第12話

 天使の里を吸収した時の事を思い出していたグベラトスは、現在目の前にいるかつての仲間たちに再び目を向ける。


「ヨツイ、パルクー。お前たちとはもう二度と会わないつもりだったんだけどな。

 やっぱり、俺を止めるとしたらお前らか」


「……止めるって、天使たちを攫ってなにするつもりなんだよ!」


 ヨツイは理解できなかった。彼がやったことも、これからやろうとしていることも。自分の前にいるのは、かつての友とは別人なのではないか。そう感じさせるほど、グベラトスの纏う雰囲気は変わっていた。


「そうだ! 里のみんなを、ナギィハを返せ!」


 雷槍のフリラスは激怒していた。歯を噛みしめ、思いっきりグベラトスの事を睨んでいる。


「……まぁ、そうなるよな。少しヨツイたちと話したいんだ。

 キミたちの相手は、そうだな、彼女に頼もう。

 【いざなわれし者】……たち」


 グベラトスからすると、天使フリラスの声はギャーギャーと叫ぶカラスのように聞こえた。不愉快というほどではないが、邪魔には感じている。


 そこで彼は、特定の物を呼びだす召喚系統のスキルを発動した。

 召喚系統の多くはモンスターを呼びだすパターンが多いが、今回はそれに加えてもう1人、悲運なゲストがいた。


 まず最初に出現したのは、デスラフターたちだった。ララクたちが退治したハイエナ型のモンスター。不気味な笑顔が特徴で、それは今も健在。

 しかし通常体と違うのは、顔を中心に【いざないの手】と同様の魔力の腕が巻き付かれていること。胴体から顔に向かって腕は伸びており、指の部分がデスラフターたちの頬に突き刺さっている。それが無理やり彼らの口角を上げており、より奇怪な姿に変貌させていた。


 そして、複数のデスラフターたちの中心にいるのは、1人の女性だった。すらっと伸びた脚には、いくつかの【いざないの手】が巻き付いており、それは首あたりまで迫っていて、彼女の首を絞めつけるようだった。

 頭部には天輪といわれる輪っか型の角が生えている。

 刺激的な緑色の髪をした彼女の名前は、ナギィハ。その手には、愛用の薙刀が握れられていた。


「な、ナギィハ!?」


「っえ、もう復活??」


 腕に纏わりつかれたナギィハの仲間の天使たちは、早すぎる再会に喜びよりも驚きの方が勝っていた。


「グベラトスの手で取り込んだ物は、ああやって召喚できるんだ。倒してもあいつの中に戻るだけで、解放はできないけど」


 魔の手を駆使するグベラトスの事は、同胞のヨツイはよく理解していた。彼が使用するスキルの事は、本人の次ぐらいには把握しているつもりだった。


「……連動スキル、やはりかなり特殊で希少なスキルですね」


 召喚されたハイエナや天使を目の前にして、ララクはつばを飲み込んだ。連動スキル、というのは他のスキルと併用するのが前提、または相乗効果シナジーがあるスキルたちの事を、そう呼ぶことがある。

 基本的に1つだけで完結することの多いスキル界隈において、連動スキルは稀有な存在である。


「……くっそ、嫌な事するなぁ! じゃあ、本体を叩けばいいんだな!」


 仲間を囚われた姿で自分たちのもとに呼び出したのが、雷槍のフリラスには気に食わなかった。今すぐにもでもグベラトスを倒して、仲間を取り戻そうとする。


「くたばれ、【ライトニングランス】!」


 空に轟く雷鳴と共に、光が凝縮されて形成された魔法の槍がフリラスの頭上に現れる。その槍は鋭い稲妻でできており、黄色く白い光が絶えず輝き、周囲の空気を震わせている。力強い雷のエネルギーが駆け巡り、一撃で敵を貫くことが容易に想像できる、恐るべき力を秘めた槍だ。


 彼女はこれを放とうと思ったが、それを阻止するものがいた。


 薙刀を大きく振りかぶった天使ナギィハだった。

 無口な彼女だが、スキル名だけは宣言する癖があった。今回も同じだったが、その声に一切心はこもっていなく、屍が喋っているかのような空虚さがあった。


「……【戦風】」


 その場で薙刀が一閃されると、瞬時に空気が裂け、激しい暴風が巻き起こった。刃が風を切り裂くたびに、荒れ狂う風が渦を巻き、周囲の木々を揺さぶりながら前方へと突き進む。暴風は力を増し、敵を容赦なく吹き飛ばす嵐へと変わっていった。


 その荒れ狂う風が目指す先にいたのは、雷槍を発動していたフリラス、そしてもう1人の天使である紫雷のテンタクだった。


 凄まじい速度で吹き荒れると、2人の天使を飲み込んで後方へと吹き飛ばしていく。


「っつ、なんだよこの風っ!」


 風の影響により態勢を崩したフリラスは、創り出した雷槍を上手く制御できなかった。苦し紛れにスキルの発動を完了するも、雷の槍は明後日の方向に投げ飛ばされていった。


「……はぁ。ありえないでしょ、この規模」


 けだるそうに風に流されていくテンタク。紫と前髪だけ水色の髪が激しく揺られて、居心地は最悪だった。

 彼女たちは、抗うこともできないこの強風が信じられなかった。


 それは、本来のナギィハが放つ【戦風】の効果を超えているからである。もともと優秀な冒険者であるが、放つ風が一回りも二回りも巨大だった。それに加えて、フリラスがスキルを放つ前に襲えるほどの風速。


 これは【いざなわれし者」の第2の効果である。召喚したものに【いざなわれ手】を任意の数装備することができ、その数だけ魔力や身体能力が上昇するのだ。


 天使たちは崖の端へと追いやられ、今も風に飲み込まれて、体がぐるぐると回転していた。【戦風】は相手を吹き飛ばす力に特化しているため、見た目以上にダメージは少ない。が、確実に彼女たちの体力を減らしている。


「追ってくれ。あとであの子たちも回収する」


 豪魔グベラトスは、無理やり嘲笑するデスラフターと、同族を襲うことになるナギィハに指示をする。

 ハイエナたちと天使は、足並みをそろえて、風に飛ばされた天使たちを追跡する。普通ならこの並びは見られないが、【いざなわれし者」ならば強引にモンスターと冒険者を協力させることも可能だった。


「まずい! すぐに……っつ!」


 短い時間で状況が変わり、ララクはそれについていこうと行動を起こそうとした。まずは、おそらく敵の標的になっている天使たちを助けようと。

 ララクは地面を蹴って走り出そうとしたが、彼の前に細い腕が現れ静止させる。


「待ちなよララク。ここは私が行く」


「っえ、ゼマさん。でも……!」


「ちゃんと状況を把握しなよ。あの豪魔、とんでもないよ。あんたが対処しなきゃいけない相手だ。

 だから、彼女たちの助っ人は私に任せな」


 戦闘医ゼマは、親指でグベラトスの事を指さした。いまだ彼の底は見えないが、雰囲気や発動したスキルを見て、異常な強さをしていることはなんとなく感じていた。

 彼女は自分に自信はないわけではないが、あれの相手はララクがすべきだと冷静に判断していた。

 そして、ララクが目の前の人を助けようとすることも分かっていた。


「……さすがです。あの人たちをお願いします!」


「あんたもお人よしだよね。会ってばかりの他人なのにさ。

 っま、嫌いじゃないよ。

 その優しさはさっ!」


 ゼマはララクの肩を強くたたくと、ダッシュで天使たちの後を追っていく。天使たちとは出会ってそれほど時間が経過していない。豪魔の2人もそうだ。

 冷徹に考えれば、助けるような間柄でもないし、そもそもこの事件にかかわる理由もそこまでない。ダブランファミリーが今回の件に巻き込まれた証拠がないからだ。

 だが、そんなことは関係なく、ララクはこの状況をどうにかしたいと思ってしまっている。


 それは彼の根っこにあるお人よし。彼は助けた相手の笑顔が、自分の笑顔になる。そう信じて人助けをしている。


「……ふぅ、これで静かになったな」


 見事に分断されたララクたち。

 秘密基地の前には、豪魔のヨツイ、パルクー、ララク、そしてグベラトス。だけになっていた。


 久しき仲間との再会。

 だが、豪魔たちの間に流れる空気は、ひどく重たかった。

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