第119話 色街の女傑
もちろん歓楽街というモノは日本にもあった。例えば日本の歌舞伎町。ギラギラと輝くネオンサイン、大勢の若者に飲んだくれ。どの角を曲がっても、人と光と残飯のニオイが漂う場所。しかし異世界の色街は、俺の知るそれとは少し違った。何と言うかもっと乱暴で、市場みたいな賑やかさがあった。
飲み屋、風俗店、鉄火場。この世界には、それらの店全てをぎゅっと圧縮したような店舗形態が存在する。こちらの言葉で〝
どの店舗にも二階が存在し、その二階の窓からは〝
一階には必ずテラス席があり、店内はもちろん、通りに面した屋外でも客は騒がしい。通りでは四六時中誰かが殴り合いの喧嘩をしているし、夜とは思えない活気がそこには満ちていた。ただ、それはあくまで暗い欲望のエネルギーを集めたような賑やかさと言うか。乱暴な気配に当てられた俺らは少し呆気に取られる。
「見て分かると思うが、ここらは物騒だ。アートレで起きる犯罪のほとんどが色街絡みだからな。皆が欲望を解放し切っているから、モメ事の多さが尋常じゃないのさ」
トッドに説明を受けながらも、俺たちは辺りのやかましさに辟易していた。雑音の中から彼の声を聞き取るのに必死だったし、〝聴き耳〟持ちのキョウカなんかはもはや耳を塞いでいる。
「おうパン屋ぁ!! 女連れでどうした! お前の〝コレ〟かい!?」
「ちげえよお前、ありゃ夜花と同伴だろ! 声かけちゃ悪いぜ!」
「男もいるし、これから4人で仲良く二階か? ガハハ!!」
飲んだくれ共から無茶苦茶に品の無い声を浴びせられるも、俺たちはシカトして通りを進む。いや~、治安最悪でワロタ。俺はもはやムカつきもせず、脳内で酔っ払い達に〝ケンカキック〟をお見舞いしつつ、マリコの事を考える。
こんな場所でマリコが用心棒なんて、ミスマッチにも程がある。なんでわざわざ色街で?確かにこういったアングラな場所でなら、身を隠すのにはうってつけかも知れないが。俺はどうもこの先に本当にマリコが居るのかどうか、半信半疑な気持ちになっていた。
「ここだ。夢屋、〝妖精の
トッドに連れられ目的の店に入る。ここも例外無く騒々しい。夢屋というのは店内で楽器や歌を演る所も多いようだ。低めのステージの上で女が楽器隊を引き連れショーを見せている。俺はかつてベルと訪れたアンゼロの酒場を思い出す。あれも今思えば夢屋の一種だったのかもしれない。
「まずは俺だけで探ってみる。悪いがモメそうになった時は、頼む。俺は腕っぷしの方はからっきしなんだ」
トッドは自嘲気味に笑いながら一人でカウンター席に座った。バーカンの店員と話し始める彼を横目に、俺たち3人はテーブル席に腰を落ち着ける。するとすぐに木製のジョッキを持った店員がやって来る。
「はいよー! ウチは初めてっぽいね、アタシはハンナだよ。酒の好みはあるだろうけど、一杯目は絶対コレがおすすめ! ってことでド~ン! 他に飲みたいのがあったら二杯目からにしてね~! ほい召し上がれ!」
自動的に頼んでもいない酒がドカンと置かれる。日本にいた頃ではあり得ない接客態度に俺たちは驚いてしまう。それでも全く悪びれる雰囲気の無い、彼女のハツラツとした笑顔を見て何だか笑ってしまった。
「あ、お兄さん思わずニッコリしちゃったね? はいハンナちゃんの勝ち~! その調子でドンドン好きになっちゃって~? そんでお二階、呼んじゃって~! ……って女連れなら気まずいか! にゃはは! そんじゃまた呼んで~」
そう言って彼女は手を振りながら去って行く。二階に呼ぶってのは、まあ多分そういう……アダルトな
「ネイサン、気になるなら後日でお願いね。今日は調査だから、さ……」
「キョウカ氏、そういうのやめよ? 行きませんやん普通」
そんな冗談をカマされながら、俺たちは一応乾杯する。酔う訳にはいかないのでとりあえず一口だけ。それは生ぬるいビールのような酒で、まあウマいとは言えないシロモノだった。俺はキンキンに冷えた銀色の缶ビールを夢想しながら、そう言えばアレはもう飲めないのだなとションボリする。
「当たり前だけど、女の客いないね」
キョウカが飲み物を飲むフリをしつつ言う。まあここは半分風俗店みたいなモンだし、従業員も女性ばかりだ。女が集まる店ってのはまた別にあるのだろう。それだけに、俺たちの浮き具合はハンパじゃなかった。なのでこの後すぐに絡まれるのは、よく考えれば当然だったのかもしれない。
「オイ兄ちゃん! 俺たちも大概だが、オメーさてはかなりの変態だな? 自前でエルフとガキを連れ込むなんてよぉ! 夜花と合わせて夜の4人パーティってか! 王様みてえな遊び方だぜ! なあ!」
通りで声をかけられた時もそうだが、こいつらマジでそれしか言わんやん。キョウカが「うわぁ」という顔でゲンナリして見せる。レイラは目が死んでいる。こんな所に来ちまった俺らも俺らだが、今のは流石にデリカシーが無さすぎるぜ。
「俺らは仲間だ。そういう関係じゃない。今は人を探しに来ててな、アンタとお喋りする気分でもない。じゃあな」
「はぁ?ナンだよその態度。せっかく話しかけてやってんのによ……」
「気ぃ使ってくれなくても結構だ。俺らは俺らで飲ませてくれや」
そう言って俺は男から視線を外す。注意するならこの程度でいいだろ、なんて思った。しかし、背中越しに言われた一言は許容できないモノだった。
「チッ……。ムッツリ野郎に、ブス共が」
俺はガタン!と席を立ち、ギュンギュンに男に詰め寄る。今のはダメ。俺は仲間に対する悪口には異常に敏感な男。死ぬか、詫びろや。誠心誠意。
「取り消せや、ゲリ便野郎。膝ついて謝れ、俺の仲間に」
男は俺のプッツン顏に少しひるんだ様子だったが、すぐにニヘラと口角を上げる。
「うるせえな、ブスにブスって言って何が悪いん――」
パアン!と破裂音が店内に響き渡る。それはもちろん、俺の石の掌が男の頬骨を破壊した音だった。そのまま俺は男に怒号を浴びせる。
「ブン殴られてえのか!! クソバカがぁ!!」
「ネイサン、遅い遅い。全然殴ってるって」
キョウカの冷静なツッコミでハッと我に返る。どうやらクソバカは俺の方だったようだ。店内を見渡すと、いつの間にか音楽は鳴り止み、男の仲間がブチギレながら俺を睨みつけている。トッドの方を見ると、彼は頭を抱えていた。スマン、本気で。
「ケンカだ!! うひょ~殺せえ~~!!」
周囲の客が急に盛り上がり始める。おいおい人の気も知らねえで。俺は自分のキレやすさを反省しつつ、こうなったら全員黙らせるしかないか~なんて事を考え中だ。
殴った男の仲間が躍りかかって来る。俺は反省の意味を込めて、少しでも穏便に場を取りなそうとした。
「硬っい……、痛ええええええ!!」
俺に殴り掛かった男の拳はオシャカになったようだ。石人間にパンチを入れりゃあ、そりゃあそうなる。違う男がナイフを取り出して店内がザワつくも、俺の腹の硬さに負けポキリと折れたそれを見ると逆に客どもは湧き立った。
「畜生てめえ、ゴレムスかよ! 反則だぜこんなもん……」
「もう分かったろ、大人しく全員帰れな」
俺がぶっきらぼうにそう言うと、観客たちは爆笑しだした。彼らは「そうそう、ザコは帰れ!」だの、「負け犬はこの店にいらねえよ!」だの煽り出す始末。調子良いんだから全く。すると煽りが効いてしまったのか、ナイフを折られた男がその手に火炎術を焚きだしてしまった。
「うるせえ!! この店ごと焼いちまうぞゴラぁ!!」
それは流石にまずい。観客たちもそれを見てバタバタと席を立ち始める。これはエグい営業妨害だ。俺が始めたんだ、なんとかしないとな。そう考えていた時だった。
「今、なんつった~!?」
どこか聞き覚えのある女の声がしたかと思えば、店の中に突風が吹き荒れた。その凄まじい風は男の手にあった〝火球〟を瞬く間に消し去り、その場の全員が声の主の方を振り向いた。彼女を見て俺は少し目がウルっと来てしまう。あれは、君は。
風見術を放った女は凛とした顔つきでこちらを見ている。あの眼、あの髪、エルフ特有の耳。俺と同じように口布で口元を隠してはいるが、彼女を見間違う事などない。あれは間違いなく、俺の仲間だった。
「マ……!!」
俺は彼女の名を叫びそうになる。しかしすんでのところで思い改める。彼女の名前は手配書に記載されている。しかし俺は喜びを抑えきれず、一歩一歩彼女に近づいて行く。生きてた、それだけでこんなに嬉しい。彼女も近づく俺に気付く。俺は口元のスカーフを取り去って素顔を見せる。俺だ、マリコ。助けに来たぜ……!
「アンタさ、店内でケンカするのやめてくんない?バカなの?」
え。俺はピシリとその場で固まる。
「今ね、ただでさえウチはピリついてんの。出てくか、大人しく飲むか。どっちかにして。いい? ホラ返事!」
「え、はい」
「ヨシ。客のみんなも!ケンカ見たいんなら表でなよ?つまみ出してあげるから!」
は~~い。店の男共は一様にそう応えた。マリコが店の奥に帰って行く。ん?な、何コレ。何今のカンジ。俺はマリコの反応に面食らってしまった。なんで、他人行儀なん?この場ではまずいとか、そういう事?その時、レイラが席を立った。走ってマリコを追いかけ、手を掴む。
「ねえ、あの、マリちゃ……」
パチン。俺は目を疑った。マリコがレイラの手を払ったのだ。
「誰。何、急に」
「え? え……」
マリコは数秒間レイラを見た後、プイとそっぽを向き今度こそバックヤードに引っ込んでしまった。取り残されたレイラは未だに虚空に向けて手を上げたまま。レイラに対してまでもコレか。俺は彼女のいたたまれない背中に声をかけようと思ったが、それより早くトッドがレイラの肩に手を置いた。
「ネイサン、あれが例の仲間で……間違い無いのか?」
トッドの問いかけに俺は頷く。そうだよな、確認したい気持ちも分かる。あれはまるで、赤の他人に対しての態度だった。ショックを受けているレイラをなだめながらも、トッドは「なら俺に任せろ」と言う。彼は先ほど話していたのと同じ店員の方に向かい、何やら話始めた。あ、今カネを握らせたな。
しばらくして、トッドがこちらを振り返る。首をクイっと傾げ、「来い」と俺らに合図する。流石の交渉術だ、あっという間に俺たちは店の裏側に招かれる事となった。狭い通路を抜け、店員の後をぞろぞろと付いて行く。気づけば、俺らの後ろに何人も店の人間が続いている。招かれているというのは違ったかもしれない。これは、〝連行〟に近い雰囲気だ。
「入んな。〝ママ〟に何かしたら、容赦しないよ」
店員にそう言われ、最奥の部屋のドアをくぐる。ママ、ねえ。飲み屋のママと言ったら、ここのボスってことだ。どうやらトッドは店の責任者と話すつもりなのだと察した。しかし、ボスの部屋だと言うのに内装は豪華なワケでも派手なワケでもなかった。質素な部屋の中央に、机と椅子。恰幅の良い女性が一人佇んでいる。
「パン屋、話ってのはなんだい?アンタじゃなきゃ、普通はここに人を通したりしないんだ。手短に済ませな」
しゃがれた酒焼け声で、〝ママ〟が言う。彼女はトッドに向き合いつつも、目だけで俺たちを観察していた。キモの座った、力強い眼だ。ブレない背筋。堂々とした佇まい。なんか手強い人物っぽいな。トッドがいなければ、簡単にこの部屋に訪れることはできなかっただろう。
「それじゃあ要件のみ話させて頂く。おたくの用心棒、最近じゃ〝色街の女傑〟なんて噂されてるそうじゃないか。彼女、どこで見つけて来た?」
ママの目が、ギロリとトッドに向けられる。間が、長く空く。黙って目力の光線を飛ばし続けるママと、それを受けても微動だにしないトッド。直接会話に混ざっていないのにも関わらず、レイラがモジモジとし出してしまう。それ程に気まずい空気が場を支配した。
「アンタ程の男が、どうしてあの子に興味を持つんだい。まさかとは思うけどね、クソッタレの〝泥ボウズ〟共の手下になったとでも……言うのかい?」
「ヤツらと抗争が起きそうだって話は知っている。〝
再びママの目線が俺らに移る。中でも、俺に対しての注意力が高いように見える。俺を見つめたまま、ママが指でクイっと手招きして見せた。俺は黙って数歩彼女に近付いた。「喋んな」と短く命じられ、俺は話始める。
「彼女、マリコが……無実の罪で手配されているのは知ってる。探していたんだ、迎えに行くために。ここで匿って貰っているんだろう? さっき会ったんだ。様子が少しおかしかったけどな。彼女をここに呼んでくれないか?一緒に帰りたいんだ」
「坊や、聞きな。アタシはね、この世の誰より優しい女さ。ただ、アタシが優しくするのは女だけだよ。困った女がいりゃあアタシが助ける。仕事を回す。悪い男から引きはがす。ガキだって一緒に育てる。家族になってやる。……そんなアタシの元から、女を一人連れ去ろうってのかい?」
「そうだ。あの子は俺の仲間だからな。一緒になって、協力してこの状況を打開するんだ。そんで無実を証明して、堂々とこの街から出て行く。また一緒に冒険家をやるのさ」
ママはプッと噴き出し、くつくつと笑いだす。
「ダメだね。お話にならないよ。何が〝仲間〟だい……ボロボロだったあの子を今まで匿ってやったのは誰だい? 憲兵から隠して、メシを食わせてやって。その間お前は何をしてたって言うんだ。ええ? それにね、本当の仲間なら一目会った瞬間に! あの子がもっと喜ぶだろうよ! あの子はお前たちになんて言った?」
俺はぐっと唇を噛み締める。正論ではある。今まで助けに来れなかったのはそう。会っても喜んでもらえず、他人行儀を取られてしまったのもそうだ。マリコはもう、俺らと冒険をしたくないのか?そうやってママに言っているのだろうか。そんな、悲しい話を信じろって言うのか。俺が言葉に詰まっていると、トッドが囁く。
「なあ、ママ・クレア。マリコさんは、アンタが見つけた時はボロボロだった。そう言ったな。それ以外に、彼女に何か変わった症状は無かったか?」
「なんだいパン屋。話はもう終わりだよ、とっとと帰るん――」
「記憶が無くなった。そんな話を、していなかったか?」
ママの目がカッと見開かれる。トッドを鋭い眼光で睨みつけると、少しの間を置いて彼女は目前の机の引き出しから……ギラリと光る刃物を抜き出した!
「お前たち! お客さんに出てってもらいな! もう話す事は無いからね!」
周囲を囲む店員たちも、気づけば小刀で武装している。トッドの言葉、記憶喪失的な事を言っていた。それを聞いた途端にコレだ。まさか図星なのか?マリコは、俺らを思い出せなかった……?ピリついた一触即発の空気、これを止めてくれたのは突然現れた彼女の一声だった。
「ママ! もう、過保護なんだから!」
マリコだ。きっと外から俺たちの話を聞いていたんだろう。勢いよく部屋に入って来た彼女は、そのままママに抱き着く。マリコが店員たちにコクリと頷くと、彼女らは黙って刃物を懐に収めてくれた。
「マリコ! アンタ隠れてなって言っただろうに!」
「ううん、ダメだよママ。アタシ、自分の〝記憶〟から逃げたくない……」
そう言うとマリコは俺たちに向き直り、こう続けた。
「ねえ、あなた達。きっと本当にアタシの仲間なんでしょ? 教えて、アタシの事」
おい、マジか。本気で記憶喪失じゃねえか、これ。俺が唖然としていると、隣でレイラがぶわっと泣き出す。彼女はマリコにとてとてと近付き、そのまま抱きしめた。マリコは少し困ったような顔をしたが、迷ったあげく、優しくレイラを抱きしめ返してくれた。その光景を見て、なんだか俺もウルっと来てしまった。
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