第11話
グベラトスが訪れた天使の里は、草原の中央に位置しており本来は目立つ場所だった。
天国草原に広がる里は、自然と調和した美しさが特徴だ。そこには色彩豊かな葉を持つ植物が多く、鮮やかな景色があたり一面に広がっている。柔らかな風が吹くと、ピンクの葉が優雅に揺れ、緑の葉と交わるようにして微かな音を立てる。
里に建ち並ぶ家々は、全て木造でできている。木の温もりを感じさせる外壁は、年月を重ねて優しい色合いに変わっており、植物に覆われた屋根や壁に自然の美しさが溶け込んでいる。家々の間には小道があり、天使たちはその中を歩き、穏やかな日常を過ごしている。
何人かの天使が外を出歩いており、性差関係なく透き通った肌とスレンダーな体型をしている。もちろん、天使の最大の特徴である角でできた天輪も生えている。
彼らがいつも通りの変わらない日常を過ごしていると、なんの前触れもなく異変が起こった。
「きゃあああ」
里の端から、女性の叫び声が聞こえてきた。そこまで大きくない里なので、争いごとなどとは無縁だった。故に、その異質な叫びは里中に響き渡り不穏を知らせた。中には家の窓から顔を出すものもいた。
するとあちこちから「うわあぁあ!」「な、なんだこれ!」という声が連鎖するように聞こえてくる。
窓から様子を見ていた天使の男性がいるのだが、いまだ何が起きているのわからなかった。そんな彼の前に、一本の柱のようなものが下から急速に伸びてきた。さらにそれは2本3本と数を増やしていく。
目の前で見ていた男性は、その正体になんとなく気が付き始めていた。
「こ、これは腕!?」
真っ黒な生気をあまり感じない魔の腕が、天使の家を囲むように展開されていたのだ。地面から伸びたそれらは、屋根をがっちりと掴む。まるでゴミになった冊子をひもで結ぶかのように、四方八方を縛り上げている。
「っえ!? じ、地震!?」
家にいた天使は、自分の家が激しく揺れだすことに気がつく。そしてそれは横にではなく、上下に揺れているのだと。
家を掴んだ魔の手たちは、地面に向かってそれを引っ張っていく。家の下は異空間がすでに展開されており、徐々に家が沈んでいったのだ。
倒壊することなく屋根まで異空間へと飲み込まれていき、中にいる天使もろとも里から姿を消した。
「……いけるな。全て飲み込め。【いざないの腕】
【いざないの腕】と共に、黒く濁った渦が地面に広がり始めた。空気が重く沈み込み、天国草原の穏やかな光景が不気味な静寂に包まれる。突如として現れた大量の黒い腕が、天使の里を覆うように、異空間から出現する。その腕はうねうねと生き物のように、ゆっくりと伸び、周囲の家々へと向かっていく。
天使の里全体が、生きた悪夢に飲み込まれるかのように、腕に包み込まれていく。漆黒な腕は、無慈悲に家々を掴み、全てを地面の渦へといざなう。家、人、そして地上に生い茂っていた草木までも取り込んでいく。
【いざないの手】の発動により、かつての平和な里は影も形もなくなり、その場所にはただ冷たい風が吹き抜けるだけの、ただの空き地が広がっていた。
「……ふぅ、これで……、俺はよりいっそう」
跡形もなく消え去った里の前に、豪魔グベラトスだけが佇んでいた。
その時の彼の表情は、心苦しくも覚悟を決めた顔だった。
これが、天使の里消失事件の真相だ。
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