第8話

 魔拳のヨツイは、同族グベラトスについて話せることを、天使たちとララクたちに全て話した。そこに嘘偽りはなく、彼をかばうこともなかった。


 そもそもこの事件に関与しているかどうか、彼女には分からなかった。グベラトスの能力ならそれができる、そして現在行方不明、など犯人の可能性があるだけ。そう願いたかった。


「……話を聞く限りだと、動機は見えてきませんね。けれど、里消滅ができるスキル持ちは、そうはないでしょう。

 その、【いざないの手】と呼ばれるスキルを見てみないと、なんとも言えませんね……」


 ララクはまだ、事の全貌が見えずにいた。彼は、豪魔族のグベラトスという人物に会ったことがない。聞いた限りでは、実際にどのような思考をしていて、どれぐらいの戦闘力を持っているのか判断はできない。


「あの静かな男だよな、何回かここにも来てただろ。

 なんであいつが、里を返せっての!」


 天使族 雷槍のフリラスは、すでにグベラトスの犯行だと決めつけていた。深く考えるのが面倒くさいのか、怒りをとりあえず彼にぶつけていた。


 グベラトスと面識があるのは、他の天使2人もそうだった。会ったことがあるだけで、ほとんど会話はしたことがない。

 豪魔グベラトスは、幼馴染のヨツイやパルクーが天使たちと話している間は、里の周辺を散歩していたからだ。

 特に天使には興味がない、そんな男のはずだった。


「急に熱くなんないの、こっちがビックリするわ。あんたは一回、落ち着きなよ」


 紫雷のテンタクは、先ほどとテンションが変わらなかった。感情をコントロールできていない仲間のフリラスをなだめている。

 けれど内心は、グベラトスの行動が不可解で仕方がなかった。


「ウチら、なんか恨まれるようなことしたっけな~。豪魔とは、昔から友達のつもりだったんだけども。マジ、謎」


 なにかグベラトスに暴言でも吐いた天使がいたのか、など思い当たる節がないか記憶に検索をかける。が、そもそも接点があまりないので当然該当はない。

 それは、もう1人の天使族・空薙くうなぎのナギィハも同じだった。


「……っフン! ……!」


 ナギィハは、首が取れそうな勢いで、頭を横に振る。全否定を表しており、彼女もグベラトスの動機については何も知らないようだ。


「なるほどね~、とにかくそのグベラトスって、男の事はよく分かんないんだ」


 戦闘医ゼマが、一応話をまとめる。といっても有益な情報とは言えないので、中身はほとんどないが。


「……そうですね、どうしたものか」


 ララクは今一度、里があったと言われる空き地に目をやる。どんな里だったのか、見たことがないので、本当に存在していたのか疑いたくなるほど、今は空っぽだ。

 本来なら、周辺の草花を取り入れつつ、居住しやすいように整備した自然と共に暮らすのどかな場所だった。


 天使たち3人の目には、本来の里の姿がなんどもちらついている。


 彼女たちがやり場の困る感情を抱えて口を閉じていると、それを見かねてゼマがある提案をする。


「ちょっと、みんな思考止めすぎじゃない?

 やることは一つしかないでしょ。考えても意味ないなら、直接聞けばいいじゃん」


 簡単な事だろ、といった表情でサラッとゼマは言った。もともとこういう性格でもあるが、今回の事件にゼマだけ特に関わりがない。


 天使たち、は一番の被害者だ。里の人たちがどこかへ消えてしまったのだから。

 豪魔の2人は、幼馴染がその犯人かもしれないという後ろめたさや疑念。

 そしてララクは、かつての仲間のダブランファミリーも巻き添えを食らっているのではないかという不安。


 ゼマだけが、この場を冷静に仕切る事ができたのだ。


「……直接聞くって、っあ、でも確かにその通りですね。グベラトス、さんの手によるものなら、少なくとも数日以内まではここにいたということになります。

 移動系のスキルがなければ、この辺りで停泊するのが基本です」


 突拍子もない事をゼマが言い出したかと思ったが、彼女の意見はもっともだったのだ。(自分の中で勝手に推理して行き止まりに直面するなんて、よくない癖だな)とララクは少し反省した。こういう時、彼女が仲間でよかったと感じる。


「……けど、豪魔の砦に帰ってきた、なんて誰も言っていなかった。そうなると、近くの宿泊できるところって言っても、かなり歩くよ。……猫人の村とか、あとはもう首都に出たほうが早いかも」


 魔拳のヨツイが、周辺の地理について詳しく教えてくれた。この国には各所に、様々な種族の居住地がある。が、そもそも広大な大陸なので、その距離感はかなり離れている。途中で野宿を繰り返すのもよくある話だ。


「……っあ、じゃあきっとあそこだよ! ボク、本当にたまにだけど行くんだ~。3人で昔行ってた秘密基地」


 炎足のパルクーには、幼馴染グベラトスが訪れそうな場所に心当たりがあった。

 童心を忘れない彼女だから、すぐに思い出せたのだろう。


「秘密基地って……あそこ? あんなの、ボロい納屋しかないけど」


 魔拳のヨツイは、後ろを振り返り遠方を見始める。ここから豪魔の砦は、天国草原の樹林で見ることはできない。しかし、その近くにある断崖絶壁の崖ならば、角度的にかろうじて見る事ができた。


「けど、思い出が詰まってる。ボクなら、久しぶりにここに来たら寄るけどな。砦に帰れないなら、なおさら。

 母ちゃんに怒られた時、軽く家出した時に使ったもん」


 まるで最近の出来事化のように、幼少時代の鮮明な思い出をパルクー話した。彼女は幼馴染のヨツイとしっかり目を合わせる。きっとグベラトスはそこにいる。そんな気がしてならないのだ。


「……いいじゃん、そこも故郷ふるさとってことなんじゃない?

 よっし、行ってみようよ! そして、秘密基地に殴り込みだ!」


 戦闘医ゼマは、謎にやる気を出して拳を握りしめる。出会ったことのないグベラトスを、自慢の戦棒で叩きのめす気満々だった。

 それが皆の友人だとしても、彼女は気にするタイプではない。


「私も乗った。さっさと里を取り戻す!」


 天使を代表して、雷槍のフリラスがゼマの提案に乗っかる。紫雷のテンタクは「っま、そうするしかなさそう」と言って納得し、空薙のナギィハは深く頷いた。


「……グベラトス、いるといいけど……」


 魔拳のヨツイは複雑だった。会えるならすぐにでも再開したい。が、どんな顔を向ければいいのか。それに、本当にグベラトスの犯行ならば、と考えると恐ろしくて仕方がない。


「行きましょう。真相を確かめに」


 ララクは崖がある方角を向いてじっくりと観察した。スキルを使わなくとも視力はいいので、だいたいの形は分かる。が、ここからでは秘密基地らしきものまでは確認できない。


 ララクとゼマ、豪魔族、天使族の女性たちは足並みをそろえて、砦上にある崖を目指すのだった。

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