第7話

 炎足のパルクーが「グベラトス」という人物の説明をより詳しく話してくれた。ララクとゼマは当然初めて聞く話だったが、天使族の3人はなんとなく姿をイメージしていた。天使の里と豪魔の砦はそこまで距離が離れているわけではないので、以前に交流があったのだ。


「グべは、あー、同い年の豪魔の男でー、あとは物静か、かな。普段は農家を手伝ってたんだけど、たまにクエストに付き合ってもらってたんだー」


 改まって幼馴染の事をいちから説明する経験がなかったので、パルクーはゆっくりと言葉を考えながら話していた。


「なるほど、それで【いざないの手】、でしたか? そのスキルというのは」


「あー、スキルの事ね。魔法の腕を創ってさ、色んなものを吸収しちゃうの。でも、こんな里を全部吸収するならー、かなりの手数が必要だね~。

 あいつ、そんな強くなったんだ~!」


 空気の読めない炎足のパルクーは、幼馴染グベラトスの成長に喜びを示してしまった。


「ということは、今は砦にはいないってことですか? もしかしてその事が事件に関係しているのでは?」


 ララクはどんどんと質問をしていく。パルクーが自分から率先して喋ってくれそうになかったので、話を上手く引き出すように会話をしている。


「数か月前だったかな? なーんか急にいなくなっちゃったんだよねー。ねぇヨツイちゃん、覚えている? グべがいなくなった日の事」


「……覚えいているよ、忘れるわけない。

 理由はまだ分からない。けど、確かにあの日からおかしくなった」


 魔拳のヨツイは下をうつむき、声をかけてきたパルクーの事は見なかった。ずっと彼女の中には、深く黒いもやがかかっていたようだ。


「お話、聞かせてくれますか? もしかしたら、ボクの仲間、だった人たちが取り込まれてしまったかもしれないので」


 ララクがこの事件に前のめりだった理由は2つ。1つはこのような奇怪で謎めいた事象を無視できるような性格ではないから。

 そしてもう1つは、天使の里にかつての仲間・ダブランファミリーが来ていたかもしれないから。さらにもしかすると、消失事件に巻き込まれた可能性があるからだ。


「……分かった。グベラトスがおかしくなった日の事を」


 魔拳のヨツイは、天使の3人が自分の事を見つめてることに気がついた。彼女たちはヨツイの友人だ。その友人の故郷が失われた。


 話さなくてはいけない。もし事件に関わりがなかったとしても、知っていることを全部話さなくて履けないと。


 そして、ヨツイは重たい口を開くのだった。


                  ◇◇◇


 あの日、私たちは砦にある古い倉庫を掃除していた。ほとんど使っていない骨董品ばっかり置いてある場所で、定期的に掃除をしているみたい。今回の当番はたまたま、私、パルクー、グベラトスってだけ。

 そう、たまたま。偶然で、あいつの様子はおかしくなった。


 砦の地下にあるその倉庫は、ひんやりとした空気が漂っていて、古い石壁には積もりに積もった埃が貯まっている。薄暗い照明が、天井から吊るされた一つのランプだけで、その光も心許ない。床は硬い石畳で、足を踏み出すたびにわずかな音が響く。


「きったね~。ゴホゴホ、埃食べちゃいそう」


 何度も咳をしながら、パルクーは舞い散る埃を手で振り払う。


「たまに掃除してるっていってたけど、何年前の話なんだか」


 父さんに言われてここまで来たけど、去年の大掃除の時期にやっていれば、ここまで埃はたまらないはずだ。

(あんにゃろー、掃除をさぼってたツケを私たちに押し付けたな)。その時の私は、父さんを心の中でにらんだ。


「ここが特にひどいな……。掃除も大事だが、断捨離もしないとだぞ」


 幼馴染のグベラトスが、真面目な顔で倉庫の隅に目をやっていた。常に怒ってるんじゃないかというぐらいムスッとした顔がなじんでいるけど、根はいいやつ。だと、今でも思っている。


 グベラトスの視線の先には、古びた木の棚が部屋の四隅に並び、その上には埃をかぶった古い書物や壊れかけた道具が乱雑に置かれている。どの棚も使い古されていた。


「雑だな~、豪魔って昔からこんななのかな。

 グベラトス、そこお願いしていい? 私とパルクーで床と壁やっとくから」


 私は何気なしにそう言った。グベラトスが棚について話していたから、会話の流れでそこの掃除を頼んだ。

 今思えば、これが間違いだったのか。いや、私が底を担当していても結果的にグベラトスはあれに出会ってしまったかもしれないけれど。


 あの、一枚の絵に。


「……これは」


 掃除をし始めて一時間以上経っていたかな。グベラトスは、一枚の絵を発見した。ボロボロの額縁に入っていて、絵自体も汚れていた。


 グベラトスは息をのんでその絵に釘付けになっていた。

 私もちらっと見たけど、そのおぞましさは一瞬で脳裏に焼き付いた。


 戦争、それを表している絵だということはすぐに分かった。


「……大昔、豪魔は悪魔と呼ばれてたって聞いたことがある。他種族間で戦争を繰り返していた時代。

 これは、その時代の絵か」


 絵の中では、豪魔、天使、人間、獣人が入り乱れて激しい戦争を繰り広げていた。空は黒雲に覆われ、雷が割れた大地を照らし出している。豪魔たちは燃え盛る炎の中から現れ、鋭い爪と牙で敵を引き裂こうとしている。彼らの目は血のように赤く、恐ろしい憎悪がその表情に刻まれていた。


 一方、天使たちは光に包まれた翼を広げ、天空から降り立つようにして戦場に舞い降りている。金色の鎧をまとい、光の剣を手にして、豪魔たちに立ち向かっている。彼らの表情は冷静で、高潔さと決意が滲み出ていた。


 地上では、人間と獣人が入り乱れて戦い合っていた。人間たちは盾を構え、獣人たちの猛攻をしのいでいる。その目には恐怖と覚悟が入り混じっていた。獣人たちは、獣の力強さと人の知恵を駆使して、天使や悪魔にも劣らぬ激しさで戦っている。彼らの体は筋肉で覆われ、牙と爪が閃いていた。


「っげ、ぐろいねー。ボクはもっとハッピーな絵が見たいな~」


 はたきを持ったパルクーが、絵を見つめているグベラトスの背後を通り過ぎる。彼女は特に興味を示さなかった。歴史の勉強、そう言えば嫌がってたな。


「先祖様が描いたのかな。ちょっと怖いけど、せっかくだし棚に飾っておけば?」


 私はその絵のおどろおどろしさは感じていたけど、まだそこまで異質な物だとは感じていなかった。掃除をしていたら昔の写真が出てきてつい眺める、そんぐらいの興味だと思っていた。


「……ああ、そうだな」


 グベラトスは確かにそう言った。けど、その棚に絵が飾られることもなかったし、それと共にグベラトスは消えてしまった。

 私にもパルクーにも何も言わずに、どこかへ。


 掃除を終えて、暗い顔をしていたグベラトスの顔がまだ忘れられない。そのあとぼそっと、私に聞いた質問の事も。


「……なぁ、俺たち幸せだよな。こんな平和な世界に生まれて」


「平和? あー、戦争の事? 確かに、モンスターは後を絶たないけど、人と争ってないだけでマシか。

 そう考えたら、幸せ者かもね」


 この時の私は、きっといつもと変わらない笑顔をグベラトスに向けていたと思う。だとしたら、大馬鹿だ。こいつのムスッとした顔と、思い悩んでいる顔の区別を、幼馴染なのにできていなかった。


「……俺も、そう思う。深く、そう思う」


 深呼吸をするグベラトス。掃除が終わって一息ついた、訳ではなかったんだと思う。


「ボクも幸せ~! 掃除が終わって、おやつの時間だー!」


 パルクーは同い年で成人もしているのに、幼心がいまだに抜けていない。彼女のボク口調は、わざとじゃない。きっと、今でも自分を少年だと思い込んでいるのだ。


 彼女の陽気さもあって、事の重大さに気がつけなかったのかも。いや言い訳か。パルクーと違って、グベラトスをちゃんと見ていながら気がつけなかった私が悪い。


 いまだに真相は分からない。

 けど、間違いなくあの絵を見て、グベラトスは砦を出ていった。

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