳ヨツイたちの前に出現した一枚の絵。数か月前、彼女たちが偶然発見して、行方が分からなくなっていた。

 それもそのはずだ。

【いざないわれし者】で召喚できるものは、【いなざいの手】で取り込んだ物のみ。

 故に、グベラトスが意図的にこの絵を吸収したことは、旧友のヨツイにはすぐに理解できた。


「……ああ。俺にはこの絵の声が聞こえてきたんだ。

 それに呼応するため、俺の元へといざなったのさ」


 グベラトスは顎を少し上げて、自分の黒く引き締まった首をよく見えるようにした。そして、その首元には、蒼白の魔力を纏う異質な手が、彼の首を絞めつけるように展開されている。


「あれは……もしかして彼は、魔力で出来た腕を身に纏うこともできるんですか?」


 グベラトスの首に巻き付かれた魔の手にいち早く反応したのは、ララクだった。彼は【いざなわれし者】で呼び出された天使・ナギィハの姿を思い出す。彼女やハイエナたちは、いくつかの【いざないの手】に体を侵食されていた。


「ああ、あれを装備することで、グベラトスの体は強化される。……おそらく、あの手を身に宿していることで、絵の影響を受けている、ってことなのか」


 ヨツイは自分の知っているスキルの情報と照らし合わせる。今のグベラトスは、【いざないの手】で吸収した魔力に密接に振れていることになる。

 そのため、身体能力の強化などが起きる。もしその効果が、肉体強化のみならず、他の「なにか」も引き継ぐとしたら。


「っじゃあ、グべはあの絵に呪われてるってこと? 怨念がこもっててもおかしくないよ、あれに」


 炎足のパルクーは、ヨツイの考えついた予想に反応する。怨念というのは、いささか抽象的だが、【いざないの手】に掴まれたこの戦争の絵には、おぞましい思念が宿っていてもおかしくはない。その絵に描かれた天はひどく濁っており、青空のかけらもない。とぐろを巻く雲も、怒りを放つ人の顔も、それら全てが戦争の醜さを表現していた。


「描いた絵に呪いが宿る、なんてことは信じがたいですけど、あの人の目が普通じゃないのはボクにも分かります」


 ララクは、自分の事を見下すように睨んでくるグベラトスと目を合わした。光を感じさせない何かに取りつかれたかのようなよどんだ瞳。

 グベラトスの以前を知らないが、正気を保っているかどうかぐらいは、ララクにも分かる。


「……呪い、か。そうかもな、この流れ込むざらざらの傷んだ感情は、先祖たちの恨み辛みなのかもしれない

 パルクー、お前の表現は昔から好きだった。

 そうだ、これは豪魔たちが望んだ〈呪いの共有〉だ」


 グベラトスは空を見上げ、誰かに宣言するかのように大きく手を広げた。彼は目の前にいるヨツイやララクたちに話しかけているようで、もっと遠くまで声を届けているかのようだった。


「共有って……、そうか、それがお前のやろうとしていることか!」


 ヨツイはようやく理解できた。友、グベラトスが天使たちを襲った意味を。もし本当にあの絵画に怨念のような物が凝縮されていると仮定すれば、その答えは自然と導き出された。


「っえ、ヨツイちゃん、どういうこと?」


「パルクー、あいつはとんでもないことを考えている。

 グベラトスは天使たち、いやきっと他の人たちもだ。全員取り込んで、あの絵が放つ〈声〉ってやつを無理やり聞かせるつもりなんだ」


 ヨツイは顔をしかめて、最悪の答えにたどり着いてしまったことに苦悩していた。


「ヨツイ、お前が理解してくれるとは思わなかったよ。否定されると分かっていたから、お前たちには何も言わなかった」


 グベラトスは、仲間たちに一言も告げずに砦を去った日の事について述べた。


「認めたわけじゃない!! ナギィハや他の天使たちは、今もこの絵の呪いに蝕まれているってことでしょ? 

 そんなの、見過ごせるわけない!」


 彼女の怒りは頂点に到達していた。取り込まれ使役された天使・ナギィハの姿を見た後なので、余計にグベラトスのした愚行が許せなかった。例えそれが、彼の意志でなかったとしても。

 グベラトスの顔で、声で、そんなことを言ってほしくなどなかった。


「……っは、だよな。別にお前たちに肯定してほしくて、この場を設けたわけじゃない。

 同じ豪魔として、友として、伝えなければいけないと思っただけさ。

 ……もう俺が言えることは全て話した。

 そろそろ、そこの人間もこの手に掴ませて貰おうか」


 タイムアップだと、彼は自分の腕をその場でララクに向かって伸ばす。届く距離ではないが、これから取り込む、という合図のようなものだった。

 彼は同族の豪魔を吸収する気はない。グベラトスのやろうとしていることは、「悪魔と虐げれた豪魔の恨み」を他種族へと強制的に共有すること。

 その範囲内に、この国の者ではないララクも入っているようだ。


「まだ全て把握しきれてはいませんが、とりあえずあなたの事を止めなきゃいけない事だけは分かりました。

 ヨツイさん、パルクーさん、あの人と戦わせてもらいます」


 ララクは腰を落として、右足を軸にして足を広げる。そして腕を胸の前で構え、臨戦態勢を取る。


「悪いねララク、本当は私たちだけで、あいつの頭を冷やさせたいところなんだけど……。

 天使の里を全て取りこんだとなると、相当【いざないの手】は強化されているはずだ」


 グベラトスの持つ【いざないの手】は、取り込んだ物の魔力を使用してその腕を強化していく。そのため、取り込めば取り込むほど、その力は強まっていく。

 今の【いざないの手】がどれだけの力を有しているのか、それはヨツイにも図れない事だった。


「ララクん、全然強そうに見えないけど、頑張れる?」


 ヨツイもそうだが、パルクーもララクの戦闘能力を知らない。天国草原などでモンスターと出会う機会もあったが、戦いが目的ではなかったり先を急いでいたので、ララクが戦うことはなかった。


「……はい、見た目よりは戦えるつもりです。

 全力で、お相手します!」


 ララクは視線をグベラトスに送り、抵抗の意思を伝える。そして、今からその企みを阻むことも。


 豪魔族の呪いを継ぐ者・グベラトス。


 そして、その友である同族ヨツイ、パルクー。


 よそ者ながら、彼の蛮行を止めずにいられない人間ララク。


 それぞれの思いが交差し、戦いの幕が上がったのだった

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