第6話

 存在するはずの天使の里が消失し、魔拳のヨツイは口をあんぐりとしていた。


 そんな彼女を含むララクたち一行に気がついたのは、周辺を見渡していた謎の人影たちだった。

 それは3人の女性であり、全員が天使族の特徴を持っていた。


「ヨツイじゃん! 久しぶり!」


 状況に反して、元気よく挨拶してきたのは金髪で走りやすそうな軽装をしている天使だ。

 名前は「雷槍らいそうのフリラス」。

 彼女の頭部には輪っかのようなものがついている。通称「天使の輪っか」、略して天輪と呼ばれることもある。

 一見すると輪っかを取りつけていたり、角度的には頭上に浮いているようにも見える。が、これは天使族特有の形をした角なのである。左右から飛び出た角が湾曲しぶつかり合い、円形になっているだけなのだ。


「久しぶりっておまえなぁ、そんなこと言っている場合じゃないでしょ。里はどうしたんだよ」


「あー、これ? 訳分かんねぇよな~。ちょっと前にクエストから帰ってきたら、このありさまでさ。

 なんか知らない?」


 雷槍のフリラスは、逆にこちら側へ質問してきた。態度が軽薄すぎる気はするが、彼女も状況を把握できず困っている様子だった。


「知るわけないじゃん。……私たちはこの人たちの道案内をしていただけ。ララクとゼマ、冒険者だよ」


「へー、旅人なんだ。なーんもない村だけど、ゆっくりしていきなよ。って、そりゃ無理か。はははっ! 」


 豪快な笑い方をする雷槍のフリラス。肌は白く整えられたブロンド髪が綺麗で、一見すると清楚さも感じる。が、その言動は勇ましいというか、馬鹿というか。


「自虐すぎわら。たぶんこの子、混乱しすぎて訳わかんなくなってるだけだから。聞き流して。

 私はこの子たちとパーティー組んでるテンタク。わざわざ来てくれたのに、めんご」


 遥々ここまで訪れたララクとゼマに軽く謝罪したのは、紫雷しらいのテンタクと呼ばれる別の天使女性だ。スラっとしたモデル体型だが、顔は丸く肌が輝いていて若々しさがよく伝わってくる。

 髪は紺色なのだが、前髪だけ紫に染まっている。生まれつきである。


「ど、どうも。こんな状況なのに、なんだか落ち着いていますね。結構、一大事じゃ」


 外からやってきた豪魔や人間のララクたちのほうが、里が消えていることに驚いているようにも思えた。天使たちの癖のある反応が、ララクは不可解に思えた。


「いやいや、ウチもビックリドッキリしてるよ。っあ、この子も無口なだけで内心ビビってるよ、たぶん」


 紫雷のテンタクが紹介したのは、近くにいた最後の天使族だ。水色のショートヘアーで、戦士用の軽装備をしている。他の天使同様、よどみのない白い肌をしている。喋ることは苦手なのようで、ずっとララクたちを見つめていた。

 と思っていた矢先、すぐに激しく動き始める。


「……! ……!」


 言葉は一切話さず、可愛らしい吐息が漏れるだけだ。激しく首を縦に振って、自分が動揺していることを分かりやすく伝えた。

 彼女の名前は、空薙くうなぎのナギィハ。鋭利な薙刀を背中に装備しており、頭からは天輪も生えている。


「随分、会話に難があるやつばっかりだね。っま、面白いからいいけど」


 三者三様の反応をしていた天使たちを見て、ゼマは引いてしまうというよりは、おかしく感じていた。嫌悪しているわけではなく、逆に好意的に感じているようだ。


「あの少し状況を整理したいと思うんですけど、帰ってきた時にってことは当然、出発した時には里は存在してんですよね。

 それで、皆さんがクエストに出かけたのはいつですか?」


 ありえない状況と、人が増えたことによりカオスな現場になりつつあったが、ここはララクが先導して話をまとめようとした。

 彼も彼で、事の次第を順序良く聞きたかったはずだ。


「えーと、2日前ぐらいじゃなかったかな。この草原を抜けた先にある湿地滞で、モンスター掃除してたの。

 毒虫とかいっぱい出てさ、マジ最悪だった。ほら、まだ刺された傷、残ってる」


 天使たちが行っていたクエストの詳細を話してくれたのは、この中では一番会話が出来そうな紫雷のテンタクだった。彼女もすぐに会話が脱線してしまったが。


「うわ、これマムシ系じゃない? 治してあげるよ。【ポイズンリカバリー】と~、これぐらいだったら【ヒーリング】だね」


 紫雷テンタクの虫刺されを見たゼマが、スキルを発動する。彼女の二つ名は「戦闘医」。棒術で戦闘もできるが、主な仕事は治療だ。

 毒を体が排除するスキルと、初級回復スキルの【ヒーリング】を、テンタクに使用した。【ヒーリング】は、戦闘中に使えるほどの回復量はないが、虫刺され程度なら少ない魔力消費で治すことのできる利便性がある。


「っうわ。ミルミルナオル」


 紫雷テンタクが受けたマムシによる傷が、すぐに癒えていく。美白の肌が急速に元に戻ったことに驚いたのか、テンタクはカタコトになっていた。


「……つまり、皆さんが外出していたタイミング、しかも数日もしないうちに、里が消滅……。住んでいる人もいなければ、建物さえない。

 ……とんでもないことですが、おそらく何かしらのスキルによる事件でしょうね」


 ララクは自分で言っていて、そんなスキルが存在するのか疑問だった。里の規模は正確には分からないが、跡地を見る限りは数百人は居住しているスペースがある。

 さら地はところどころに穴が開いており、これはおそらく家の柱や水道など、インフラ設備の跡と思われる。

 それら全てがごっそり消えてしまっているのだ。


 ララクの推理を聞いて、みなに緊張感が走った。彼の言葉が本当だとすれば、とてつもないことに里が巻き込まれたということだ。スキルでなかったとしても、超常的な何かがすでに起きている。

 そのことを、改めて天使や豪魔の女性たちが感じ取ったのだ。彼女たちのほとんどが、少々お気楽すぎた。


「じゃあー、瞬間移動とか? それかー、でっかい巨人が里ごとかっぱらっていったとか」


 ゼマが突飛な発想を展開する。が、一概にその可能性を否定することはできなかった。それぐらいあり得ないことが起きているのだから。


「……移動……」


 ゼマの予想を聞いて、魔拳のヨツイが小さくつぶやく。最初の陽気さが一瞬で消え、何か考え事をしていた。

 そして彼女の変化に、ララクはいち早く気がついた。


「ヨツイさん、心当たりが?」


「……え、いや、その……」


 歯切れの悪いヨツイ。そんな彼女をフォローするように、幼馴染の炎足パルクーが代わりに喋りだした。


「たぶん、グベラトスの事だと思うよ~。あいつにならできる、かも?」


「グベラトス? それは人の事ですか?」


 名前だけ言われたので、聞いたことのないモンスター名かともララクは思った。


「そう、ボクたちの仲間、いや元か。【いざないの手】、それで里を飲み込んだのかも」


「……! 元・仲間、ですか……」


 ララクだけではなく、天使たちやゼマにも衝撃が走った。そして魔拳のヨツイの顔が、さらに曇り始めた。


 この里消滅事件の裏には、彼女に関りの深い豪魔の男が関わっていたのだ。

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