第9話

 ここは豪魔の砦のすぐそばにいる崖だ。ここを超えて反対側を降りると、天国草原が広がっている。豪魔の天使の居住地滞はこの壁で分けられている。が、この崖を乗り越えて交流を重ねる、魔拳のヨツイや雷槍のフリラスなどもいる。


 崖の上は、そこまで荒れておらず、緑の雑草が生い茂っている。背の高い木々は少なく、とても見晴らしがいい。

 ここからだと、砦のある荒野も、天国草原もとてもよく見える。特に天国草原は、ピンクと緑のコントラストが絶妙に映えている。


 登れさえすれば、絶景スポットだ。


 この崖には、1つだけ年季の入った小屋がある。二段構造で、一階は柱のみで壁もなくその上に小屋が設置されている。小屋の入り口近くには小さな階段が取り付けられていた。

 山小屋のような見た目をしており、大昔豪魔のはみ出し者が使っていたと言われている。


 その後、時を経て豪魔の子供たちの隠れ家となった。


「……綺麗だよな、あいつ掃除してたんだな」


 小屋を物色しているものがいた。それは黒い肌と角が特徴の豪魔族・グベラトスだった。彼が思い浮かべていたのは、幼馴染の炎足のパルクーだ。一緒に成長したはずだが、大人の雰囲気をまるで感じたことがなかった。そんな彼女が「一年に一回ぐらいここに来たくなる」と言っていたことを思いだしたのだ。


 小屋の中には、簡易的なキッチンがあるぐらいで常設されているものは少ない。部屋の片隅に両手で抱えられるぐらいのボックスがおいてあり、グベラトスはその中身を見ながらずっとくつろいでいた。


「……変な人形。……俺が作ったんだっけ」


 グベラトスが手に取ったのは、色の塗られていない木造の小さな人形だ。不格好な顔をしているが、尖った角のようなものがあるので豪魔族なことは分かる。


「これは、ヨツイの絵か。これがヨツイで、隣がパルクーか。そんでこれは俺か」


 厚紙に書かれた子供の絵を発見する。クレヨンで書かれてはいるが、基本真っ黒な絵にカラフルな髪の毛がくっついているだけだ。

 薄いオレンジがヨツイ、赤いのがパルクー、色が塗られていなく枠だけ書かれたのが白髪をしているグベラトスだ。


「……これは、取り込まなくてもいいな。置いておこう、ここに」


 子供の頃の絵を、グベラトスは丁寧にボックスにしまいなおした。部屋を見渡すと、幼いころの記憶がすんなり蘇ってくる。


 グベラトスが感傷に浸っていると、彼の耳が外の異音をキャッチする。複数の足跡、話し声。彼はすぐさまドアに向かい警戒する。


 まだ誰かは分からないが、見当はついた。

 この場所の事は、秘密基地といいながら砦に住む者なら知っている。が、ここを利用していたことがある豪魔は限られている。


「……会いたくなかったが、仕方ないか」


 グベラトスはすでに覚悟をした状態で、ドアノブに手をかけて扉を開けた。


 崖の上でこの場所にやってきたのは、7人の冒険者だ。

 3人の天使族に、2人の豪魔と人間。

 他種族が入り乱れる臨時の冒険者チームが、自分を探しにここへやってきたことはすぐに分かった。


 一番最初に反応を示したのは、彼がいることを言い当てた炎足のパルクーだった。


「うわ! 本当にいた。久しぶり! 元気か?」


 数か月ぶりに会った幼馴染と、普通に挨拶を交わすパルクー。他の面々は、かなり警戒しているのだが、彼女だけは普段通りだった。


「さすがだな、パルクー。お前だろ、ここに俺がいるって分かったの。

 羨ましいよ、童心のまま生きているお前が」


「あれ? なんかボク褒められた? 素直に喜んでおこーと」


 人差し指で頭を掻いて照れくさそうにするパルクー。彼らは仲たがいしたわけではない。一方的にグベラトスが距離を置いただけ。なので置いて行かれた側が気にしていなければ、今みたいに平和的な会話ができる。

 が、それはパルクーが特別なだけである。


 もう1人の幼馴染 魔拳のヨツイは、普段通りに接せるわけがなかった。


「今まで何してたんだよ。一切連絡せずにさ。

 ちゃんと話せ」


 ヨツイは睨むような冷たい視線をグベラトスに送った。彼女は怒りも感じていたが、彼の事を案じてもいた。


「……本格的に冒険者、っていうの始めたんだ。モンスターを倒したり取り込んだり。

 だいぶ強くなったと思う。レベルが高い相手とも戦ったし」


 以前までの豪魔グベラトスは、実家の農家を手伝いながら、たまにヨツイたちと契約を交わしてパーティーを組んでいた。

 そのため、有能なスキルを持っている割には、冒険者としての実力は中級者の下層滞といったところだった。


「……なんで急に。いや、詳しい話はあとでいいや。

 今聞きたいのは1つだけ。

 ……天使の里が消えた。お前、関係ないよな?」


 否定から入ってほしかった。嘘でもいい。そんなこと知らないと、彼の口から聞きたかっただけなのかもしれない。

 だが、現実は非情だった。


「それは……」


 彼はすぐに答えはしなかった。


(……天使の残り、か。ヨツイたちの友人はやりずらいな……。

 それに……あの人間2人。

 実力は分からないし、人数も多い。

 ここは……)


 グベラトスは目の前の冒険者たちを観察し、戦力差を分析する。1対7、普通ならば逃げるの一択だ。

 だが、彼はそうしない。


「……先手必勝、だな。

 【いざないの手】」


 彼は腕を前に出して、手のひらを天使たち3人に向けた。

 すると、3人の天使たちの前に亜空間の禍々しい渦が出現する。ララクの持つ【ポケットゲート】に近かった。


 そしてその渦から、いくつもの青いオーラを纏った魔力の腕が飛び出してくる。


 狙うは天使たちの体。


「おい、いきなりかよ!」


 雷槍のフリラスは、大きく驚いて後ろに下がる。


「なにこれキモ」


「……! ……!」


 表情は崩さずに毒を吐く紫雷のテンタクと、声は出さずに苦い顔でリアクションを取る空薙のナギィハ。


 天使たちの身を狙う先制攻撃。


 ヨツイの問いに直接口で返答はしなかった。

 だが、不のオーラを放つその魔の手が、何よりの答えだった。

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