第13話
豪魔たちが対面し、数秒間の沈黙が流れた。それを打ち破ったのは、空気を読むのが苦手の炎足のパルクーだった。険しい表情をしながらも、グベラトスに歩み寄ろうとしていた。
「グべ、なんでこんなことするの?? 天使たちを取り込んでさ、そんなことする奴じゃなかったじゃん」
「……そうだな。これは俺だけの意志じゃないからな」
グベラトスは耳に裏を描きながら、対話を続ける。彼のほうは、パルクーたちをいまだ友人だと認識している。だから、こんな状況でも少しリラックスしているようだった。
彼は友に話さなけらばいけないとこの場を設けた。
「どういうこと? あの絵を見た時から、お前はおかしくなった。それに絵も消えたし。あんたが持ち出したんでしょ?」
魔拳のヨツイは、数か月前に倉庫を掃除していた時の事を再び思い返していた。かつての大戦争を描いた絵画。それが何らかの原因ということだけは分かっていた。
「っは、そこまで分かっているんだな」
グベラトスは自分の事をよく理解していると、幼馴染たちのことを感心していた。
「父さんに聞いたんだ。あの絵は、俺の遠い遠い先祖が書いた絵だって。タイトルもない、無名の絵だ。
……俺には、あの絵が語り掛けてくるような気がしたんだ。
自分たち、豪魔を苦しめた他種族への恨みを」
あの絵は、天使、豪魔、人間、獣人など、多種多様な種族が血で血を洗う壮絶な戦いが描かれていた。
「……確かにあの絵の光景はおぞましかった。あれが大昔にあった事実だとしたらなおさら」
ヨツイもあの絵の事はよく記憶している。細部まで、とはいかないがどういった内容なのかはハッキリと覚えている。
「だけど、今は平和だろ? それでいいじゃん」
「だからだよ。なぁ、俺たちはあの時代、「悪魔」とののしられてたんだぞ?
この皮膚、この角、そして戦闘能力。
それらを異質と判断した他の連中は、先祖たちを恐れ悪魔狩りをした」
自分の体を眺めながら、グベラトスは豪魔の歴史を語った。この国に住むものならば、歴史の授業で習う部分だ。皆が知っている戦争時代の闇。
「だが、戦争なんて、誰しもが誰かの悪だったはずだ!
何故、俺たちだけ生まれながらに悪と決めつけられなきゃいけない!」
グベラトスは憤怒した。冷徹だった表情が一変し、目を見開き、手を強く握りしめた。彼の中に眠る怒りが、徐々に爆発し始めていた。
「だが、今はどうだ。他の連中は、そんなことなどなかったことにして、俺たちと交流し、他種族国家など
俺たちは殺し合ってきたんだぞっ! そこにいる人間や天使たちと。
奴らは償うべきなんだ、俺たちにしてきた迫害を!」
グベラトスは、ララクの事を指さし怒りの矛先を向ける。ララクは罪のない他種族を傷つけることなどしないが、確かに人間の祖先は争い合ってきた。
「……自然の国ファンシーマ。様々な他種族が住み、首都では共に手を取り合って生活している。
けれど、かつては他種族間で長い間戦争が行われていた。
……ことはボクでも知っています。
だけど、その恨み辛みがこの時代にまで受け継がれているとは……」
ララクには衝撃的だった。この国では、特に移動が制限されていないぐらい自由に、他の人種と交わる事が可能だ。
細かいいざこざはあったとしても、国中を巻き込むような争いごとは起きていなかった。
この国だけではない。ララクとゼマの故郷は、ここではなく隣国。その隣国も人を中心に、獣人や魔人などが混在した平和の国だった。
だから、彼には人同士の争いというものが、史実でしかないフィクションにも思えるようなことだった。
ララクが戦う相手といえば、主にモンスター。人と戦うことがあっても、犯罪者を拘束するときぐらいだ。
「……違う。ララク、違うんだよ。そんな恨みなんて、私たちは継承してない。見たでしょ? 天使のフリラスたちと話す私たちを」
「そうそう。ボクたちは、皆仲良し。豪魔も天使も人間も、関係ない。はずなんだけどな」
豪魔の2人は、他国から来たララクに強く主張した。
それを聞いて、ララクはすぐに考えを改めた。そして問題はなんなのか、それが少しずつ浮き彫りになってきた。
平和であることに誰も疑問など抱いていない。
今疑念を持っているのは、そう、グベラトスただ1人だけ。
「あの、グベラトスさんは、何故あんなにも? 昔から歴史に興味が?」
ララクは、彼の事を何一つ理解していなかった。ここに来る道中軽く話を聞いただけ。そこでは物静かで、戦いも率先してやるようなタイプではなかったと聞かされていた。グベラトスは冒険者を副業でしかやっていなかった。それは、出来るだけモンスターと戦いたくない、温厚な人物だったからだ。
「頭はいいけど、そんなタイプじゃなかったよ。
……なぁ、グベラトス、お前に何があった!
さっきから、「俺たち、俺たち」って。私たちは天使に何一つ奪われていないし、楽しく笑い合っていた。
グベラトスは自分から話すようなタイプじゃなかったけど、嫌そうにもしてなかったじゃん。
お前は、私たちが心配でクエストについてきてくれるような、お人好しなはずだろ!?」
グベラトスが過去の話をするときの主語が、ヨツイには気がかりだった。自分たちの代まで「悪魔」と蔑称されているならまだしも、そんな事実は一切ない。
彼らの種族名は、紋章にも豪魔と登録されている。これは多くの人が、悪魔ではなく豪魔と認識しているからだ。
紋章は、独自のネットワークを築いていると言われており、それぞれが干渉しあいデータを共有し、スキル画面を更新しているという説がある。それを特定の人物と、より深く連携するためのシステムがパーティー契約なのだ。
「……俺の中には、彼らの意志が刻まれているんだよ。
これを取り込んだ日から。
【いざなわれし者】!」
何かに
すると、彼とララクたちの間にある地面が、一部異空間の渦へと変化する。濁った水たまりのようで、不穏な空気を感じさせる。
そこから湧き上がる噴水のような勢いで、三本の腕が出現する。今までと同じような青白い魔力を帯びた不気味な腕だ。
その三つは横並びに配置されると、手を広げて指を天へと向けだす。
すると、その手の先に、【いざなわれし者】で召喚した今回のメインが姿を姿を現す。
魔の手たちはまるで台座のような位置でそれを持ち上げ、端と中央下部をその指でがっしりと掴む。
これはグベラトスが自分の中へいざなったもの。
その正体は、禍々しきオーラを放つあの時の、戦争を現した絵画だった。
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